『混沌』の黒神アルフェレン
黒神アルフェレンの纏う空気が一変する。
速水は眉をひそめた。明らかに様子がおかしい。それは見て取れる判断だった。アルフェレンの中途半端な白髪が増えていく。黒髪が白へ染まっていき、全体の七割ほどが純白の輝きを誇る。
「『四凶』の内、俺の司るのは『混沌』」
アルフェレンの右顔に走る赤い切り傷が脈動する。まるで心臓。その気味が悪いとしか言いようのない変化に速水が数歩下がって距離を取ると、『混沌』は告げた。
「忌々しいことこの上ないが、俺の深遠を覗かせてやる」
右顔の稲妻のように走っている傷跡が、音を立てて広がっていく。蜘蛛の巣のように亀裂が走り抜け、右顔の皮膚が零れ落ちていった。見えたのは、闇一色の肌。単純な悪化ではない。いいや、悪化だとか怪物の呪いだとか、そういう類のものではない。
「これが『黒神一族の血』の証。いや、呪縛か」
「……悪人とはまた違うな。なんだい、それは」
「黒神一族の呪い、俺をふくめた『四凶』の司る悪神が一般的な呪いや悪と違うのは、この一点に尽きる」
寒気が走った。
薄くアルフェレンが笑ったからだ。
「生まれたときから、俺達は悪神と融合させられている点だ」
「先天的に、だと」
「そうだ。ただの悪人が怪物と出会い後天的に悪人になる後天的悪人なら、俺たちは先天的悪人とでも言える。そこに呪いの侵食とかいう問題はない。悪神を細胞のように、単純に取り込んで生まれたからだ」
アルフェレンの右手が壁に添えられる。瞬間、壁は時間を早送りしたかのように老化して腐敗する。速水は息を呑んだ。触れるだけで対象を腐敗させた現象に警戒したのだ。
「袁枚の『子不語蛇王』では、『楚には蛇の王者がいた。帝江に似ていて、耳と目と爪と鼻がなく、口だけあった。肉の塊で、行く先々の草木が枯れてしまった』と書かれている。『混沌』には生物を死に誘うとされる描写もあったらしい」
「……っ」
「相性が悪かったな。体術では俺とボディタッチは避けられない」
じわじわと、その肉体からは禍々しい白い粒子が溢れ出ていた。あらゆるものに死を、終わりをもたらす力。サタンの破壊の魔力よりもシンプルに残酷な能力である。破壊ではなく殺戮。それが『混沌』を司るアルフェレンの力。
「他にも、『目はあるが見えず両耳もあるが聞こえず胴体はあるが内臓はなく前に進むときも足は開けず』、なんて言い伝えられていたな」
ぽっと、アルフェレンは消える。
そして、速水は咄嗟に尋常じゃない危機感を覚える。転がるように前転すると、先ほどの場所にちょうどアルフェレンのかかと落としが炸裂していた。
床がちりになった。
その『終わり』は下のフロアにも続いており、地響きと同時に速水の景色が下へずれていく。意味を瞬時には理解できなかった。だから、アルフェレンの言葉を聞いて絶句する。
「真っ二つにしてしまったか。地盤がずれたな」
『夜明けの月光』の本部まるまるを一刀両断し、くわえて土地ごと切り分けてしまった、『終わり』をもたらす一発のかかと落とし。
これが黒神一族の『四凶』。
これが『混沌』の黒神アルフェレン。
「移動が見えないのは仕方ないぞ。オレは混沌。移動するが足は使わない。見えるが目はない。理解不能を体現したような怪物なんだからな」
これぞ。
忌々しい、黒神一族の呪い。




