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救世主

 場所は七色寺。

 同じく、『急死事件』の被害者達が生き返ったという現象に度肝を抜かれていたリポーターの様子が鮮明に映っていたテレビを眺めているのは七色夕那だ。

 彼女は『魂食い』によって殺害された後、あの『魂を保管する世界』で出会った『プリンセススター号襲撃テロ事件』の犯人たちの顔を思い出す。

(やはり……あやつらは元に戻らんかったか……)

 小さく息を吐いた。

 溜め息とはまた違った、まるで予想通りのことが起きたような行動だった。

 テレビに向けていた視線を少し下に落とし、

「……突然生き返ってしまったから、別れの挨拶の一つさえしていなかったのう」

 その通り。

七色も雪白も、彼らと話し合っている最中だったのだが、気づけば七色寺で目が覚めてしまっていた。まるで全てが夢だったように。何もかもが現実ではなく妄想だったかのように。

 いや、当然の事実なのかもしれない。

 いちいち別れの挨拶を設けてくれるほど都合の良い展開などなくて当然なのかもしれない。

 しかし。

 彼らが『プリンセススター号襲撃テロ事件』を巻き起こした本当の事実を知ると同時に、その行為を激しく後悔していたことも分かった。

 これは朗報と言えるのかもしれない。

 彼らにも彼らなりの『大切な存在』を守る故の行動だったのだから、そこらで金銭目的だけで強盗や窃盗を起こすようなバカと比べたらよっぽど信念がはっきりとしていた。

 七色は時計で時刻を確認したあと、切り上げるように立ち上がり、

「さて、今日も寺の掃除からじゃな」







 鉈内翔縁はブラブラと街の中を歩いている真っ最中だった。しかし目的地と言えばあることにはあるので、実際はブラブラという表現に誤りがあっただろう。

 彼は再び七色からのリクエストに従ったおつかいをしている。ダルそうに歩きながら肩を落としてショッピングモールへ向かっていた。

 と、そこで見覚えのある背格好を発見する。

「あれ? 伊那ちゃん?」

「あー! 翔縁お兄ちゃんだ翔縁お兄ちゃんだ!!」

 はしゃぐようにぴょんぴょんと飛び跳ねてから近寄って来たのは秋羽伊那だった。ランドセル姿が可愛らしさを極限にまで引き出していて、ロリコン趣味のある輩には刺激が強すぎただろう。

 鉈内はニコニコと笑いながら秋羽の頭を撫でて、

「どうしたのー? もしかしてもしかしなくても学校かな?」

「うん! あ、そうそう。引越しのお手伝いしてくれてありがとうね翔縁お兄ちゃん」

 ペコリ、とお辞儀してきた秋羽伊那。

 感謝されていることに嬉しさを感じたのか、鉈内はブンブンと横に手を振って、

「あっははは。全然オッケーちょーオッケーだよー。でも、何かちょっと心配だなぁ。あの前髪ヤクザの家に住むだなんて、いつDVされてもおかしくないし」

「へぇ? でぃーぶい?」

「うん。家族のことを殴ったり、叩いたりするのをDVって言うんだよ。伊那ちゃん、あのクソ前髪ヘドロ野郎にDVされてない?」

 小首をかしげた秋羽は、少し考え込む素振りをし、

「えーっとねぇ。よく朝は二回頭をバゴンバゴン!! って叩かれて、クソガキ三号が、とか言われる」

「っ!? に、二回!? 二回もバゴンバゴン!? それ、ちょっと、え!? あのゴミなにやってんの!?」

「あ、学校遅刻しちゃう。バイバイ翔縁お兄ちゃん! また遊ぼうね!!」

「え、いや、バゴンバゴンってちょっと音的にまずくない!?」

 夜来初三DV疑惑がバゴンバゴンという痛々しそうな効果音によって鉈内の中では強くなっている。しかも、一日に十回くらいは『殺すぞ』だの『クソ』だのと吐き捨てる夜来のことだ。もしや本当に暴力行為をとっている可能性もなくはない……のかもしれない。

 そんなことを立ち止まって本気で思案している鉈内は、ショッピングモールへ買い物をしに行くことをすっかりと忘れていた。







(よ、ようやく着いたクソったれがぁああああああああああ!!)

 学校到着一番、心で密かに絶叫を上げた夜来初三。

 教室へと向かう彼の隣には、未だに口を開くことのない雪白千蘭と唯神天奈がいる。双方同じ心情なのか何なのかは夜来にさっぱり分からないが、明らかに敵対状態に近い立ち位置に二人は立っているはずだ。しかも夜来を挟んだままで。

(ふざっけんなよ! 意味分かんねぇよ!! 俺なんかした!? なんかコイツら二人の殺気に挟まれなくちゃいけねぇようなことした!? あぁ!? なんか俺した!?)

 必死に過去に取った自分の行動や言動から、雪白と唯神の機嫌を損ねるような真似をしたのかどうか探し当てていく夜来。しかし原因は一向に見つかることはない。

(ああもうマジ何なんだよ!! 何かこの状況ぶっ壊せるような奴ァいねぇのか!?)

 と、自暴自棄気味に心で叫び続けている哀れの彼の背中に。

 一人の救世主が舞い降りた。

「兄様! おはようございます!!」

 ぎゅっと両肩を優しく掴まれた感触と共に発生した聞きなれた少女の声。

 振り向いてみれば、そこには輝く金髪を揺らして微笑んでくる世ノ華雪花の顔があった。

 普段の夜来ならば離れろと即座に言い放つのだが、今回ばかりは真逆の反応を見せることになる。彼はこの緊迫した謎の状態に現れてくれた世ノ華に心の底から感謝し、

「いい朝だなクソガキ二号!!」

 ぎゅっと、すがりつくように世ノ華のことを抱きしめた。

 一瞬目をぱちくりさせた世ノ華はしばし沈黙し、

「ふぇ、ふぇあぁぁあああああ!?」

 顔を真っ赤にして奇声を上げ、盛大に取り乱していた。 

 しかし夜来は救世主である世ノ華をここで逃がはずがなかった。

 さらに彼女を抱きしめていく。

「に、兄様がデレた!? に、にににに兄様が墜ちた!? ついに墜ちた!? 私まさかの圧勝だった!? 完勝だった!? 勝ち越しだった!?」

「ああもう何かよく分かんねぇがとにかくお前を離すわけにゃいかねぇ!! 俺の隣を歩いて教室まで行くぞ。俺の隣で歩けよ!? 絶対ェ俺の隣で歩けよ!? ―――絶対ェ俺の隣にいろよ!?」

「と、ととととと隣!? と、隣ですねはい分かりましたちょー分かりました!! もう永遠にずっとこれからも隣に居座ることを固く誓います!!」

 何やら壮大な誤解の連鎖が発生しているようだが、夜来は世ノ華を隣に置くことだけは曲げられなかった(唯神と雪白のサンドイッチ状態を回避するため)。

 雪白と唯神の怒りが沸点を超えそうになっていることにまったく気づいていない夜来は、真っ赤になって呆然としている世ノ華を隣に置いて教室までの道のりをたどっていく。

 しかし、途中で雪白がようやく口を開いた。

 ただし会話相手は唯神天奈ではなく世ノ華雪花だ。

「おい世ノ華」

「なにかしら? なんだかアンタ機嫌悪いみたいだけど、どうしたの? ついに白髪しらがが抜けてきちゃった?」

白髪はくはつと呼べパツ金女。それよりも貴様、夜来の家に唯神天奈と秋羽伊那が住まうことになったのを知っていたのか?」

「ええ。兄様から連絡きたし」

 その瞬間。

 雪白は夜来をギロリと睨みつけうように凝視し、なぜ自分には連絡を寄こさなかったんだという意味が込められた視線を放出する。

 その威圧感は相変わらず凄まじい。

 少しバツが悪そうな顔をした夜来だったが、確かに彼女にだけ連絡をしていなかったミスは自分の責任だと自覚していたため、

「わ、悪ィ。お前にだけ連絡し忘れてた」

「……なぜだ」

「いや、本当偶然っつーか単純にど忘れしてた。悪い。これは全面的に俺が悪かった。後でパシリでも何でもっすっから、いい加減機嫌直してくれよ」

 ピクリ、と雪白の整った眉が動いた。

「……何でも、だな?」

「言っとくが実行可能なモンだけにしろよ? ガキみてぇな頼みはなしだ」

「わ、分かっている。な、なら許してやる」

 どうやら少しだけ機嫌が良くなったらしい。雪白からはもう怒りのオーラや殺気立った雰囲気は漂っていなかった。

 そんな彼女を横目で見ていた唯神天奈は小さく呟いた。

「……単純な女。まったくもって安い思考回路をして―――むぐっ」

 また火種を投下しようとした唯神の口を夜来は即座に手で押さえ込む。どうやら雪白は『夜来に何でも命令できる』という主従関係に似た資格を手に入れられたことに満足感で一杯なようなので、唯神の言葉を聞き逃しているようだった。

 しかし。

 じーっと横目で見つめてくる不服そうな唯神に対して、夜来は小声で言い放つ。

「(テメェこれ以上この場を修羅場化させやがったら手足引きちぎんぞ……!!)

(……むぅ。納得不可能)

 さらに不満たっぷりの顔に変化する唯神天奈。

 彼女は未だに自分の口を押さえ込んでいる夜来の手を見下ろして、せめてもの反撃をするように、

「ペロペロ」

「っ!? て、テメェ!!」

 唯神の口を塞いでいた手のひらに走った温かくもあり冷たい柔らかい感触。いや、感触という以前に原因は分かっている。確実に舐められたのだろう。

 夜来は動揺して即座に手をバッと離す。

 ピクピクと青筋を立てた彼は、ドスが効いた声で、

「……お口に合いましたかねぇお嬢さん?」

「ん。美味。星三つ」

「俺の手って星三つの価値あんのかよ!!」

「あるに決まってるじゃないですかあああああああああああああああ!!」

「何でお前がキレてんの!?」 

 突如横から首を突っ込んできた世ノ華に、夜来はまたもや大声を上げる。そうこうしていく内に教室へたどり着き、遅刻を回避することに成功して出席扱いになったはなったのだが、やはり雪白はどこか不機嫌そうな顔を維持したままだった。

 各々の席についたところで、担任の速水玲が姿を現す。

 再び、不登校少年にとっては地獄の時間と化す学校生活の一日がスタートした瞬間だった。

 少年は吐き捨てるように呟いた。

「……クッソだりィ……」


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