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四匹目の最強

 千の怪物のフィンガークラッチが響く。

 同時に村一つなら塵にできるほどの風圧が黒神名無の頭上へ降りかかってきた。七色寺へ続く階段のちょうど中間地点あたりが完全に崩壊する。鼓膜を蹂躙するような轟音と共に仮面の怪物は土煙に沈んでいった。

 チリ、と。

 肌が焼けるような熱が、急に広がる。

 熱源を見れば、そこには神々の王が神々しく片手を振り上げていた。手刀を作ったその腕からは、天を貫くような高熱エネルギーが放出される。雷の剣。天まで届くその雷の凶器をまだ煙の中にいる仮面の怪物へ振り下ろした。一瞬の静寂が訪れ、直後には爆音と黒煙が吹き荒れる。

 七色寺を覆う木々の世界は大半が焼け崩れていた。しかし、それだけだった。その程度で済んでいることに、まず驚きを隠せない。千の怪物、神々の王、そして彼らを上回ると推測される黒神一族頭首の戦場のありさまとしては、むしろ拍子抜けすると言える。

 なぜ、この程度の戦火で済んでいるのか。

 三人共、実力を出し切っていないからだ。どいつもこいつも星一つなら本当に滅ぼせるかもしれない怪物だ。一気に力を解放しようと即座に決着がつくものではない。ならば、むしろ様子見の中でわずかな隙を見つけ、その瞬間にのみ全力を注いだ方が合理的だと言える。

「質問しよう」

 しかし、油断も隙もありはしない。

 正確には、油断も隙もあるのだが、そこを突いて攻撃しようと意味がない。

「君たちにとって、『悪』とは何かね」

 焼野原と化して焦げ臭い煙を生み出す自然の中から、三日月型の目と口が浮かび上がってくる。狂気的な笑顔の仮面。二メートルはあるかと予測される長身と、あまりにも細すぎる棒切れのような体形は、漆黒の服装と不気味なほど相性がいい。その姿は、まるで死を体現したかのよう。

「上岡真。いいや、上岡真を食らった千の怪物の集合体。君にとって悪とは何か」

 コキリ。黒神名無は首を右に傾けて関節から音を鳴らす。

「アルス。いいや、平和な世界を夢見た一人の悪人よ。君にとって悪とは何か」 

 コキリ。黒神名無は首を左に傾けて関節から音を鳴らす。

「悪とは万人に存在する。きっかけ一つで悪人に染まる。いいや、実は万人が刹那的に悪人になっているのかもしれない。ただ法や秩序や倫理の壁を突破していないだけで、実はこの世の人間は全て悪人としてあるのかもしれない。それがただ、悪と認められていないだけなのかもしれない。実は、人間は全て悪人なのかもしれない」

 闇を切り裂くようにして、月明かりが三人を照らす。

 名無の一人語りを聞き終えて、アルスはくだらない話を一蹴するように言った。

「善悪は視点によって変わる。善が悪に、悪が善に、ころりと一転することがある。そんなことは誰もが知っているし気づいている。そもそも、この世に明確な悪も善も存在しない」

「そうだね。だから、面倒くさいとは思わないか」

「なに」

「善と悪がごっちゃになるから面倒くさいのさ。ならば、この世から『悪』以外を葬り去ってしまえばいい。この世が全て『悪』に塗り潰された世界。どれだけ『はっきりとした世界』になるか、興味があるんだよ」

 ぞわり、と寒気が走った。

 その仮面の下の表情はいかなるものなのか。一体どんな顔でそんないかれた話をしているのか。アルスのような悪人たちにとって、悪そのものを欲することはありえない。何か叶えたい「願い」や、複雑な「思い」があり、それらを手に入れるため、守るための「手段」として悪人に染まるだけだ。

 アルスなら平和を願ったから。

 そう。だから、名無の問いに対して、アルスはこのように答える。

「悪とは手段だ。目的があり、その目的へ至る道として悪人という生き方がある」

「……」

「少なくとも、俺様はそうだ」

「ふむ」

「だからこそ、貴様の『悪だけの残った世界』なんぞは認めない。くだらんにも程がある。悪とは手段であり、悪そのものが目的ではない。俺様の時間をふざけた話で埋めた罪、早速償ってもらおうか」

 バチバチと青白い火花をその身に纏い、王は一歩踏み出した。しかし、横から伸びた手によって道を阻まれる。金色のスーツに身を包んだ怪物、上岡真だ。彼はアルスを制したまま口を開いた。

 しかし、気になるのは……。

 相変わらずの笑顔が、そこには「なかった」ことだろう。

「それが、あなたが夜来さんに執着する理由ですか」

「……どういうことだ」

 アルスの疑問に、上岡は淡々と言葉を紡ぎ返す。

「黒神名無。彼の異端さは、その能力や容姿にあるのではない。その精神性と言えます。そして、今の話からは黒神名無の行動理由が判明しました。彼は悪だけの世界が見たい。善という概念の消失した、悪だけの吐息が残る世界を。つまり、彼は『悪だけを望んでいる』のであり、『悪を求めている』と言えます」

「……」

「僕は少々付き合いがあったので分かります。その『悪を目的にする精神性』に、どうも心当たりがあると思ったんです。黒神名無の『悪』とは、そう、言わば―――」 

 上岡は言葉を区切る。

 その先を、アルスが代わりに続けてやった。



「―――本物の悪、か」



 上岡は静かに頷いた。

「悪を軸に悪を為す、その根底にある悪という概念への思いは、まさに夜来さんと一緒です。だからこそ、少し危惧すべき問題が出てくる」

「……言うな。俺様もある程度の察しはついている」

 笑い声が響く。楽し気な、嬉しそうな、笑い声が。

 言葉にしたくはない、そのある可能性についてを、黒神名無が幸せそうに笑って口にする。

「夜来初三は私のもとへ下るだろう」

「……」

「夜来初三はいずれ気づく。私の為そうとしていることの面白さにね。今でこそ大切な人間とやらのために反発しているが、あれだけ悪人として生きることを強いられた人間にとって、私の計画はどれだけ胸を打つことか」

「……んー」

 上岡は喉を鳴らす。

 そして、その可能性を否定はせず、しかし肯定もしなかった。

「無理、じゃないですかねえ。あなたが夜来さんを単なる道具としてではなく、同じ精神性を持つ仲間として感じていることは理解しました。ですが、確かにちょっと前の夜来さんなら、あなたという『理解者』に心を奪われ、協力するということもあったとは思いますが……多分もう無理ですよ」

「なぜ」

「だって夜来さん、ぶっちゃけ悪人じゃないでしょう」

 けろりとした顔で、上岡は笑って言った。

 いつもの笑顔を浮かべて、さらに続ける。

「いやいや、だってあの人、ぶっちゃけ悪人と言えるほど悪人じゃないですよ。悪人気取ってるだけですって。夜来さんは一度として自分から意図的に悪逆非道に走ったことはありません。自分の世界を、内輪の人間を守るために戦う必要性があった時、さあ待ってましたと言わんばかりに残酷な人間に豹変するんです。なぜか。普段から残酷で非道で孤独であればいいのに、なぜ普段は大切な人間に囲まれているのか。答えは明白です。夜来さんはね、悪人でいなくちゃならない自分と、そうでないただの人間の自分の存在に気付いているからです」

「……」

「夜来さんは本当は優しい青年ですよ。だって、彼はこれまで守るべきものを守るために戦ってきたに過ぎないんですから。たった一人で死に物狂いに戦って、家族を、友人を、好きな人を守ってきた。―――どこが悪人ですか。ただのヒーローですよ」

「……」

「では、なぜ夜来さんはただのヒーローでいられないのか。なぜ悪人として残酷に非道に孤独になりたがるのか。……あなた方が夜来さんに呪術を行使したことが全てのきっかけだ。その結果、夜来さんは悪人として生きる以外の術を見失った」

「……」

「どーですか。ご自身と同じ、悪という概念にすがりつくことでしか生きられない可哀そうな人間を作ったご感想は。嬉しいですよね。ご自身で仰ってましたもんね。やー、頭が上がらないなー。まさか、自分と同じ異常な人間を欲するが故に、子供一人の人生狂わして世界もぐちゃぐちゃにして。友達作りに奔走ですか、黒神名無。可哀そうな人だ」

「……」

「夜来さんはあなたに『悪人させられている』だけです。あなたは『悪人』ですが、夜来さんは違う。彼は悪人として生きる自分と常に戦っている。あなたは『悪を求める以外を知らない馬鹿』ですが、夜来さんは『悪〈自分〉と向き合い戦い続けているヒーロー』なんですよ」

「……」

「だから、あなたは一生独りぼっちです」

「……」

「夜来さんは、あなたとお友達にはなりませんよ」

「……」

「絶対に―――」

 上岡の声が途切れる。

 気づけば、目と鼻の先に細長い指先が迫っていた。首を切り落としにかかってきたのだ。黒神名無の眼光が仮面の下から上岡を突き刺す。

 これは避けられない。

 痛みに覚悟を決めた上岡だが、どうやら彼は運がいいらしい。 



「丈夫そォなオモチャじゃねェか、テメェ」



 黒神名無の腕を横から伸びてきたレイピアが串刺しにしている。そいつは獰猛に口を引き裂いて笑い、舌なめずりをした。子供のような体、神秘的な腰まで伸びたサラサラの金髪、西洋人形そのものとも見れる、小さな小さな怪物は楽しそうに言った。

 フラン・シャルエル。

 かの七色夕那や速水玲を取り仕切っていた事実上の上司であり、今では大規模悪人祓い組織『夜明けの月光』の支配者として君臨する最凶の元悪人祓い。

 その実力は、七色夕那や速水玲の上司だったということから察するに、恐らくは……。

 悪人祓いの中において、

「オイタが過ぎたなァ、仮面もやし。きっちりブチ殺してヤるよ」



 世界、最強。

 



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