黒神一族の狙い
「鉈内さんのご様子はいかがですか」
「……良好。今は両親と会うために準備中」
「なるほど。じゃあ、いよいよ邪魔になりそうですねえ。ここらで殺しちゃおうかな」
「そんなことさせない。それで、何の用。無駄話はいい。私は一刻も早く帰りたい」
「つれないなあ。唯神さん」
黒神フォリスと唯神天奈。彼らは七色寺から離れた所にある廃神社にいた。向かい合う二人の間に、決して穏やかな空気は流れていない。
唯神は生唾を飲み込む。命の危機を感じているのだ。
対して、フォリスは丁寧な笑みを浮かべる。
「とって食おうってんじゃないですよ。ご安心を」
「要件はなに」
「ご同行、ですかね。夜来初三を桜神雅が引きつけている間に、あなたを回収しなくてはならなかった。彼にあなたがいろいろと話しかねません」
「あなた達のことなんて、大して知らない」
「家族らの死を材料に、あなたを器として『悪』の創造実験を行うも反応は見られず。代わりに死神が宿るという偶然が発生。あなたに呪いについて、制御の仕方についてを我々は提供した。あなたは我々を恩人だと思い込んでいた。本当はあなたの死神の力を利用して白神一族の殲滅に当たろうと企んでいただけなのに」
フォリスは嘲笑を浮かべる。
唯神は興味のなさそうな態度を見せる。拒絶の反応にも見えた。
「我々のことを知っているあなたは、今ここで回収します」
「嘘。どうせ口封じで殺すくせに」
「ふむ。ばれていましたか。では、なぜあなたは安全地帯の七色寺からわざわざ離れて、私と会ってくれたんですか」
「皆が下手をすれば巻き込まれる。あなた達が強硬手段で突入することもありえた」
「誰にも気づかれず、ひっそりと死ににきたと。健気だ」
唯神は拳を握る。
表情はいつもの通りだった。
「覚悟は出来てる。やって」
「それでは」
フォリスは右手を手刀にして振り上げる。一歩だけ踏み込み、振り下ろす。夕焼け空の中に、絵の具が飛び散るようにして真っ赤な鮮血が飛び舞った。
「綺麗なものですね」
切断された。
綺麗な断面を残して。
振り下ろした、フォリスの腕の方が。
肩から綺麗に切断された事態に動じるどころか、フォリスはむしろ冷静にアセスメントする。彼がただの人間ではない証拠となる場面だ。フォリスは背中へ目をやった。背後に立っている、その男に。死を覚悟して目を瞑っていた唯神もまた、自分を救った男の正体に愕然とする。
「みっともないな、黒神フォリス」
洒落たハット帽を片手で被り直す。
パリにでもいそうなその男は、達観したようなクールな目をもって告げた。右手に握るのは、西洋のロングソード。『エンジェル』の『悪人祓い』こと、ザクロと呼ばれる一流の怪物退治専門家がそこにはいた。
「女相手に、随分と偉そうじゃないか」
「っ!?」
一閃。
白銀の光がフォリスの上半身を喰らう。血飛沫と一緒に空へ切り上げられたフォリス。舞い上がったその身体に、ザクロは強烈な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。境内をゴロゴロと転がり、大木に背中を打ちつける。
と、同時に。
投擲された剣は弾丸のようにフォリスの胸に突き刺さり、大木と身体をまとめて串刺しにされてしまった。
帽子を被り直し、
「行け」
「……え?」
唯神の疑問の声を一蹴する。
「黙って帰れ。そして仲間を頼れ。七色さんを、鉈内翔縁を」
ザクロは言った。
御札を新たに取り出すと、再び西洋剣を出現させる。唯神の困惑の視線を一瞥すると、ザクロは面倒くさそうにフォリスのもとへ歩き出した。
決断は早かった。
唯神は即座に境内から飛び出し、仲間の元へと駆け戻る。その遠ざかっていく背中を見届けたザクロは、立ち上がったフォリスと対峙する。
「『エンジェル』の崩壊後、姿が見えないと思っていましたが、まさかこんな所でお会いするとは」
「目的があってな。今は私用で動いている」
「元協力者たる我々に、何故刃向かうのですか」
「答える義理はない」
フォリスの目が細められた瞬間、白い力が牙を剥いた。右靴の底を地面にたたきつけると、ザクロに向かって白銀の大津波が食らいつく現象が発生。
対して、ザクロは御札五枚を宙に投げる。五枚は横一列に並ぶと、赤黒く異様に発光する。
「『クロノスの息吹』」
途端。
目前にまで迫ってきた白銀の津波は、ピタリと重力も時間も無視して静止する。
ザクロは横に一振り、剣を振るう。
ただし、一刀両断にされたのは五枚の並列した御札だった。御札と白い力がリンクしているのか、御札が破壊されると共に白い津波も粉々に砕け散る。
「さすがエリート悪人祓い。強いですね」
その呟きはザクロの頭上から響いた。
ザクロは被っていたハット帽を真上に投げる。フォリスの目前で最高点に達したのか、落下の前に一瞬だけ停止する。
そして、フォリスは見た。
ハット帽の中に、御札が張り付けられているのを。
下から呪文が響く。
「『絶対拘束ーーー神縄』」
ゼロ距離から、拘束用の呪力を帯びた神縄が出現。ハット帽から飛び出てくるその光景はまるでマジックだ。縄で完全に四肢を拘束されたフォリスを一瞥し、背中を向けてザクロは一言。
「殺せ」
「了解しました」
空中で身動きの取れないフォリスの背後から、強烈な一撃が炸裂する。赤黒い妖力をまとった拳が、フォリスの脇腹へめり込んでいる。
「伊吹、連……!?」
伏兵の存在に気づいていなかったフォリスは、とんでもないスピードで神社の社に激突する。わずかに訪れる静寂。半壊した社を眺めて、ザクロはようやく口を開いた。
「ところで貴様、さっきは唯神天奈を殺す気はなかったみたいだが、なにを企んで彼女をここへ呼び出した」
「戦力にしようかと、思いまして」
瓦礫を蹴り飛ばして、白髪の男が現れる。少しはダメージになったのだろう。口元からは血が出ている。
「過去に、彼女には『悪』を埋め込んだことがありましてね」
「例のテロ事件か」
「ええ。通常、『悪』の作成には百人ほどの命が必要なんですが、彼女にはそれ以上の数を使ったんですよ。そしたら失敗に終わったんです」
「なおのこと意味が分からない。失敗作になぜ用があった」
「彼女は失敗作じゃあない」
「……」
「むしろ成功者だ。栄養食みたいなものですよ」
「彼女からは特別強い力は感じないが」
フォリスは意地悪そうに笑う。
唯神天奈の存在価値を。
「彼女は決して『悪』を発現しない失敗作だった。しかし、取り込ませた死者の怨念は『悪』に至らないだけで、きちんと彼女の中で生き続けている」
「……まさか。ドーピングとして使う気か」
「そう。彼女一人を利用すれば、彼女の中にある何百という怨念の力を手っ取り早く取り込める。今は白神一族との戦争の真っ只中ですから、プリンセススター号襲撃テロ事件のように、大勢の人間を殺して『悪』を作り出すことは難しい。しかし、彼女を使えばもう一人、『悪』所有者を生産できる。夜来初三や白神一族に対抗するには、もう一人、『悪』所有者の戦力が欲しい」
「……」
「雅さんはダメでしたねえ。もっと素質のある、夜来初三や白神一族に敵意のある人を探さないと。あ、ザクロさんはどうですか。我々側につくというのは」
「お断りだ」
ザクロは落ちているハット帽を拾い上げ、汚れを払ってから被り直す。
「そうですか。じゃあ、やっぱりあの人かなあ。結局、唯神さんもあの人も確保できなかったし、仕方がない。今日はもう退散しますよ」
黒神フォリスは七色寺を襲撃した。
目的は唯神天奈と、もう一人。黒神一族に引き入れようとしている者があそこにはいたということ。
ザクロと伊吹の間を通り去るフォリス。境内から立ち去っていく彼に、ザクロは鋭い視線を送り続けていた。
「伊吹」
「はい」
「急ぐぞ。用を済まさねば」
「分かりました」
ザクロは部下を連れて廃神社を後にした。
黒と白の一族が、そろそろ本当に殺し合うのだろう。戦争前の嫌な匂いに、顔をしかめていた




