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好きなんだ



「もう一度問う。お前は私をどう思ってる」

 夜来は珍しく視線を泳がせていた。

「……い、いや、さっきも言っただろ。お前は良い女だ。俺から見ても誰から見て―――」

「そうじゃない。容姿や人格に対する評価はもういい。お前は―――私という存在をどう認識してるんだ? 友人か? 親友か? 家族か? それとも―――恋愛対象か? それを知りたい」

 喉がカラカラになって水分を欲しているのが分かる。夜来はそれを唾液を飲み込むことで潤し、妙な鼓動の速さを無視して告げる。

「ぱ、パートナーとか? そういったあたりだろ。大体、俺みてぇなクズがお前と一緒にいられること事態が奇跡だ。それ以上は望んじまったらダメなんだよ、俺はただのクズでゴミで悪党なんだからよ」

 雪白はしばし何も言わなかった。俯き、前髪のせいで表情が見えないが―――「違う」と、唸るような声が響いてきたところからして、良い感情を持っているとは思えなかった。

 その雪白の様子に、一歩後ずさりした夜来。

「……いま、なんて―――」

「違うと言っているんだ馬鹿が!!!!」

 空間を壊す勢いで吐き出された雪白の怒鳴り声。彼女はその勢いに乗るように夜来の肩を掴んで向かい側の壁にまで押し込んだ。ドン!! と背中に走る衝撃に若干顔を歪めた夜来は、自分を鬼の形相で睨んでくる雪白に猛烈な恐怖を感じた。

 彼女は再び絶叫に近い大声を上げる。

「クズ!? 誰がだ!! お前が!? お前がクズだというのか!? 私を助けてくれて救ってくれて守ってくれているお前がクズ!? ―――ふざけるなッ!!!! お前はクズじゃない。お前は自分を悪としか認識していないようだが私はそれを認めない!! もうやめろ!! もうそういう自虐的な思考回路は捨てろ!! お前以上に素晴らしい人間は存在しない!! お前以上に優しい人間は存在しない!!」

 なぜ、彼女がここまで怒っているのだろう。

 どうして雪白は夜来が己に対して付けた『クズ』という評価にここまで心を痛めているのだろう。なんで彼女はここまで激怒しているのだろう。

 夜来初三は先ほどとは一変した雪白の様子に呆然としていた。

 それに構うことなく、彼女は続ける。

「大体答えになっていないだろう!! どうして最終的な答えが『自分はクズだから』なんて理由になるんだ!! どうせ気づいたんだろう!! ―――私がお前のことが好きだと気づいたからこそ、自分を傷つけて曖昧な答えを出したんだろう!? ああそうだ私はお前が好きなんだ大好きなんだ愛してるんだ!! だからお前をクズだなんて納得できないからこうしているんだ!! やめてくれ!! 私の大好きなお前をこれ以上お前自身が傷つけないでくれ!! もう、耐えられないんだ!! お前の自虐的な生き方も考え方も過去も人生も―――お前を想うこの気持ちを押さえつけることにも耐えられないんだ!!」

 次の瞬間。

 少年と少女の影が重なった。

 いや、重ねられた。一方的に少女の影が少年の影へ衝突した。

 唇に伝わる柔らかい感触。

 目の前に見える美しい少女の整った顔。

 ああ、と夜来は密かに状況を飲み込んだ。ようやく飲み込めた。


 気づけば、雪白千蘭に唇を奪われてしまっていた。


 キス。

 接吻。

 そんな生易しいものではなかった。

 食い奪うように、一つになるように、無我夢中で食すように雪白千蘭は夜来の唇へ自分の唇を重ね合わせていた。

 満足したのか、ようやく離れてくれた彼女は夜来の背中へ腕を回す。這うように登ってくる雪白の手にビクンと肩を震わせる夜来。

 その些細な反応さえも彼女にとっては楽しいことなのか、雪白は夜来の首や頬の匂いを吸い込み、舐め回してから口を開く。

「お前は私だけを見ろ。私はお前だけを見る。もう我慢ができないんだ。もうお前と一瞬たりとも離れたくないんだ! 私は他の男にどう思われていようと心底どうでもいいし、考慮する必要性も気に留める価値すら存在しない。そもそも私を認識させたくない。私を認識していいのは、私を見ていいのは、私に欲情していいのは、私に触っていいのは、私に話していいのは、私とキスしていいのは、私と一緒にいるべきなのはお前だ!! お前以外の奴らなど知ったことか!! お前以外の存在は邪魔だ!! 死ね!! 死んで二度と視界に入るな!! 私には夜来―――いや初三。お前だけがいればいい。いや、お前しかいなくてはダメなのだ。お前だけに見て欲しい、お前だけに触って欲しい、お前だけが私の『世界』にいてほしい!!」

 言葉が出なかった。

 夜来初三はいつだって冷静だ。いかに絶望的な場面でも状態でも目的を遂行するためには、『大切な存在』を守るためならば情けなど持たないほどに。

 彼はいつだって冷静なはずだ。

 しかし。


 今の夜来初三は何の返答も行動も反応も起こせなかった。



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