夜来の悪
「俺はお前らといられない」
夜来は去っていく鉈内の背中を見つめながら、七色たちに向けて告げた。反応が返ってくる前に、追い打ちをかけるようにして言い放った。
「俺は、抑えがきかなくなってきてる」
「どういう意味、ですか?」
世ノ華の目に不安の色が見えた。少しでもそれを取り除こうと、夜来はらしくない笑顔を浮かべた。苦味を隠すような、そんな笑顔。
「悪ってのは怨念だ。黒神一族によって俺はそいつを埋め込まれた。……あいつらの目的は人類の皆殺し。つまり、俺の中にある悪は奴らを制作者としている以上、奴らの思うとおりに動こうとする」
「……殺戮衝動」
ポツリと七色が言った。七色と雪白も、わずかに目を合わせている。
夜来は遠くに目をやって、続ける。
「俺は絶対悪になりつつある。昔、あの俺にそっくりの化け物が言ったとおりだ。俺はあいつだった。あいつになっちまう運命にある。悪を取り込めば取り込むほど、ますます俺の中にデカい殺戮衝動が走り抜ける」
「下手をすれば儂らも傷つける恐れがある、と」
「ああ。つーわけだ、俺と来れねえ理由が分かったろ」
それは雪白に向けての言葉だった。自分が彼のそばにいればいるほど、彼は心の中で戦うことになる。埋め込まれた殺戮者としての本能と。
彼を思いやれる彼女は、何も言えずに立ち尽くしていた。
「チャラ男たち白神一族と共闘出来ねえのもそこだ。俺は黒神一族によって作られた狂犬だぜ。白神一族を虐殺したい欲求が溢れ出てやがる。……終三が俺の体を完全に飲み込んだとき、チャラ男は首を締め上げられたそうだ。サタンから聞いた話によると」
「鉈内の『白神一族の血』に反応したってことですか」
「だろうな。俺も終三も、黒神一族のおもちゃだってことがよくわかったろ。俺はあんたらと動けねえ。だから―――」
夜来は笑った。
彼は軽く手を上げると、
「「またな」」
世ノ華は息をのんだ。そのたった一言が、しばらく会えないという挨拶に過ぎない一言が、どこかで聞き覚えのある声と重なったのだ。
ポツリと、漏れた。
「お兄、ちゃん……?」
幻覚を掴むように夜来に手を伸ばすも、彼は静かに首を横に振って、
「あのシスコンは俺の中にいる悪の一部になってる。悪が住み着いている俺に宿ったってことは、悪に取り込まれる運命も受け入れたんだろうよ。だから、おまえの前に二度と奴は現れねえ」
「……」
「けど、本気でお前を思っていたから、俺についたのかもな。俺をお前が兄と慕うのに、奴は何も言わなかった」
夜来は世ノ華の頭をポンと叩いて、七色に目を向ける。彼女は真っ直ぐに息子の瞳を見つめていた。
「サタンは主の膨大な悪に取り込まれていないのか」
「サタンの破壊の力は、全力の場合悪を凌駕する。あいつは今も悪に取り込まれることなくここにいるよ」
「サタンの魔力で主の悪を一掃できんのか」
「言ったろ。俺の体は既に悪に近づいているって。悪を消したら俺も消えるから、それは難しいそうだ」
「……」
悪と一体になった以上、夜来もまた悪なのだ。ただ、そこには本物の悪としての、人間だった頃の意識を残している。
ならば、彼の考えなど一目瞭然。
「言ったって聞かないからのう」
大きなため息を吐いた七色は、続けて、
「好きにせい。お主はお主なりに戦え。儂たちは白神一族と共に戦う」
「つぶす敵が一緒だからな…頼りにしてるぞ」
「不良息子が」
「……ああ。ぐうの音も出ねえ」
踵を返す。階段を下りていく。夜来は軽く手を振って、立ち去っていく。
「じゃあな。また会――」
だが、そこで袖が引っ張られた。
呆然としている顔のまま、無意識に彼を引き止めたのは、やはり雪白千蘭だった。




