王様の戦う理由
「人払いは済んでいるな、ザクロ」
「当たり前だ。とっくにこの町には子供一人さえ存在しない」
アルスの声に反応して、黒神名無を挟むように七色寺の境内からエクソシストが姿を現す。町中の人間を払い出したということは、先ほどの黒神名無の圧倒的な破壊活動に流血はなかったということ。つまり、この二人は、黒神名無の登場を予想していたということか。
「君たちは白神一族と手を結び、なぜ協力関係にあった我々に刃向かうのかな」
「……知ったからだ」
「何をだ、王よ」
「俺はお前らに踊らされて知ったよ。まず、俺の世界平和計画になぜ貴様らはスポンサーとして現れたのか。理由は簡単だ。俺が世界を統べるということは、あの戦争で勝つということは、デーモンや悪人祓いたちを一掃するも同義。貴様らの邪魔者が手っ取り早く消滅する」
「間違いではない。しかしだね、哀れな王よ。その利害関係の事実一つに復讐に燃えたというのか」
「いいや。俺をこうさせているのは、間違いを知ったからだよ」
「間違い?」
アルスの右手が開いた。
直後、王の周りの空間が揺らめき始める。次第に高熱エネルギーの証拠である火花が右手から溢れてくる。
「俺は世界を平和にする。おまえ等という単純な害悪を討ち滅ぼし、誰もがいつもの日常を……悩み苦しみ時に間違える、決して完璧に平和ではないありきたりな世界を、平和を取り戻す。それが王としての最後の務めだ」
「なるほど。夜来くんに変えてもらったというわけだ。昔の極端で横暴だった頃の、暴君だった頃の君の方が親しみを持てたというのに。今じゃつまらない王様に堕ちたんだね」
「貴様に黒幕はいない。これまでのあらゆる事態は、貴様が裏で操っていただけだ。貴様を殺すことで、人類を救うほかない。すまないが……」
刹那。
アルスの目が、殺意で満ちた。
「ここで終われ」
一閃。
なにが起きたのかさえ理解させない速度と、七色寺の背後に大きくそびえ立つ山の半分、くわえて赤焼けている美しい羊雲すら一刀両断にする雷撃が飛んだ。
ゴバァァァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! と、空気が震えて地面の揺れる勢いの一撃を前に、黒神名無は回避行動を取っていた。真上に飛び上がり、アルスを見下ろす。つまり、やはりゼウスの雷ともなれば脅威を感じているということ。さすがに、相手が神々の王では名無も遊ぶつもりはないのだ。
「『滅』」
「っ」
アルスが咄嗟に後ろへ飛び下がる。直後、言葉通りに一定範囲の空間がねじ曲がっていき、つんざくような爆発音と共に消滅する。階段も周りの自然も、この世からぽっと消えてしまった。
ぞっとした。
あれは、夜来の絶対破壊も対応できない力を持つゼウスの力と同等かそれ以上の何かだ。アルスも直撃は死を意味する。
「雷槍」
アルスはゼウスの雷を凝縮して投擲用の槍を作り出す。着弾と同時にゼウスの雷が溢れ出す核爆弾のような代物だ。
投げやる。
弾丸のように黒神名無の胸を穿つ。
しかし、名無の胸を射抜く瞬間、勢いよく名無の足で蹴り上げられて軌道を天空へ逸らされる。夕焼け空に消えた直後、地平線の彼方まで、空全体に雷が乱雑に溢れ出していた。雷による閃光の嵐が空を支配する。夕陽は落ちていき、気づけば辺りは真っ暗だった。雨のない不思議な嵐のような夜が出来上がる。
「ザクロ」
そう簡単に決着はつかない。
アルスは待機していたザクロへ命令を下す。
「先に行って奴と合流しろ。俺はこの弱者を叩いてから向かう」
「了解した。私では入りきれない次元だからな、退散させてもらう。……アルス、七色寺は壊すなよ」
姿を消したエクソシスト。残るは怪物同士。昔とは違う怪物はくすりと笑った。
「弱者一人叩くのに、そこまで暴れはしない」
「アルス。私に君はいらない。欲しいのは最愛の息子たる夜来初三だけだ。ゆえに、躊躇いもなく君を殺すことになるが、理解してそこにいるのかな」
「……新人類のために、『悪』所有者のための世界を作る。黒神一族のための世界を。そのために人類の皆殺し、か」
「そう。だから、私たちのユートピアの邪魔は排除する。白神一族も君も」
「夜来初三が、貴様らと一括りにされるのは癪だな。俺はやつを認めている。好いてはいないが、認めてはいるんだ。この俺様の認めた男が、貴様ら弱者と同じ扱いをされるのは……癪に障る」
アルスの瞳の色が変わる。
片方だけの輝きは、衰えてなどいなかった。いいや、むしろ美しさを高めていた。
呪いを引き出した王は、高らかに宣言する。
「さて。貴様の全てを征服してやろう。黒神一族は俺の召使いとして生きることになる」
「ギリシャ神話最強風情が、私という新たな神秘に刃向かうとは。虐殺してあげよう」




