四凶悪神
「事前に説明しておこうか、鉈内くん」
白神円山。彼の運転する乗用車に揺られている鉈内は、助手席から窓の景色を眺めつつ話を聞いた。既に天山市からは遠く離れている。まるで戦争に出兵される兵士の気分だった。
「君の血縁的に正しい実家へ帰っているわけだが、君がこれから目標とすべきことはもう決まっている」
「任務は決まってるわけっすか」
「だな。で、まあ任務内容の前に、ここらで黒神一族について軽く整理してみよーか」
円山は咳払いを一つして、
「一族を統治するのが黒神名無。こいつは、君が戦ってきた悪人たちとは文字通り次元が違う。君の知る限り最大の悪人は、恐らくは『エンジェル』のアルスだろう」
「ええ。奴は桁違いの悪人だった」
「アルスでさえ、傷を付ける、攻撃を加える、ってところが限度だ。あのギリシア神話最強の男さえも黒神名無には届かない」
ごくり、と生唾を飲む。
気づけば円山の横顔を吸い込むように見つめていた。
「もちろん、君に名無とやりあってもらうつもりはない。ただ、それなりの敵を討伐して欲しいんだ」
「それなり、って言うと……」
「黒神一族は名無を筆頭に『四凶』と呼ばれる奴らがいる。中国の『春秋左氏伝』にある四つの悪神からきてるんだが」
円山は片手を広げてみせた。
親指を折って、
「黒神名無。こいつはいい」
残りの四本指に鉈内の意識が向く。
言われずとも分かる。自分が相手にするのは、この余りなのだと。
「でかい犬の姿をした混沌。羊身人面で目がわきの下にある饕餮。翼の生えた虎の窮奇。人面虎足で猪の牙を持つ檮杌。この四神をモデルに、四人の黒神一族の人間が存在する。主な脅威になるのは名無を含めたこの四人だ。君には彼ら『四凶』を刈ってもらいたい」
「……なるほど」
「まあ、そんな堅くなるな。全員を倒せとは言わない。一人、あわよくば二人くらい倒してくれりゃ上出来だ。『四凶』にあたるのは、混沌の黒神アルフェレン。饕餮の黒神フェンリ。梼杌の黒神ロイリー。窮奇の黒神フォリス。フォリスってのは、さっき俺が串刺しにした奴だな。こいつには黒神リーナっつーオプションのガキもいる」
円山は鉈内を一瞥して、
「黒神アルフェレン、そして黒神フォリスは四凶の中でも特に強い。アルフェレンに至っては、悪化の証、白髪が中途半端なのもあって、かなり異質だ。君には饕餮の黒神フェンリ。梼杌の黒神ロイリーを叩いてもらいたい。そのためには、まずは君の親父さんと挨拶して、君に同行する白神一族の仲間を集めにゃいかんのさ」
「そのための帰省ってわけですか」
「そういうこと。まあ、兄弟の顔を楽しみにしとけって」
鉈内を乗せた車はさらに加速する。これは紛いもない、彼の望んだ出兵だった。




