黄昏に狂い咲く
「離せ。雪白」
夜来の言葉に刃向かうように、雪白は思い切り彼に抱きついた。たたらをふんで転びそうになるが、なんとか持ちこたえる。雪白は弱々しい声で呟いた。
「同じだ」
「何がだ」
「同じ顔で、笑っている。だから嫌だ」
雪白が思い出すのは、白銀の雪原の中、雪白の命を救い出して『エンジェル』の王の下へ飛び立っていった時の笑顔。戦いのために雪白と別れてしまったときの、子供のような笑顔のこと。
雪白は震える声で言った。
「また、いなくなる」
「……ならねえよ」
「お前は何かを隠している。私たちに」
「……」
夜来の沈黙は、雪白の勘の良さに対する警戒だった。雪白は、少しでもぼろを出せば全てを見通してくるのだろう。ならば黙りを決め込む方がいいと考えたのだ。
ばれてはならない。
この秘密だけは、絶対に。何があっても。夜来は決意を固めて、雪白を引き離す。
「落ち着け。少し離れるだけだ。また会える」
「嘘だ。会えない。お前は嘘をついている」
「俺を信じられねえのか」
「信じているさ。普段のお前なら。だけど、今のお前はそうじゃない。今のお前は何かを抱えていて、そのために、私たちに嘘をついている。私たちを守るために―――いつもの夜来初三らしく。誰かを救うんじゃなく、敵だけを淡々と排除するお前らしく。だから私たちにいらぬ心配をかけさせないし、助けも求めないし、孤独に戦う」
「……」
夜来は雪白を見つめていた。不安で一杯の赤い瞳に、自分はこれから一つだけ嘘を突き通す覚悟を決める。
夜来は行動を開始する。
「これだけ騒いでるのに唯神がいねえ。どっかに行ったらしいし、俺はあいつを探しに行く。じゃあな」
踏み出す。
階段を下りていく。すると、段を降りる度に背後から足音が響く。誰のものかは言うまでもない。
夜来は振り向かずに告げた。
「わかってくれよ、雪白」
「自分でも、ここまでわがままな女だとは思っていなかったさ。お前の気持ちを汲めず、私はだだをこねている。けど、ここで離れてしまったら、絶対にだめだと思うんだ」
「……」
一向に離れる気のない雪白に対して、夜来は七色と世ノ華に助けを求めようと振り向いた。そこで二人は困った顔をしていて、何だかんだ雪白を引きはがしてくれるのだろうと思っていた。
けれど。
まったく予想の出来なかった現実が、そこで笑っていた。
二人は地面に転がっている。きれいに体の向きが揃っていた。ただし、そこには夜来と雪白を見下ろす影が夕焼け空をバックに一つだけある。
仮面がそこにはあった。三日月型の目と口が彫り込まれているだけの笑顔の仮面。色はシンプルに真っ白で、その純白さはかえってどす黒い狂気を漂わせている。とてつもない長身で細身。その異常なスタイルの良さが、面とは対照的な真っ黒なスーツを通して主張されていた。
「誰だてめえ」
「元気があるねえ。私は人間のそういう所が好きだ」
笑顔の仮面は、音を鳴らす。
心臓を舐めてくるような音を。夜来の背筋に電流が走った。後ろに手を組んで佇むその仮面は、夜来に明確な恐怖の味を叩き込んだ。
「私の愛する人間よ。いや、君はもうこちら側の怪物に等しい存在だったね。ならば同士よ。さあ、挨拶に来てあげたよ。家族みたいなものじゃないか、気にすることはない」
いかれてやがる。殺気が、狂気が尋常じゃないほどに溢れ出ている。ここで冷静に息をしている自分を誉めてやれるほどに、目の前の仮面は絶対的な悪意の塊だったのだ。
夜来は悟った。
こいつは今までにない、全く別の次元の脅威だと。
「……もう一度聞く。何者だ」
「だから言っているじゃないか、家族だよ」
仮面は両腕を広げて、夜来を抱きしめるように、迎え入れるようにして、こう言った。この世のあらゆる残酷を、絶望を、悲劇を、恐怖を、狂気を生み出した親であるかのようにして、こう言った。
「黒神一族党首、黒神名無だ。君たち兄弟を含め、悪を宿す新人類の生みの親。いわばお父さんなのさ。さあ、優しく抱き締めておくれ、我が最高傑作の息子よ」
黒神名無という、過去最強最悪の強者を前にして、夜来初三は震えていた。その仮面の底から光る目玉が、愛おしそうに自分をロックオンしているのを見て。
逃げねばならない。
あの夜来初三が、初めから逃げる選択を取った。雪白の手を取る。しかし、足が動かない。
「安心していい。ここの二人は大した怪我はしていないよ」
無事ではあるらしい。しかし、七色と世ノ華を助けるにも、目の前にこいつがいる限り、階段を一歩たりとも上がれない。いいや、隙を見せるような真似も出来ないため、逃げることも出来ない。
殺される。
自分も、雪白も。夜来は蛇ににらまれた蛙の気持ちを、今ここで初めて知った。それだけ、黒神名無には夜来さえも超越する何かがあるということ。
「狂いに狂い、狂い果てた先に私の願いがある。愛すべき人間を一掃し、より愛すべき我が子らのための世界を作る。君の悪が本物の道を歩むのだというのなら、私の悪は狂気の道を歩むのさ。私の悪は君たちとは違う。私の悪とは私でさえもよくわからない狂気のこと。大好きな人間を殺して殺して、そうして得る悲しみや苦しみに快楽を得る悪のこと。そう、つまり君の中の絶対悪という存在は私のレプリカだと言ってもいい。私の狂気に最も近い存在たる君と君の絶対悪は自慢だよ。優秀に育ってくれた息子に愛おしさを感じない親がどこにいる。帰って子供の手足を食べながら仲良く話でもしようじゃないか、我が息子よ」
夜来は思った。
黒神名無は。こいつは。
この世に狂い咲いてしまった、人類にとっての最悪の災厄なのだと。
狂い咲く悪編 とりあえず簡潔です!
ということで、タイトルの狂い咲く悪とは黒神一族党首の黒神名無という最大最悪の敵のことでした。今回は、これまでの疑問や伏線回収と、本当の黒幕や主人公たちの過去との関係について、そして黒幕の親玉公開というわけです!
夜来くんが怖がって、逃げようとして、それもできずに佇むという、過去にない事態になりました。黒神名無の狂気の方が夜来くんを上回ったということですかね。
次章でどういう展開になるかは、これからの投稿にご期待ください。次章からはいよいよ黒神一族と白神一族との戦いに入っていきます! 新キャラももしかしたら……
(心残りなのは、サタンちゃんを出すタイミングがなかったこと)




