呼び出し
昨晩届いたメール。実は七色から届いたというのは嘘で―――本当は雪白千蘭から送られたものだった。内容はいたって単純な頼みごとの内容だ。
『明日の放課後に空き教室へ来てくれ。このことは誰にも言うな』
たったそれだけのメール文。
あまりにも女子が送るにしては質素というか可愛さの欠片もないものだった。しかしその頼みを断る理由も拒絶する理由も夜来には特にない。
故に彼は現在目的地である空き教室。かつてクラスの男子から嫉妬ゆえに脅された現場でもある、因縁があると言えばあるだろう曖昧な場所へ向かっていた。
空き教室のドアをスライドさせた。
相変わらず机や椅子は全て後方に片付けられていて、埃が隙間や棚の上には溜まっている。空気が悪い空間だった。雪白も女だというのに、よくこの衛生面からの視点で真っ先に「空気が悪い」としか思えないような場所にいられるなと感心する。
ふと視線を動かしてみる。
そこには壁に寄りかかり、窓を開けて外の綺麗な空気を肺に送っているのだろう、無駄に賢い雪白千蘭がいた。風で浮き上がる長い白髪は神秘さを倍増させていて、美少女というよりも女神と評価できる美しさだった。
彼女はいつもの片ポニーテールを解いてストレートにしている。
故に新鮮さがとても豊富だったので、一瞬夜来も目を丸くしてしまった。
しかし彼は特に何の反応も見せず、雪白のもとへ近寄っていく。
「んで? 急になんだよこんな辛気臭ぇ場所に呼び出して。話なら俺の家でもできただろうが」
「ああ。ここは絶対に空気が悪いから誰も入ってこないからな。邪魔される可能性がないから安心できるんだ」
どうやら空気が悪いことを知った上での集合場所にしたようだ。
「つーか、用があんだろ? お前、何か今日妙に大人しくて正直びびったぞ」
尋ねると、雪白はじっと夜来を見つめて、
「おい」
「あ?」
「何か言うことがあるのではないか? これを見て」
不満そうな顔をしている雪白は、自分のストレートにした膝まで伸びた白髪を軽く持ち上げて見せた。夜来は首を小さくひねって、
「それがなんだよ」
「だから、この髪を下ろした状態の私を見て何か感想はないのか?」
「普通に新鮮で仰天したぞ。いつもの髪型と違ってストレートにしたお前は美少女っつーか人間じゃねぇくらいの美しさがあった。美少女なんて枠は超えるくらいの存在だな……という感想は見た瞬間にあった」
「な、ならばなぜそれを言わん!! なぜ心に留めたままなんだ!」
「あ? そんなもん、一々言うこっちゃねぇだろ」
しばし沈黙した雪白は小さな溜め息を吐いた。
大雑把な予想はしていたが的中していたような、やっぱりなと言いたげな顔だ。彼女は己の髪に視線を向けたあと、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「そうか。お前から見て私の髪はそこまで価値があるものなのか」
「誰だってそう思うっつーの。そんな日本人離れっつーか人間離れした綺麗な髪もってりゃーな。しかも見た目も完璧だ。生まれついての美少女みてぇなモンだろお前」
「その美少女に対して一切の緊張も恥ずかしさも汚いポイント稼ぎもしないのがお前だがな……」
文句をつけるように呟いた雪白。しかし中々本題へ入らない彼女に夜来は我慢の限界が来たのか、
「いいから話ってのを先にすませちまえよ。世間話ならいつでも付き合ってやっから、さっさとこの空気悪ぃ場所から俺ァ出たいんだ。つか家に帰りたいんだ」
眉根を寄せて空き教室を忌まわしそうに見渡して、そう言った。
すると雪白の頬が少し赤く火照ったように染まる。視線を下に落としていて、いつもの強気で凛々しい彼女にしては珍しい反応だった。
意を決したように息を吐いた彼女は、自分の胸に手を当ててこう言った。
「私は……お前から見て、一体どういう女だ?」
「なんだよ急に」
「い、いいから答えろ」
夜来は特に考えるそぶりを見せずに、純粋な本心による評価のみを口にする。
「まぁ、最初出会ったときはクッソ生意気な女だなこの野郎と思った」
「っぐ……! よ、容赦がないな」
「まぁそりゃ出会ったばっかの話だ。今は―――中身も外も完璧な女だと思ってるぞ、俺は。お前は一級品の容姿故に他人を見下すようなクソじゃねぇ。他人のことを考える心もある。最近のクソ女みてぇな、ぎゃはぎゃは笑って他人を馬鹿にするような奴でもねぇ。自分が苦しい人生歩んできたから、他人を苦しませるようなことはしねぇ女だ。素直に俺はお前を認めてるよ」
直球ストレートの言葉だった。褒め言葉なのだろうが、それを恥ずかしがらずに言い終えた夜来には恥ずかしさという感情があるのか疑問に思ってしまう。
雪白は嬉しそうに微笑んだが、その笑顔にはどこか喜びきっていない複雑な表情もある。
彼女は自分の姿が―――一級品だという容姿が映る窓に視線を向けて、口を開いた。
「実はだな……今日はお前に言っておきたいことがあったからここに呼んだ」
「あ? さっきのが話ってのじゃなかったのか?」
「その通りだが、やはり今言うべきことだと思う。もう、これ以上は自分の心を押さえつけることができそうにない」
振り返った彼女はスタスタと早い足取りで夜来の傍に近寄っていき、ずいっと目と鼻の先にまで顔を近づけて美しい唇を開けた。
「お前は―――私をどういう風に見ているのだ?」
その問いには。
少年はいつもの如く返答を即座に返すことができなかった。




