怪物三匹の究極の戦い
先制攻撃を仕掛けたのは上岡真。千の呪いの内からいくつかを同時使用し、名無の笑顔の刻み込まれている仮面に向けて殺意を凝縮させる。
それは無だった。
名状し難い絶対的破壊。名無を中心にした一定範囲の空間に亀裂が走っていくのだ。まるで薄氷に大きな石を叩きつけたように、その蜘蛛の巣のようなひび割れは広がっていく。
直後、名無の右半身は亀裂の崩壊と一緒に砕け散った。ガラスの壊れるような音が炸裂する。空間の欠片だけでなく、巻き込まれた名無の右半身の血肉も含めて、全てが地面へ飛び散る前に霧散する。まるで別の世界に吸い込まれていくように。
たたらを踏んだ名無は、ぼやくようにして言った。
「千の怪物よ。君も『悪』と構造は同じだからなのか、とても他人とは思えない。私は君を傷つけるのに抵抗があるようだが、もはや仕方ない。きちんとスクラップにしないとね」
直後のことだ。
名無は言葉を単純に紡ぐ。
「『吹き飛べ』」
「っ!?」
ドッッッッ!! と、風圧とも衝撃波とも分からない、謎の圧力によって上岡は吹き飛ぶ。背骨をあらぬ方向に折り曲げて宙を舞い、木々をめちゃくちゃになぎはらって地面へ崩れる。
しかし、パッと上岡の体は消える。気づけば名無の背中へ回っており、傷も完全に治癒されていた。強烈な後ろ蹴りが名無の後頭部を穿とうとする。それを首を傾けるだけで名無は回避した。上岡の空振りは、頭上の闇夜に広がる雲の群れをまとめて消し飛ばす。辺りには膨大な風圧が広がっていく。
「『ボン』」
名無の声が響く。
すると、上岡の伸びきった蹴り、つまり右足が太ももから膨張していき、勢いよく爆発する。爆風で上岡は再び吹き飛び、アルスの横に転がっていった。
「いてて。僕はSなんで、こういうプレイはお断りですよ」
「王の楽しみを奪うな。俺様が殺そう」
アルスのフィンガークラッチが響く。
同時に、闇夜から強烈な稲妻が名無に直撃する。一閃だった。串刺しにするように光は落ちた。
しかし、仮面越しに聞こえた。
「『曲がれ』」
カクン、と落雷は屈折して軌道を逸らす。名無からかなり離れた地点へ高熱エネルギーの破壊が襲う。アルスは眉をひそめた。彼は腰を落とし、溜め込んだ足首のバネの力を全力で解放する。消える。現れる。名無の眼前に高速移動。さらに膝を抱えこんで上げているため、強烈なハイキックの準備が完了していた。くわえて、その足からは莫大な電流が四方八方へ放出しており、直撃はゼウスの雷を食らうことを意味する。
全力で蹴り抜く。
イカズチが空を裂き、自然を無茶苦茶に焼き壊していく。七色寺を囲む緑は大体が開拓されてしまった。名無はこれを上に飛び上がり回避。さらに言葉を織りなす。
「『燃えろ』」
「っ」
アルスの身体が炎上する。火炎に包み込まれた王だが、夜空から突然の豪雨がアルスをピンポイントに襲う。いいや、アルスが天候を操作してあえて雨を浴びたのだ。
「やはりな」
アルスは再生した上岡と並び、名無に向けてかく述べた。
「『言霊使い』。それが貴様の正体だ。言葉にしたことを現実に発生させる。言霊の盛ふ国とまで言われたこの国の人間らしい力だ」
「……あー、どうりでボンとか吹っ飛べとか言われてやられたわけだ。存外にあっさりと能力を把握できましたねえ」
対する名無は威風堂々としている。
種があかされようと問題はないと言わんばかりに。名無は両腕を広げて、
「君ら風情では届かない神秘だと、私を理解してくれたかな」




