修羅場
『現場の天山市第一ゴミ処理場で発見された〇〇高校の男子生徒達は、あまり普段から素行は宜しくないという情報が入っています。えー、本人達の証言によれば記憶が曖昧でよく覚えていないらしく、確かな原因は掴めていません。一人、顔の骨や前歯が折れているという重傷者がいますが、命に別状はなく―――』
少年はチャンネルを変える。
すると男性リポーターから女性リポーターへと変化し、中継している場所もまた違った。先ほどまでは死神と一戦交えたゴミ処理場の中の映像が映し出されていたが、現在は天山市の中央病院へ切り替えられていた。
『天山市で起こっていた突然の急死事件の被害者達は全てこの中央病院で処置を施されていました。しかし先日起きたゴミ処理場で発見された男子高校生達の奇怪な事件とほぼ同時刻と言っていい時間帯に、中央病院で保護されていた意識のない急死事件の患者達がほぼ同じ時間に目を覚ましたという情報が入ってきています。えー、このふ―――』
テレビの画面を今度こそ切る。
リポーターの女性どころか中央病院の映像さえも映さなくなったテレビ。それを実行したのは白ソファの上でくつろいでいる夜来初三と唯神天奈だった。
唯神はテーブルに置いてあったお茶を手に取り、
「やっぱり、魂は全員に戻ったみたいだね」
「まぁ多少の誤差はあったがな。だが、唯一戻ってねぇのは―――」
「わかってる。魂が戻るのは『肉体』があることが必須条件。私が殺したテロリスト達は二年前。もう、肉体なんて残ってない。だから生き返ることはない。だから私は一番罪が―――重い」
夜来初三と唯神天奈。
二人は顔を合わせることなく、ただ沈黙した。
空気が重い。
しかしそれも仕方のないことだ。なぜなら、少し前に起きた『死神の呪い』による『急死事件』と二年前の『プリンセススター号襲撃テロ事件』の二つの出来事の中で、秋羽伊那は人を殺してしまったが先ほどのリポーターの話から簡単に分かるとおり死んだ者は生き返ることができた。
理由は魂を保管する『魂食い』を夜来と鉈内翔縁が破壊したから。
しかし残念なことに。
唯神天奈が殺したテロリスト達は二年前という『魂が戻るために必要な肉体すらも腐敗してしまっただろう』昔の話である。
よって、唯神天奈が殺害したテロリスト達は生き返ることがない。だからこそ、彼女は秋羽伊那よりも重い罪を犯したことになる。
だがしかし。
かといって秋羽伊那の罪が晴れたわけでもない。人を殺したということは絶対的な事実なのだから、例え殺した者が生き返ったとしても人殺しに何ら変わりはない。
だから秋羽伊那も罪は重いことは事実。
しかし。
それらは過去に犯した過ち。故に後悔しようとも反省しようともやり直すことなど不可能な現実なのだ。ならば後ろを振り返らずに……とまでは言わないが、ちょくちょく後ろを振り返って罪の意識を忘れずに前へ進むことが一番の得策なはずだ。
過去を忘れてはいけないがそれに縛られるのもまた間違っている。
だから唯神天奈は飲んでいたお茶をテーブルに置いて、
「私は自分のしたことは忘れない。でも、テロリストにどういう事情があったにせよ、お母さんを殺したことは許さない。―――だけど殺してしまったことは悔やんでるよ。悔やんで、きちんと十字架を背負っていく。……だからとりあえず、今日も学校に行って生きてみるよ」
「そうかよ。まぁ正しい判断だろうな」
と、そこで暗い話を打ち切った。
窓に視線を移してみれば既に太陽が登ったことが分かる朝。今日も学生である彼らは学校へ登校しなければならない。
……しかしこの少年は少し違う。
いや、大きく違う。
「さて、じゃあ俺は体調悪いから欠席するわ」
「……サボりマスター夜来」
「何だその異名は。つかそんなサボってねぇだ―――」
しかしそこで彼女がやってきた甲高い合図がなった。
ピンポーン!! びくりと肩を跳ね上げた夜来は即座に自分の部屋へ逃げ込むためにリビングから飛び出そうとした。しかし不運なことに、扉を開けた瞬間、相変わらず寝癖ぼさぼさな秋羽伊那と鉢合わせしてしまった。
彼女は夜来の姿を視界に収めた瞬間に瞳を輝かせて彼に抱きついた。
「お兄ちゃんだ! 怖いお兄ちゃんだ! ねぇねぇ、今日も寝癖直して!」
(あああああああああああ!! このクソガキ声でけぇンだよぶっ殺すぞクソったれがあああああああああああああ!!)
しかし外には盛大に漏れていたようで、
「夜来!? 誰だ今の声は!! 誰かお前以外にいるのか!?」
何やら仰天したような大声が響いてきた。
そこで夜来は気づいたような声を上げて、
(そういえば……雪白の奴に唯神と秋羽の二人が住むようになったこと報告してなかったな。あー、でもわざわざ言うことか? いやまぁ、だがアイツ何か仰天してたし……クソ面倒くせぇが報告したほうがいいか)
「ああ分ーった分ーった今開けっからあんまうるさくすンな!!」
雪白を家に上げたりしたら強制的に学校へ連れて行かれることを知っていたからこそ居留守を使おうと思っていのだが、現状は大きく変化してしまった。
よって仕方なく玄関の扉を決心してから鍵を外して開いてみると、
「お、おお。一体どうしたんだ? なにやら中から聞いたことがあるような無いような子供の声が聞こえた気がしたのだが……」
「ああ、中入れよ。説明してやる」
怪訝そうな顔をしていた雪白に対して短く言い放った夜来。
リビングのもとへ向かっていく彼の後ろを雪白が追っていくと、何とそこには明らかにチョイスというか人というか、『なぜコイツが?』と思っても仕方がない二人の少女がいた。
目を見開いて仰天している雪白千蘭に、唯神天奈が声をかける。
「ああ、雪白さん。こんにちは」
「え、いや、え?」
さらに。
何と一度は雪白や七色夕那の魂を奪って殺害した少女までもが、小さな歩幅で歩き寄ってきて、
「あ、綺麗なお姉ちゃんだ! そ、その、この間はごめんなさい!!」
「え、いや、え?」
頭を下げてきた秋羽伊那に対しても、まったくもって同じ言葉しか漏らさない雪白千蘭。
RPGのキャラクターと大差ない反応しかしない彼女の様子から、現在発生している大まかな事態を察した唯神天奈が口を開いた。
「ああ、君はどうして私たちが夜来初三という男の家にいるのかどうかさっぱり分からない、という訳だね?」
「! そ、そうだ!! なぜ貴様らがここにいる!!」
我を取り戻した雪白の激昂するような声が上がった。
しかし唯神は取り乱している彼女に向けている冷静な表情を崩さずに、
「……家族だから」
「……は?」
「初三と家族だから。私たち」
「……………………はあ!?」
バッと、今度こそ夜来へ振り向いた雪白千蘭。その顔には明らかに混乱と困惑と言いようのない怒りの色が混じっていた。
「どういうことだ!! 説明しろ夜来!!」
さらに早足で彼のもとへ迫っていった雪白の威圧感はすさまじかった。壁まで追い込まれた夜来は『家族』という言葉に何らかの誤解があることを察知し、
「話を聞け!! テメェは絶対ェ勘違いしてる!! 俺とあの二人は『家族』だが別に夫婦でも親子でもねぇ!! 多分兄妹的なアレだ! アレ!!」
「妹キャラは世ノ華一人じゃ足りなかったということか!?」
「ちっげぇよ!! ただ、あれだ、家族だが恋愛的なもんだとかテメェが嫌う性的なモンはなんもねぇ!! そうだよなァオイ!!」
唯神に助けを求めたのだが、彼女は確信犯発覚の一言を告げる。
「修羅場……面白い」
「テメェぶっ殺すぞクソったれがああああああああああああ!!」
どうりで誤解を生むように『家族』と口にしたわけだ、と納得した夜来だったが、雪白の顔からは未だに怒りの表情が張り付いたままだ。しかも数々の地獄をくぐり抜けてきた夜来でさえ一歩後ずさるほどぼ剣幕が漂っている。
確か彼女は剣道をやっていた過去を持っていたはず。故にここまで武士のような殺気を放っているのかと理解はできたが、その殺気を行動源に変えられるのだけはまずい。
なので夜来が少しでも彼女の怒りを静めるために口を開こうとした瞬間、
「おい唯神天奈」
「なに?」
雪白千蘭は唯神の隣に状況を把握できずに首をかしげている秋羽伊那を視線だけで示して、
「そこの子供を連れて消えろ。男の家に居座るなど言語道断だ。身の危険がある」
「あれ? 君は初三のことを信頼していないの?」
「してるに決まっているだろう!! 私が夜来を信頼していないはずがない!!」
激昂した雪白千蘭は近くにあったテーブルをバン!! と叩き、
「私が言っている『身の危険』とは夜来のほうだ!! 貴様が夜来を襲いそうで不安だと言っているんだ!! それに貴様にだって家がないわけじゃないだろう!!」
「その提案に首肯することはできない。私たちはもう荷物を全てこの家に移している。今更そんな大がかりな作業は、登校時間を考慮した結果実行不可能。それに、私の場合は親戚だとかの付き合いもないため、保護者的立場の人間ともあまり仲がいいわけじゃない。だから今回の引越しに関しても問題はなかった。つまり、実質的な決定権は全て私にある」
「っく……!!」
確かに時計に視線を向けてみれば、いい加減学校へ向かわねば間に合わない時刻だった。夜来達は通学用の電車に乗らなければ学校へは到着できないので、そろそろ家を出なければ電車に乗り遅れて遅刻決定になってしまう。
何も言い返せなくなった雪白はイライラを我慢するように振り返り、夜来のもとへ近づいていき彼の手を取って、
「行くぞ。早くしなければ遅刻する」
「あ? いや、え、ちょ、俺そもそも着替えてねぇし、つーか俺ァ今日体調悪ぃから休む―――ぐあああああああああああああああっ!?」
ぎゅうううううううううううう!! と、夜来の手を握っていた雪白の握力が爆発的に増加する。その痛みに彼にしては情けない声が上がったのだが、雪白は一切気にすることなく、
「何か言ったか……?」
「な、何も言ってねぇよ俺学校大好きだからホント青春バンザイだよなぁ!」
どうやら今日も学校へ行かなくてはならないらしい現実に溜め息を吐いた夜来。その後ろでは唯神が彼のカバンと制服を準備していた。
それを不服そうに一瞥した雪白千蘭は鼻を鳴らす。
現在の状況をまったくもって何一つ理解していない秋羽伊那は、傾げていた首をさらに大きく傾けていた。そして手の痛みに顔をしかめていた夜来の傍へ近寄っていき、
「ねぇねぇお兄ちゃん。私も学校あるんだけど……早く帰ってきてね? 私鍵持ってないし」
「あ? そういやテメェ学校は? つーかそもそも歳いくつだ?」
秋羽伊那は外見的に見て小学六年生あたりか中学一年生あたり。しかし喋り方や甘え具合からして小学生……という可能性もある。
「私、小学五年生」
「はぁ!? めちゃくちゃガキンチョじゃねぇか!! テメェ今までどうやって一人暮らししてたんだよ!!」
「えーっと、死んじゃったお母さんの友達のおばさんが管理人やってるアパートに住まわせてもらってた。だからおばさんがよく面倒みてくれてた。でも、何か私のこと最近迷惑そうにしてたし、ここに引っ越したからもう会わないだろうけど……」
「引越しの手続きとかは? 誰がやったんだよ」
「翔縁お兄ちゃんがやってくれたっ。何か変な御札取り出しておばさん眠らせて、『あれれー? 前に引越し関係の書類全部渡しましたよねー? 僕ってば伊那ちゃんの家族だったりするんですけどー?』とか誤魔化しながら引越しの手続きやっちゃってた」
「犯罪じゃねぇかあのクソチャラ男……!!」
と、いろいろなこと(主に鉈内が『対怪物用戦闘術』を使って軽い犯罪を起こしていた事実)などを語り合っていると、さすがに時間がさし迫って来ていたことに気づいた夜来。急いで制服に着替えて未だに怒りのオーラが溢れ出ている雪白と、カバンを持ってくれて待機していた唯神天奈から荷物を受け取って学校へ向かっていった。秋羽伊那もランドセルを背負って途中までは一緒に登校していたが、分かれ道で離れることになる。
……当然、ムードメーカーな秋羽が消えた中で会話などできるはずもなく、終始無言の雪白と対立するように口を開くことのない唯神天奈に挟まれていた夜来初三はメンタルをごっそりと削られていた。




