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バスジャック

 電車という乗り物は非常に不便である。

 到着時間は正確でないし、多少の乗り遅れが会社や学校へ遅刻するという結果を作り出す。しかも中は混雑している場合が多く、大人数での大移動が基本となる。

 しかし移動手段にはもってこいだ。

 だからこそ。

 帰りの電車に乗り遅れた夜来初三は近くのバスを利用することにした。

 それまでの出来事は特になにもない。

 息苦しい一日の学校生活をようやく終えた元不登校の少年は、待ちに待った帰宅という目的のために帰路をたどっていた最中だった。

 横には行きと同様に二人の少女。雪白千蘭と唯神天奈が並んでいるが、今朝ほどの殺気立った雰囲気は漂っていないと言えよう。

 世ノ華にも同行して欲しかったのは山々なのだが、どうやら本屋に用があるらしく別行動で帰ることになってしまった。

 これだけだ。

 平和で安全なごく普通の帰宅光景しかなかった。

 が、しかし。

 どうやら夜来初三は根っからの不幸体質なのかもしれない。

 そう本人は目の前の男を見て自覚した。

 男は口を開いて開口一番。

「動くな」

 命令形でそう告げた。

 バスの一番後方に存在する横長の椅子に座っていた夜来達。そして他の乗客者たち。彼らの視線を一斉に浴びているのは、運転席の真横に立っている一人の男。

 男の手には黒光りする何かが握られていた。

 それが狙いをつけているのは運転席に座る青ざめた顔の運転手。

 運転手の顔色が悪い理由はいたって単純。


 男が握っていたものは―――拳銃という凶器だったからだ。


 男はその凶器を真上に向けて発砲する。

 その結果。

 バン!! という発砲音と共に、エアガンでも何でもない『本当に人を殺せる』実銃だということを示すように小さな穴が空いたバスの屋根。

 男は自分の絶対的な力を見せつけることで優越感に浸ったのか、にやりと唇の端を釣り上げて、

「騒げば殺す。抵抗しても殺す。静かにしてろ馬鹿どもが」

 雪白千蘭と唯神天奈に挟まれる形でバスの最後方に座っていた夜来は心の中で一言。

 吐き捨てるように呟いた。

(あのクソ教師絶対ェ殺す……)

 全てあの『仕事』さえなければこんな事件には巻き込まれなかったはずだ。 

 だから夜来は速水玲という女教師をひとまず恨む。






 そんな事件が発生する少し前。

 夜来初三は下校の合図を示すチャイムを耳にした瞬間に椅子から立ち上がって帰ろうとしていた。しかしそのふざけた態度がカンに触ったのか、担任の速水玲はやみずれいは目の前を通っていく彼の首根っこを引っつかみ、

「おい待て夜来。少し待て十分待て二十分待て三十分ほど待ってくれ」

「何で徐々に伸びてくんだよ」

「君はかなり素行がよくない。出席日数だって危ういのだから内申点ぐらいは稼ぐ態度を身につけたらどうかね」

 面倒くさそうに舌打ちした夜来は低い声音で、

「学校燃やしてやンぞコラ」

「ほらまた。そういうすぐに脅迫に移る行動力は捨てなさい。君はそれでなくとも、常に世紀末覇者のようなオーラを放出してるんだから」

「じゃあその世紀末覇者に立ち向かってるテメェは胸に七つの傷でもあるってのか?」

「北斗七星と言えええええええバカ野郎があああああああああ!!」

「少年漫画好きだったのかお前……」

 速水玲の意外な趣味が知れたことは正直夜来にとってはどうでも良かった。彼は今すぐにでも帰宅してすぐに家に引きこもりたいのである。

 そんな教師と問題児のやり取りを眺めていた雪白千蘭が世ノ華と共に近寄って来ていた。気配にようやく気づいた速水は、彼女たちに振り返り、

「お、ちょどいい。君たちも夜来と共に手伝ってくれ」

 彼女は教卓に置いてあった資料の山をどっさりと持ってきてそう言った。

 さらに意地悪く笑って、夜来を見下ろし、

「ほーら夜来ぃ。この資料をちょっと職員室まで届けて欲しいんだよなぁ。俺の机まで運んでくれないと……留年させてもいいんだぞぉ? 来年も一年生やるかぁ?」

「チッ! クソ教師が!! 権力振りかざして俺をパシリにするたぁいい度胸じゃねぇかよ……!」

 ぐいぐいと資料の山を押し付けられる夜来は苛立った表情になりながらも、『留年』という言葉には逆らうことができず、渋々仕事を引き受けることになった。

「仕方ないな」

「兄様のためなら構いませんよ」

 ようは資料を職員室にある速水の机にまで運べばいいと知った雪白と世ノ華は、夜来の顔が見えなくなるほど積み上げられている資料を分担して持ち、早速運ぼうと動き出した。

 と、そのとき。

 夜来の背後からにゅっと伸びた白い腕が、彼が持ち運ぶ担当である資料の半分を奪いとった。正体はクールビューティーな少女、唯神天奈だ。

 彼女は腰まで伸びている長い黒髪を揺らして資料を持ち直し、

「行こう」

「あ? テメェは先帰ってていいんだぞ。つーか何で俺なんかのために―――」

「家族だから手伝うのは当然。君は少し自分を卑下にしすぎるときがある。そこは直したほうがいいよ」

「……チッ」

 ジト目を向けて反論を返してきた唯神天奈に、夜来は小さな舌打ちをする。

 自分を卑下にする。

 その言葉に心当たりはあった。自覚はあったし、とうの昔から理解もしていた。

 自分を下にするようなことを言ってしまうのは、自分を傷つけるようなことを口にしてしまうのは、きっと自分を悪と肯定して生きてきた故の『くせ』なのだろう。

 夜来初三は夜来初三が嫌い。

 夜来初三は夜来初三が憎い。

 夜来初三は夜来初三が許せない。

 今まで犯した過去の悪行の数々や人を傷つけてきただけの人生。さらには弟さえも結局は守りきれなかった自分を―――本気で殺してやりたいと思っている。

 つまり。

 単純に自己嫌悪が激しいのだ。故に自分を卑下にしてしまうことがある。

 それを自覚してるがこそ、彼は唯神の言葉に反論する気はなかった。

「ちょっと待て。何が家族だ。私はそんな関係を認めていない」

「知らない。別にあなたに家族認定される必要性はないよ。故に邪魔」

 またもや険悪な世界を作り上げている唯神と雪白に溜め息を吐いた夜来は、仕方なく速水の仕事を承ることにした。

 しかし。

 仕事を終わし学校を後にしたその結果。

 普段使用している電車に乗り遅れてしまったので、早く家に帰りたいという帰宅欲求が爆発しそうだった夜来はバスを使用することにした。







 その結果が今の状況。

 ……まぁ、もちろん。

 乗車する前にはバスジャックなどという面倒事に巻き込まれるとは思いもしなかった。

(まさか、こんなことになるとは……)

 冷や汗を流した雪白千蘭。

 夜来と共に危険漂うバスに乗車している雪白は、ギャーギャー騒いでいるバスジャック犯を一瞥し、ふと左横に座る夜来に視線を向けてみた。

 そして気づいた。

 彼女はその目で驚くべき光景を見た。



 自分の肩に頭を乗せてぐーすかと深い眠りについている夜来初三を。



(このタイミングで寝るかああああああああああああああああ!!?)

 まさか拳銃を所持したバスジャック犯がいるというのに、堂々と一日の疲れを癒している夜来初三に仰天した雪白千蘭。

 自分の肩に伝わる重み。

 そして耳に入ってくる寝息。

 間違いなく、バスジャックなんて毛ほども気にもしていない驚愕の証拠だった。

(ここで寝るか!? 拳銃持った奴がいる中で寝るのか!? どれだけ神経図太いんだ貴様!! というか私の肩でナチュラルに寝るとか女子を意識しなさすぎだろ!!) 

 と、そこでバスジャック犯の男が口を開いた。

 どうやら夜来には気づいていないらしく、宣言するように大声を上げる。

「俺の目的は警察の馬鹿共にお前らを人質にして一億を要求することだ。もちろん抵抗したり騒がねぇってんなら俺はお前らを殺すことはしない。だから静かにし―――」

 その瞬間。

 幼い子供の泣き声が響いてきた。

 声は雪白達から近い前の席から聞こえてきたが、問題はそこではない。バスジャック犯からしてみれば、クソうるさいガキに対して取る行動は一つだった。

 わんわんと泣き喚いている女の子を母親が必死になだめている。そこへズンズンと足音を立てて近寄っていった男は、

「うるせぇぞコラァ!! 静かにしろっつってんのに何してんだよガキが!! 親のしつけがなってねぇんじゃねぇのかよあぁ!?」

 一向に泣き止む様子がない子供に覆いかぶさるようにしている母親。自らを盾にすることで子供を守ろうと必死なのだろう。

 しかし男からして見ればどうでもいいわけで、

「黙らせろっつってんだよ!! じゃねぇと今すぐ撃ち殺すぞ!!」

 拳銃を向けて大声で脅しをかける。

 母親は子供を抱きしめながら必死に叫んだ。

「す、すいません!! すぐ、すぐ静かにさせますから!!」

「だったらさっさと行動しろよクソババァ!! ガキごと一緒に殺してやろうか? あぁ!?」

 そう言って、男は拳銃を上へ向けて二三回引き金を引いてハンマーを下ろした。バンバン!! という轟音と硝煙の香りが辺りには撒き散らされて、バス内は再び恐怖のどん底に叩き落とされる。

 しかしそれでも子供は泣き止むことはない。

 逆に声量さえ上がった気さえする。

(クソ! 銃さえなければ問題ないのだが……!)

 雪白は歯を食いしばった。

 しかし相手は銃を所持している。例え『清姫の呪い』を発動させたとしても、弾丸が頭に打ち込まれてしまえば死体に変えられてしまうのは事実。

 よって迂闊に手を出せる状況ではない。

 ガキが泣き止まないという結果に怒りが爆発寸前になったバスジャック犯の男は、今度こそ騒がしいクソガキを殺そうと拳銃を構え直した。

 しかし、そこで視界の端に堂々と居眠りをしている少年を見つけてしまう。

「あ? なにやってんだお前」

 雪白の肩で眠ったままの夜来は寝息を立てているだけだ。あれだけの銃声や悲鳴が飛び交っていたというのに、少年はまったく目を覚ます気配がない。

 その余裕っぷりにも取れる態度に激昂した男は、

「起きろつってんだろうがあああああああああ!!」

 少年の頭を全力で殴った。

 バゴン!! という衝撃によって後頭部を後ろの壁に叩きつけられた夜来。

「っ! 貴様!!」

 さすがに堪忍袋の尾がきれた雪白千蘭は、バスジャック犯の男に殴りかかるために立ち上がろうとしたのだが、


「……痛ェなぁ」

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