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悪斬

 避けられない。

 ただそれだけが現実として鉈内に無情にも叩きつけられる。

 ならば、避けられないならば、それはもう仕方ないだろう。



 ガキィン!! と甲高い金属音が響き渡った。

 そこには、振り返って悪斬でロイリーの手刀を平然と押しとどめている鉈内の姿があった。


 避けられないなら防げばいい。

 単純な話だが、ただの人間の身でそれを成し遂げることは、極めて難しいシチュエーションだったと言える。なぜ、彼が黒神一族の一撃を当然のように防いでいるのか。防げているのか。その秘密は、全て鉈内の手にしている悪斬にある。

「なぜ反応できたのですか」

「いやあ、なんかね、聞こえるんだよ」

「聞こえる?」

 がちがちと震えるつばぜり合いの中、鉈内はぞっとするような笑みを浮かべた。

 それは恐怖を前にした笑みであり、恐怖を受け入れたからこそ見る者を恐怖させる笑みだった。

「『黒神一族を殺せ』って。殺せ、殺せ、殺せ、って頭の中ですっげー響くんだよ。刀の怨念が僕の体を動かしている。反応できないってなったらいつもの僕なら固まっちゃうけど、この刀から伝わってくる『殺意』が、固まる余裕なんて許さなかった。気づいたら、僕は君を殺すために反応してた。攻撃を、防いでた」

「……」

「ごめん。なるべく殺さないように『手加減』するから。死なないでね」

「っ」

 直後のことだった。

 ボトリ、とロイリーの右腕が地面に落ちた。肩から先が完全に切り落とされていた。剣筋など分からない。ただただ、鉈内の中に秘められていた武術の力が、膨大な殺意という感情に後押しされて異常なほど引き出されている。

 これは、なんだ。

 軽々と殺意の太刀を振るう鉈内本人が、誰よりもそう思っていた。

 目の前に対峙する強敵以上に、手に握る刀の存在を恐怖している。少しの余裕も許さない。この悪斬が、鉈内のあらゆる善意を許さない。鉈内の持つ光の全てを、どす黒い闇で飲み込もうとしてくるのだ。

「では、お手並み拝見といきましょうか」

「っ」

 ロイリーの手刀が眼前に迫ってきていた。

 喉を貫かんとする指先に、鉈内は身をよじって回避する。同時に悪斬を下から上へ斬り上げた。

 空を切る。

 よけられた。どこへいった。

(え、ちょどこにーーー)

 


 ーーー殺せ


 声が聞こえた。

 気づけば、鉈内は振り返ることもなく悪斬を後ろへ振り下ろしていた。

 ブヂブヂブヂ、と肉の繊維を引き裂いた手応えがあった。

 ロイリーの右手首を半分ほど斬り裂いた。

 一瞬の静寂が訪れ。

 再び、激突が始まった。

 ガキィン!! と手刀と悪斬が激突する。ロイリーの猛攻に鉈内は顔色一つ変えずに受けて立っていた。右の手刀が飛んでくる。首を振って回避し鉈内も悪斬を突き刺した。ロイリーはそれを左手で添えるように受け流すと、綺麗な後ろ回し蹴りを側頭葉に叩き込んでくる。

 しかし、鉈内は悪斬を手放し、勢いよくロイリーの懐へ踏み込み、重心を落としながら右の腰を前に回し、同時に右拳を真っ直ぐに放った。

 中段逆突きである。

 洗練された空手の一撃は、立派な殺人術として機能した。しかし、相手はただの人間ではない。この程度ではびくともしないだろう。

 だから、鉈内は右拳に札を握っていたのだ。

「『武器変換ーーー紅蓮』」

 巨大な鎖鎌が出現する。

 両手でそれを握り締めて、思い切り引いてロイリーの両脇腹を斬り捨てた。

 血飛沫が舞い上がり、たまらずよろめくロイリー。鉈内は即座に鎖鎌を投げ放ち、二つとも右肩と左太股へ突き刺さった。

 反撃を許さない。

 地面に落ちている悪斬を拾い上げると同時に振り下ろす。

「強い」

 にたりと笑った。

 黒神ロイリーは、満足そうに笑顔を浮かべて、こう言った。

「ようやく強くなりましたね。待ちくたびれましたぞ」

「っ!!」

 なんだ、それは。

 思わず、鉈内は呟いた。

 悪斬が受け止められていた。

 冷や汗をながす鉈内に、ロイリーは穏やかに笑ってこう答える。



「檮杌には虎の足と猪の如き牙があるのですよ。かっこいいですかな?」



 口の中から、巨大な槍が飛び出てきていた。

 それを抜き取って、鉈内の一撃を防いできたのだ。

「手品にしちゃあ品がないね、おじいちゃん」

「ではもう一本」

「え」

 鍔迫り合いの中、左手を口に突っ込む。

 槍がその手にはあった。

 鉈内は両手が悪斬でふさがっている。

 これはまずい。

「あなたも似たようなことをしていましたな。品があって結構でしたよ」

 このままでは。

 風穴を、空けられる。

 



 

 


 

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