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善人と悪人の因縁

「黒神一族ってのは、かなりまとめて言えば、夜来も飼ってる『悪』っつー種類の怪物を使って人類皆殺しにしようって考えの一族だ。んで、白神一族は昔からこの黒神一族と対立して戦っている。お前らと味方だと考えていい」

「主、ちと待てい。儂は一つ詳しく聞かねばならんことがある」

 七色夕那は弟の円山をちらりと見やって、テーブルを人差し指でトンと叩く。

「半年。夜来はなぜ半年の命なのじゃ」

「黒神一族を根っこから潰すには、あいつは多分、黒神一族の扱う『悪』の全てを自分の身体に埋め込むだろうからだ。それで確かに黒神一族は落ちる」

「……あやつは先ほど、その黒神一族の刺客たる悪人と戦っておった。正々堂々、真正面から。すぐに『悪』とかいう怪物を奪えばいいものを。それをしなかったのは、奪えば奪うだけ身体が内側から壊れていく。容量オーバーを迎える。死ぬ。しかし、奪わずに殺すことができれば、『悪』を吸収する必要はなくなり、夜来の命も減ったりはしない。つまりじゃ、黒神一族とは単純に挑んでも返り討ちに遭うほどの強者ばかりで『悪』を身に宿す以外に勝ち目がないから、『悪』を奪う、ということじゃないのかのう」

「……まあ、そういうことだな」

 白神一族とかいう謎の組織の円山が、夜来の重要な部分を濁して説明したのは、彼を利用しようとしているからだろう。少しだけ、七色たちの目に力がこもる。円山は居心地悪そうに頭を搔いていた。

「次じゃ。主ら白神一族は、どういう組織なんじゃ」

「黒神一族と長年戦っている。あんたら悪人祓いが、怪物と戦ってきているのと同じように。こりゃまじだ。これ以上でも以下でもない」

「で、主はなぜぽっと家から出てぽっと今ここに姿を現した。確かに主は、白神という苗字じゃったわい。今でもしっかりと覚えている。が、主の名前にここまで妙な秘密があったとはな」

 七色と円山は、もともと、どちらも養子として寺で育てられていたそうだ。苗字が違うのはそういう理由があった。つまり夜来と鉈内のような関係であり、七色が彼らを育てているのも自分の過去と重ねていたからかもしれない。

 七色と円山の関係を既に説明されてあった一同は、閉口して彼の言葉を待っている。

「……鉈内翔縁」

 白神一族の一人たる白神円山は、一人の男に視線をやった。

 見つめられている鉈内は、まばたきを繰り返してから、

「僕が、何すか?」

 円山はじっと彼を見つめていた。そして、唐突に、鉈内翔縁という男の本来の正体を告げた。予兆はない。前触れはない。いきなり爆弾は起爆したのだ。



「いいや、白神翔縁。君を迎えにきた。これは、君のご両親、白神一族頭首たちからの指示だ」



 沈黙。

 静寂。

 そして、時計の針の進む音。

 まず最初に、長い静寂を破ったのは鉈内だった。

 鉛でも入っているように重い口を動かして、こう言った。特に大きな反応もせずに、淡々と。

「……どういう、意味っすか」

「お前は捨て子だ。両親とここ天山市にやってきたとき、捨てられた。間違いないな」

「ええ。そうです」

「お前の両親はお前を捨てたんじゃない。夕那姉ちゃんに世話をさせて、黒神一族との闘いから遠ざけたんだ。白神一族と黒神一族の争いがある時、急に激化した。お前の両親はお前を夕那姉ちゃん、つまり最強の悪人祓いの下に捨てることで、夕那姉ちゃんに保護させてお前の安全の確保をした。鉈内ってのは、仮の苗字だ。本当は白神なんだよ」

 鉈内は数秒、沈黙する。

 しかし、やがて形だけの笑みを作り、額に汗をかきながら言った。

「……待って。意味わかんない」

「ああ、唐突だ。分かっている。けどな、ここでもう一つ、お前に言っておかなくちゃならないことがある。お前だけじゃない。お前の友達や夕那姉ちゃんにもだ。けど、やっぱり、俺はお前に向かって言う。これは、この話は、お前と夜来の問題なんだからな」

「や、っくん?」

「鉈内。聞け。黒神一族と白神一族の戦いが激化した。もともと、黒神一族と白神一族は昔から仲が悪くて仕方のない関係だった。その話をしよう」

 円山は鉈内の目を捉えたままだった。

 嘘でも冗談でもない。これは、彼ら善人と悪人の真実を明かす話。

「鉈内。お前と夜来には、ある因縁がある」

 黒神一族は呪禁道に通じていた。日本に中国から導入された呪術には、呪禁道、陰陽道、修験道とあり、メジャーなものは安倍晴明を代表とする陰陽道である。しかし、呪禁道とは陰陽道以前に盛んだった呪術で、その信仰を黒神一族は守り通してきたのだ。

 また、白神一族も呪禁道を信仰していた。しかし、黒神一族ほど狂気的な信仰心は持っていないため、これが黒神一族との摩擦を引き起こす要因となった。黒神一族は白神一族に、ある呪術の実行の手伝いを頼みにいく。しかし、その呪術とは最悪の呪術と考えられていた中国発祥の呪術―――『蟲毒』という呪術であった。これは簡単にまとめれば、百匹の虫を集めて食い争わせ、最後に生き残った虫を神として扱い、その死んでいった九十九匹の怨念の力を宿した虫を利用して相手を殺すものだ。これだけならば、わざわざ白神一族に助けを求める必要もない。虫を探せばいいだけの話だ。いや、たとえ手伝いを頼まれても、虫探しくらいならば白神一族も断る理由はないかもしれない。

 しかし、黒神一族は常軌を逸していた。

 彼らは、この『蟲毒』の虫を人間に代えて行おうとしていたのだ。そのために、白神一族からも何人か生贄を分けてくれと頼んだのだ。

 白神一族は黒神一族の頼みを断り、これがきっかけで、両一族の仲は悪くなっていく。

 そういう昔話があったのだ。

「だが、黒神一族はこの現代において、ついにこの人間で行う『蟲毒』を実行に移した。奴らは既に怪物とは精通していて、一族の中には悪人もいたそうだ。その中の悪人の一人、こいつを黒神アルフェレンって言うんだが、この男はあるガキの兄弟を一時的にさらって黒神一族本家に持って来た。んで、このガキらの意識を奪ったまま、九十九人の黒神一族の人間を眠っている兄弟の周りで殺し合わせて、死んでった奴らの怨念を全て兄弟に注ぎ込んだらしい。兄弟は眠らされている間に、いつの間にか最悪の呪術の実験台にされていたわけだ。……なぜ一般人の子供を使ったのかは、分かっていない。黒神一族の人間がやればいいのにな。謎だ」

「……その、兄弟っていうのは」

「―――夜来初三と夜来終三。これがきっかけで、あいつらは怨念を背負いやすい身体にされた。怨念、つまりはケガレ、これは怪物の多重憑依を可能とするものになる。同時に、周りの人間の狂気や怒りなんかも引き付けやすくなるな」

「……やっくんたちが親に虐待を受けたのも」

「ああ。狂気を引き付けやすくなったのかもしれん。両親はどっちも精神病だったんだろう? なら、その病の矛先に狙われやすくなるのは想像に難くない」

 鉈内は拳を握りしめる。

 なぜか、あの気に食わない男のために、怒りを覚えているようだった。

「ただ、ここで呪術の結果に異変があった。黒神一族は夜来兄弟を長年陰で観察してきたが、どうやら夜来終三だけは背負わされた九十九人の怨念が一つの怪物になりかけたみてえだ」

「っ」

 息を飲んだのは、鉈内だけではあるまい。

 この場の全員が、円山の話で内容をつかみ取っていた。

「その九十九人の死の怨念、それは全く新しい怪物の創造に至った。夜来終三はこれが本格的に怪物になって身体を乗っ取る前に両親の手で殺されたみたいだが、黒神一族にとっては、新しい強大な怪物の創造ができる呪術の結果に大満足だった。奴らはこれを利用して人類の滅亡を目指すようになる。が、しかし、大変なことが起きちまった。死んだ夜来終三が夜来初三に憑いて、『蟲毒』によって九十九人の怨念を注入された二つの存在が合体しちまった。その結果、夜来終三の中で具体的に完成はしていなかった怨念の塊と、夜来初三の怨念の塊が合わさっちまった結果、夜来初三そっくりの容姿をした最初の『まったく新しい怪物』の完全体が夜来初三の体内で完成する。あの怪物が夜来初三にそっくりなのは、夜来初三の身体で実際には生まれたからだろうな。案の条、夜来初三の身体はだんだんと人間の枠を超えて行く。上岡真のような、多くの怪物を宿せる身体が出来ちまったわけだ」

「その黒神一族の生み出したまったく新しい怪物こそが、『クロス』」

「そういうわけだ。これが黒神一族と夜来初三の話。『悪』っつーのは、たくさんの人間の死で作られた黒神一族による呪術の作品。これを幼少の頃から埋め込まれてきた夜来は、こいつを奪うことができる身体を持つ。夜来の身体は幼少の頃から『悪』が入っていたおかげで、非常に『悪』が入りやすい身体になっているだろうぜ。で、鉈内くん。俺たち白神一族は君と深い関わりを持つ」

 円山は鉈内に笑った。

 どこか憐れむような、不思議な笑みだった。鉈内の境遇を痛々しく思っているような。

「お前さんは、そんな黒神一族と敵対する白神一族の血を引いている。白神一族もまた、呪術信仰のある一族だったとは言ったな。つまり、白神一族も黒神一族に対抗するための呪術作品を創り上げたんだ」

 円山は一枚の赤い札を差し出した。テーブルの上に置かれたそれは、悪人祓いのよく使う御札で、鉈内が武器を召喚する際によく用いるものと似ていた。 

「黒神一族の手で、白神一族はもう何十、何百年も苦しまれてきた。おかげで死人もたくさん出たよ。けどな、俺たち白神一族もやられっぱなしとはいかない。だから、これを君に渡しに来た」

 円山が指を鳴らすと、テーブルに置いてあった札がじわじわと淡く発光する。そして、鉈内の武器召喚と同じく、一本の日本刀が現れていた。純白の輝きを放つ長い刀身には、赤い一本線が右側面にも左側面にも流れている。

「この刀は、生きている。黒神一族が死の怨念を用いるなら、俺たちはそんな黒神一族にやられていった奴らの怨念からこの刀を創った。ただの刀じゃない。こいつは『悪』を斬ることに特化した刀だ。一斬必殺だ。必ず切れる。どれだけ相手が協力な『悪』を使っていようと、必ずこの刀は『悪』をたたっ斬れる。そういう刀だ。奴らは何十人かの怨念を利用するのに対し、この刀には今までに殺されてきた白神一族の人間の『黒神一族に対する怨念』が何百、何千と宿っている。怨念の数、『悪』の量でこっちが上だ」

「……これを使って、僕は戦えと」

「俺は無理強いはしない。一緒に来るのが嫌なら、俺はお前を見なかったことにしてやる。お前さんの親が、急にお前を呼び戻した。まあ、多分、戦えってことだろうな。その刀も、お前が武芸に達者なことから作った特注品だ。お前のための武器。そりゃまあ、そういうことをお前さんの両親はお前に頼むだろうね」

「行きます」

「え」

 驚いた円山を他所に、鉈内は言った。

 さも当然のように、彼は言った。悪を斬るための刀を持って立ち上がった。そして、円山を見下ろして、即答の理由を告げる。親とか、一族とか、そういうことはまったく抜きにして告げる。

「人を殺そうとする悪党を止める。それって普通じゃないっすか?」

「殺し合いだぞ」

「ええ」

「死ぬかもしれんぞ」

「ええ」

「……赤の他人を助けるのに、お前は未だかつて戦ったことのない敵を前にするんだぞ。勝てるかどうか、分からないぞ」

「勝てる勝てないはどうでもいいっす。僕はただ、困っている人がいるなら助けざるを得ない」

「本気か」

「僕はね、人を助けないで生きて幸せになるくらいなら、人を助けようとして死んで終わりたいですね」

 満面の笑顔で、鉈内翔縁はそう言い切った。

 対して、円山は大きな溜息を落とした。頭を抱えて、思わず言葉をこぼす。

「いかれてやがる」

 ああ。

 本当に、鉈内翔縁は正義の狂気的なまでの体現者だ。


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