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報告会


 死にゆく命に火を灯そう


 その輝きが、闇に包まれ見えぬなど


 あってはならないことだから


 悪意に死にゆく命には


 闇こそ至幸、光あてずにそっとあれ


 善意に死にゆく命には 


 悪意を注ぎ、闇に返してあげましょう

 

 その輝きは、闇あってこそだと教えましょう






 奥深い森の中、雀が三匹集まっていた。小刻みなステップで3羽は黒いシルエットに近寄っていく。異常に背が高く、異様に細い仮面を被った男のもとへ。

 黒神名無は膝を折って雀に手を差し伸べる。愛らしいその顔を指先で撫でてやると、雀たちは気に入ったのかますます名無の足元に集まってくる。

「いい余興だったよ。君たちはどうだった」

 雀と戯れながら、名無は後ろから聞こえた足音に尋ねた。

 黒神フォリスと黒神リーナ。二人は名無を前に膝をついて敬服の意を表する。

 先に答えたのはフォリスだった。

「夜来初三にはウロボロスの力が宿っていることが分かりました。また、最強の悪人祓いには警戒が必要かと。底が知れない力を持っていました」

 ほう、と興味深そうに反応を示した黒神名無。雀を撫でる手を止め、軽快に腰を上げる。

 フォリスに続いて、黒神リーナが補足する。

「……あとは想定内だった。問題なし」

 リーナの足元には唯神天奈が横向きに転がっていた。穏やかに眠っていて、まったく起きる様子はない。

「なるほど。私も最狂の悪人祓いとやらにここまで飛ばされてしまってね。悪人祓いたちに対する認識を改める必要がありそうかな」

 腕を組んで空を見上げた名無は、ぼんやりと呟いた。

 うっかり本音を漏らしたようだった。

「面白いね。多分彼らは死んでしまうのに」

 彼ら、というのは悪人祓いや『エンジェル』、『デーモン』たちを指す言葉なのだろうか。それとも、『悪』を宿さない全ての人間に対する言葉なのだろうか。仮面の中には、どのような表情が張り付いているのか、まったく分からない。

 軽い報告会が済んだ後、茂みの中から新しい足音が聞こえてきた。『饕餮』の黒神フェンリ。彼女は長い髪を揺らしながら、両腕で二人の男を引きずりながら現れた。

「おや。『エンジェル』と『デーモン』の工作員二人がお土産ですか、フェンリ」

「殺せと命令されていないから、とりあえず連れてきてだけだ」 

 ぶっきらぼうにフォリスへと返事をした彼女は、血だらけで気を失っている大柴と伊吹を雑に投げ捨てて、名無を前に膝をついた。対して、とうの名無は顎に手を添えて問を投げかける。

「強かったかい。そこの二人は」

「一人は九尾を宿した悪人。もう一人は悪人ですらない戦闘員。危険はまったくないと判断できる」

「なるほど。現状、我々が警戒すべきはアルスと上岡、悪人祓い二人だと考えていい。うち、アルスと上岡にとってそこの二人はそれなりに価値があるかもしれない。殺しておく必要がないなら、とりあえず残しておいていいよ」

「……夜来初三は、警戒しないのか」

 一度、彼と一戦を交えて豪快に吹き飛ばされたフェンリは、油断のならない相手だと認識していたらしい。尋ねられた名無は、愉快そうに笑って言った。

「なぜだい。彼は我々の家族だ。少しやんちゃの過ぎる末っ子さ。お姉ちゃんなんだから許してあげなさい、フェンリ。フォリスにリーナもだよ」

「私は夜来初三が家族になるとは思えない」

「そう言うんじゃない。私にとって、最愛にして最後の息子なんだ。次に会ったときは、必ず彼と仲良くするように。子どもたち全員への命令だ。いいね」

 名無の提案に、フォリスはニコニコと不満などなさそうに笑い、リーナは相変わらずの無表情、フェンリは眉根を寄せて視線を下げる、めいめいの個性豊かなリアクションが見て取れる。

 そこで、また一味違う反応を示す者が現れた。

「俺は反対だ」

「アルフェレン。おかえり。……おやおや、珍しく随分とやられたね」

 黒白の髪の目立つアルフェレン。それだけでなく、体には真っ赤な血液が固まって散りばめられており、カラフルさに拍車がかかった様子だった。その右手には黒のダレスバッグがある。

 名無の心配に、アルフェレンはため息を返した。

「はあ。さすがは武神。少し手こずった」

「混沌の力を使ってしても、勝てなかったかい」

「手こずった、と言っただけだ。誰も負けたとは言っていない」

 名無にひざまずく三人の兄弟を一瞥したアルフェレンは、吐き捨てるように忌々しさを精一杯表現して言った。 

「言っておくが、こいつらみたいに俺は馬鹿な体制にはならない。報告だけして帰る」

「いいよ、別に私は指示していないからね。皆好きでやっているだけさ。で、負けていないということは?」

「ああ」

 アルフェレンは首をコキリと鳴らして、どうでもよさそうに事実を言葉にする。



「命令通り、速水玲は殺してきた」



 パン、と気持ちのいい拍手が鳴り響く。手を叩いた黒神名無は、満足げにうんうんと頷いていた。

「素晴らしい。よくやった。さすが私の子供だ。これで鉈内くんにちょうどいい『絶望』を植えられる」

「ああ。これで鉈内の心が弱り、その時に唯神天奈の中にある『悪』の卵を転移すれば、鉈内の悪化は確実になるだろう」

 アルフェレンは思い出したようにダレスバッグの中を開いた。そして、名無の足元に取り出したそれを放り投げる。

 左腕だった。

 拳ダコのできた、屈強な拳。しかし、腕全体を見るとしなやかで女性らしさが伺える。

 鉈内翔縁が見れば、一瞬で誰の腕か分かる代物だ。さんざんその拳で叱られ、その拳を見て稽古に励み、その手で頭をくしゃくしゃにされて褒められたのだ。見間違えるはずもないだろう。

「首じゃないんだね」

「その腕以外残らなかったんだ。塵にしたからな」

「なるほど。確実で良いことだ。では、家に帰るとしようか。ロイリーや円山が先に待っているだろう」

 黒神名無は振り返って歩き出す。

 ごりっと、雀を踏み潰して鼻歌を歌いながら。



 目を覚ました大柴は、小さな舌打ちを炸裂させる。牢屋だ。ワンルーム程度の部屋の中に、自分と伊吹連が転がっていることを理解する。小さな小窓が一つあり、月明かりを頼りに覚醒したばかりの目を慣らしていく。

(……拘束されていない)

 不思議な話で、敵地に囚われたというのに四肢の自由が確保されていた。足の健や骨などを破壊されているのではないかと疑ったが、まったくの杞憂で終わる。チャンス、とは思えなかった。拘束などする必要がない、という敵の自信と能力が伺えるのだ。急いで脱出をする意味も甲斐もない。

 ため息を吐き、大柴は起き上がってあぐらをかく。長刀使いの女のせいで脇腹と背中に大きな切り傷がいくつもある。端的に言って痛い。とにかく痛い。特に手当てらしいこともされていないので、しばらくは焼けるような激痛で寒さには苦労しないことに感謝である。

 懐を探ると、タバコがあった。あまり進んで吸う方ではなかったが、上司の豹栄真介が亡くなった後、たびたび同じ銘柄のタバコをふかすようになっていた。

「……」

 大柴は虚空を見つめる。

 豹栄には尊敬も敬愛も持っていた。もともと、『凶狼組織』とは社会のはぐれ者が集まって生計を立てていくことを目的とした半グレ集団みたいなものだった。はじめは小さな犯罪を組織的に繰り返して毎日を生き、徐々に裏社会でのビジネスにまで手を伸ばしていった。大きな犯罪をビジネスで遂行するようになり、その方面で信頼が積み重ねっていき、『凶狼組織』は大きく強力な大規模犯罪組織へと変化した。昔は路地裏で残飯を漁るような生活で必死だった大柴たちを、腹いっぱい毎日食えるだけの世界にまで牽引してくれたのは、誰でもない豹栄真介その人である。

「……」

 黙ってタバコをくわえて、内ポケットから取り出したマッチで火をつける。吸う。タバコ葉を燃焼させて煙を引き出し、あとは大きく深呼吸する。

「……敵討ちか」

 隣で転がっていた伊吹が、小さな声で尋ねてきた。大柴同様にボロボロの彼は、痛みに歯を食いしばりながらも壁に背を預けて座り込む。

 大柴はぼうっとした目で、短く答えた。

「他にすることもないからな」

「豹栄真介はエンジェルに殺された。そのエンジェルを操っていたのは黒神一族だ」

「ああ、だから殺しておく。……豹栄さんのため、なんだろうか。正直、俺はなんでこんなことしてんのか分からん。あの変態上司に付き合ってなりゆき、だと考えている。ただ」

 言葉を区切って、大柴は大きく煙を吸い込んだ。

 同様に大きく吐き出しながら、煙にまみれながらぼそりとつぶやく。

「……心がうるせえんだよ。気に入らないってな」

「豹栄真介とは、よほど人望に熱い人間だったようだな」

「どうだか。ただ、シスコンでニコ厨でノリの良い人だった。あとは俺たちクズを導いてくれた。……だからはじめてなんだ」

「? 何がだ」

「誰にも導かれずに、自分の足で歩いていくっていうのが」

「……」

「ずっと『凶狼組織』で悪さだけしてきた。生きていくことに必死だった。それでも心には余裕があった。豹栄さんがいれば大丈夫だって安心があったんだ。俺の人生には、もう力強いリーダーがいない」

「敵討ち、とは言い切れない感情のようだな」

「ああ。どーも分からん。怒りや憎しみなんてありゃしねえ。こんな世界で生きてきたんだ。豹栄さんの最後は至極当然の報いさ。だが、頭じゃ分かってるんだが、『思う』んだよ」

 タバコの半分ほどが白い灰に変わっていた。ポトリ、とあっけなくそれが落ちる。

「……リーダーやられて黙ってられるほど、お利口さんじゃねえってな」

 常に冷静沈着なその小悪党の瞳は、いつだって自分の命を守る方法だけを捉えて離さなかった。生きるために、自己保存のために、出過ぎた真似はしないし、小悪党という立場をわきまえて振る舞ってきた。だが、今の彼の瞳には、珍しく自分の命という最優先事項が映っていなかった。見えていなかった。

 その目が捉えて離さないのは、

「『デーモン』じゃねえ。『凶狼組織』に奴らは喧嘩を売った。それがどういうことか、思い知らせてやる」

 命ではなく、誇りだった。

 自分の生きる居場所を血で汚されて、黙っていられるほど小悪党ではなかった。 







 正義の味方になりたかったわけじゃない。

 正義そのものに、僕はなりたかった。だから、悪人祓いとして一流になると決めた。理由なんていくらでも思いつく。自分を無慈悲にも捨てていった両親みたいな悪人が許せなかったから。夕那さんが大好きで、感謝していて、どうしても役に立ちたかったから。秋羽伊那、唯神天奈、世ノ華雪花、雪白千蘭、彼女たちを含む多くの悪人と接してきたことで、あの子たち悪人はどうしようもなく悲しい一面を背負っていたから。そして、何より……あいつが悪意しか信じない大馬鹿野郎だったから。

 自分は知っている。善意を。あいつと同じ人に育てられ、同じ場所で生き、同じ友人家族を持っている。けれど、僕はあいつと違って知っている。人を助けたい、その善意に幸せがあるのだと。その善意は絶対に間違ったことではないのだと。

 なぜなら、


「……てめえが、教えてくれたんだろうが」

 ぼそり、と鉈内は呟いて目を覚ます。椅子に座らされていた。手足は手錠でがっちりと固められているようで、まったく動かすことはできない。蛍光灯の光が頭上にいくつかある。蛾がバチバチと光にあたっては落ち、また当たっては落ちる愚行を繰り返している。まるで自分そっくりだ。馬鹿正直に、さんざん痛い目を見てきた。大した力もないのに立ち向かっては倒されて、それでももう一度我武者羅にぶつかっていく。

 鉈内は夜来から教わったのだ。悪人だろうと何だろうと、人を助けることだけは間違っていないことを。事実、彼の周りには彼の救った人たちでいっぱいだ。いつも笑顔が溢れている。秋羽伊那はよく笑いながら夜来の手を握っていた。唯神天奈は同じ時間を共に過ごしてくれることに、いつもリビングで静かに微笑んでいたはずだ。世ノ華雪花は登下校時にしつこいくらいに付きまとって、構ってもらって笑っていた。そして、雪白千蘭は命も心もすくい上げられ、彼の隣で幸せそうに生きている。

 それらが本物の悪を貫いた結果だ。

 鉈内には、それがどうしても、正しく美しい光景に見て取れた。しかし、夜来初三本人はどうだ。いつだってよく分からない組織や力に狙われ、周囲を守ることで必死になって、結果的には人間をやめるレベルにまで追い込まれている。

 彼は周りを救うだけで、救われることが決してない。今も、鉈内をこうして捕らえている謎の一族から狙われているのだ。

「……お前はもうよくやった。十分だよ」

 鉈内は夜来が嫌いだ。

 しかし、やはり家族で、確かに兄弟だった。そして、鉈内の方が、兄なのだ。

「ここから先は、悪人てめえじゃねえ。善人ぼくの出番だ」

 自分があいつくらい救ってやるべきだ。家族なのだから。

 これまでの修羅場、戦場、すべて悪人任せだった。『エンジェル』戦の天空に浮かぶ城で、全てを彼に任せざるを得ず、ヘリコプターに乗って逃げたとき、善人はもう耐えられないくらい己の無力さを呪った。

 自分の善意を見せつけろ。正義を体現しろ。あいつが一番嫌う最高最善のやり方で。我武者羅に立ち向かって、悪人の全てを救ってやれ。皆を守る。そのために成すべきことを成せ。

「誰に向かって喋ってるんだい、鉈内くん」

 ギロリ、と鉈内は重い扉を開けて入ってきた男を睨む。

 白神円山。彼は気を失った唯神天奈を車椅子で運んでやってきた。





 




 

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