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愛の爆発

 文字通り、固まって動けなくなっていたのだ。

 それほどまでに雪白千蘭の気迫は凄まじかった。豹変なんてものではない。彼女の中の化物を封印していた何かの鎖が解き放たれたような変わりっぷりだった。

 何もできないままフリーズしている夜来の頬をペロリと舐めた雪白千蘭。

 彼女はうっとりとした笑みを浮かべた。

「あぁぁぁぁぁ。可愛い反応をするな初三ぃ。ここが学校だということを忘れて―――今すぐ犯したくなってしまうだろう」

 彼が何も反応できていないこと自体を反応だと受け取っている雪白千蘭。

 それほどまでに彼に対して愛を抱いている証拠なのだろうか。

「なのに、これほどお前を好いているのに、お前のことが好きで好きで堪らなくて死にそうなのに、お前の家にはぽっとでの女が二人も住み着いてしまった!! ―――なんだこれは!? 理不尽だ!! なぜあいつらがお前と生活できて私はできない!! ふざけるな!! ふざけるなふざけるなふざけるなッ!! しかも言うに事欠いて『家族』だと!? ―――絶対に殺す!! 許さん!!」

 雪白は夜来の体を撫で回す。自分にこすりつけるように、二度と手放さないような勢いで。

「私は世ノ華とだけは正々堂々勝負するつもりだった。世ノ華とならスタートラインは少し私が後ろだったが、それでも真っ向から初三を取り合おうと思った。でもダメだ―――あのぽっと出の唯神天奈だけには渡せない!!!! なんだアイツは!! いきなり現れていきなり初三の家に住み着いていきなり『家族』などと言い出して!! ―――こんなの理不尽だ!! こんな事態になってしまえば我慢などできるはずがない!! 私が、私だけがお前と隣にいるんだ!!」

 溜まりに溜まった怒りを吐き出してスッキリしたのか、雪白は微笑んで夜来との唇の距離を縮めていく。しかし、キスする寸前で夜来は首を横に振って回避してしまった。

 拒絶の反応。

 雪白とはキスをしたくないという意思を示す行動。

 そう捉えたのか、雪白は信じられないものを見る目で夜来をさらに自分の胸へ引き寄せる。

「なぜだ? なぜ離れる? なぜ回避する? なぜ拒絶する? なぜ受け入れない? お前はなんで今―――私とのキスを受け入れなかった!! 離れるな!! 傍にいろ!! ずっとずっとずっとずっと私の隣で笑い合ってくれ!! 私を選んでくれ!! 私を受け入れてくれ!! 何でもするぞ? 私はお前が心の底から好きなのだ。その黒真珠のような目も美しい黒髪も細身の腕も長い足も声も涙も血も何もかもが大好きなんだ!! だから何でもする!! お前が好きだから!! 愛してるから!! 何だってできる!! お前の傍にいられるならペットにだってなる!! だが他の奴らには渡さん!! ―――お前は私に人生を捧げてくれ。私と共に生きて笑って幸せになって死んでくれ!! 一緒に生きて一緒にあの世へ旅立とう!! ああ分かっている私はおかしい。狂ってるしイカれてる。でもこうまでさせたのは―――全部全部お前が私をとりこにさせてしまったからだ!! お前のその下心のない優しさも、その優しさ自体を優しさだと自覚していなからこそ、尚更お前は美しく見えてしまった。私を言葉通り命をかけて救ってくれた! 私の気持ちを否定するわけでもなく肯定するわけでもなく―――味方でいてくれた!! 私はお前に救われたんだぞ? 絶望の中から救われたヒロインが主人公に恋をしないわけがないだろう? それと同種だ今の状況は。―――私は自分を『悪』と評価しているお前を見ていると腹が立ったものだ、何でお前はそうやって自分を傷つけるんだ、とな。ここまで人の気持ちを考えて、ここまで優しいお前が、なぜ『悪』なのか納得できなかった。だから―――尚更ここまで素晴らしい人間に恋を出来た私は自分を誇りに思う!! もしもお前に出会えずに人生を終えていたらと思うと背筋が凍ってしまう。良かった、本当に良かった!! お前と出会えて本当に良かった!! だからこそ私は余計にこのチャンスを逃さん。絶対にお前と添い遂げてみせる!! お前と幸せを手にして、子供を作って、二人だけになれる場所で死ぬまで一緒に生きよう!! ああ、考えただけで幸せになってしまう。お前と結婚して、お前と生活して、お前と毎日一緒のベッドで寝て、お前と子育てをしていける!! ああ、何て素晴らしいことなんだ―――改めて思った。私はその夢を現実に変えてみせる!!」

 だからな、と付け足した彼女は。

 プルプルと震えて動けないでいる夜来の返答を待たずに、

「私と性行為をしろ」

 瞬間。

 夜来の頭は血が逆流するような感覚に襲われた。

「私と裸で肌をすり合わせろ。私の胸で、足で、体でお前の性欲をぶちまけろ。私とキスし続けて、私を愛し続けて、私をめちゃくちゃにしろ。私はそれ以上にお前をめちゃくちゃにしてやる。もう―――私がいなければ生きていけないほどの快楽と愛を与えてやる。お前を独占したい。お前を私以外の存在の視界に映したくない。だからベッドで私だけの視界に収まれ。―――私だけのモノになれ。私の容姿が一級品なのはお前も認めていただろう? その一級品は全てお前のものだ。お前と一糸纏わぬ姿で抱き合い、愛し合い、キスし合い、舐め合い―――同時に絶頂できる。ああ! 何て一石二鳥なんだ!! いや、うまくいけば子供もできるのだから一石三鳥と言うべきか。ああ違う! 子供ができれば結婚をしても文句は誰にも言われないのだから一石四鳥だ!! 一層お前が欲しくなってしまった!! 欲しい!! お前が欲しい!! 結婚したい!! 早くこの想いを叶えたい!! もういい!! お前が私を好いていようと嫌っていようともういい!! ―――お前を私に依存させて私以外の存在には嫌悪感を抱くまで愛してやる。愛して愛して愛し尽くして愛で満たしてやる!!」

 雪白は夜来を逃がさないように抱き寄せたまま、片手で彼の服を脱がし始めた。その明らかに抵抗しなくてはならない状況で我を取り戻した夜来は、

「おいやめろ!! このバカが!! やりすぎ―――」

「相変わらずいい声だ。体が温まる美しい声だ。もっともっと聞かせてくれ!! 私はお前が好きで好きで好きで大好きで愛しているんだ。お前の声は麻薬となり、お前の体は酒になる。酔わされてしまう、お前という存在に!」

 服を脱がすことを諦めた雪白は彼の耳元でそう囁いた。

 しかし夜来は力のこもっていない声で、

「か、考え直せ!! 俺みてぇなクソ野郎と付き合うなんざ本物のバカがするようなことだ!!」

「ならばバカでいい。アホでもいい。それにしても、やはり自虐的な考え方はすぐには治らんようだな。まぁいいか。なんせ―――これからお前と私は一生一緒に生きるのだからな。その幸せな時間の中でちゃんとその自虐する癖を治してやる」

「ふざけろ!! 俺を監禁でもするつもりか? この俺にそんな手が通用するとでも思ってんのか!? あぁ!? 不抜けたこと吠えてんじゃ―――」

 雪白は夜来をさらに抱き寄せた。

 目と鼻の先で言う。

「なるほど、どうやらお前は私に『勝てない』ということを知らんようだな。まぁそれもそうか。―――初三、お前は壊す力が最大の武器であり唯一の武器だ。お前は間違いなくどんな敵さえもその力で壊すことができるだろう」

「し、知ってるってんなら、さっさと離せ!!」

「ほう。ならば私を『壊せ』ばいいだろう」

「っ!?」

 瞬間。

 夜来初三は何かを悟った顔をする。

 雪白はニタリと笑って、

「それこそがお前の弱点だ。お前は全てを『壊してしまう』からこそ、私には勝てない。なぜならお前は―――私を傷つけられないから。壊せないから。私は『壊せない存在』だから」

 確かにその通りだった。

 夜来初三は雪白千蘭という『大切な存在』を傷つけられない。なのに彼の力は相手を傷つけることに特化した『破壊』そのものだ。故に夜来は雪白に勝てるわけがない。そもそも彼女に牙を向けることなど―――ありはしない。

 しかし、だ。

「クソがっ!!」

 ならば雪白千蘭と戦わずに逃亡してしまえばいいのも事実。無理に戦う必要なんてそもそも存在しないのだ。

 彼女の抱擁を振り切って飛び出そうとした。

 その瞬間、



 ゴキィ!! と、太い枝が折れたような音がした。



「は……?」

 目を向けてみれば、そこには。

 自分の人差し指を固定するように噛み締めて、無理やり折り曲げて骨折させた雪白千蘭が涙を浮かべていた。

「ッ!! 何してんだテメェ!!」

 すぐさま逃亡のことなど頭の中から捨てて、雪白の手を取った夜来。見れば素人でもわかるぐらい指は折り曲げられていて、相当の激痛が伴っていることは確かなはず。

 そう。

 確かなはずなのに。

「ああ、初三が戻ってきてくれた」

 雪白千蘭は痛みに顔を歪めることなく、夜来に笑いかけていた。

 さらに自分のことを心配して腕を握っている夜来の背中に腕を回して、

「これがお前の弱点の最後。―――お前は私を傷つけさせたくない。なら、『私自身が人質』になればお前は従うしかないんだ。……だからな、初三。もしもまた私の傍から離れようとしたら、次は小指を折ってしまうぞ?」

「な、なんで、そんな―――」

「何でそんな痛い思いをしてまで……と言いたいのか?」

 鼻で笑った雪白千蘭は。

 彼の耳元で囁くように言った。

「好きな人が離れていくことのほうがもっと痛いからだ」

「―――っ」

「お前が離れてしまう方が骨折などより何十倍も痛い。心がえぐられてしまうのだ。心臓が潰されてしまうのだ。だから私は指を折る程度のことで、お前が離れていかないのならばいくらでも折る。食いちぎってやる。―――こんな男を寄せ付けるだけの体が、まさかお前を拘束できる最大の武器なるとは思いもしなかったぞ。ああ、こんな私の体の心配すらお前はしてくれる。何て幸せなんだろう」

 クソったれが、と密かに呟いた夜来初三。

 勝てるわけがなかった。

 雪白千蘭にだけは、何も抵抗することなど出来なかった。逃げられるわけでもなかった。

 もちろんその理由とは。

 雪白千蘭が夜来初三より戦闘に長けているわけではない。 

 雪白千蘭が夜来初三より戦略が優れているわけではない。

 雪白千蘭が夜来初三より一枚上手だったわけですらない。

 実に単純なことが事実なのだ。



 雪白千蘭にだけは夜来初三は何もできない。



 たったそれだけ。

 抵抗だって出来るのにできない。

 戦う事だって可能なのに不可能。

 理由は彼女を『敵』にできないから。

 雪白千蘭は、目を見開いて『何もできない』という事実に呆然としている夜来の唇に―――自分の唇を重ねた。たっぷりと彼の味を楽しんだ彼女は夜来の頭をゆっくりと撫でて、

「さぁ。私の家へ―――私たちの家へ行こうか初三。ああ、もちろん行きたくないなら来なくていいぞ? 私は強制なんてしない。だけど―――お前がいなくなった寂しさから、ついうっかりと『指を切り落としてしまう』かもしれないが」

 その囁きに少年は抗うことなどできず。

 ただ、彼女の愛に支配されていくだけだった。

 勝てない。

 夜来初三だけは雪白千蘭には絶対に勝てない。

 それは。

 火は水に勝てないことと同種だった。

 当然の現実。

 必然の事実。

 全ては夜来初三が雪白千蘭を大事に思っているからで、雪白千蘭が夜来初三を愛しているから。

 彼女は最後に少年の耳元でこう言った。

「一緒に来てくれるか?」

 もちろん。

 少年はその問いに頷くことしか選択肢は存在しなかった。

 なぜなら彼女は悪に染まっている少年の『光』だったから。闇が支配する彼の中に芽生えていた唯一の光だったから。

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