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夜来終三と絶対悪

「ッタく。テメエ、俺をこき使イすぎなンだよ」

「……」

 絶対悪の怪物は、真っ白な荒野の中で夜空の月を眺めている長い白髪の少年の背中に言い放つ。全てが白く、汚れなど一つも存在しないこの世界だが、その少年の美しい白さには遠く及ばない。振り返ったその顔は異常なほど真っ白で整っていて、また赤い血のような瞳は人間離れした神秘さを振りまいていた。純粋な人間的な美しさではなく、造形美というか、とにかく神様が作った彫刻品のような容姿をしていた。

 彼はかすかに笑って、こう言い返した。

「でも、もう、君と僕の出番もなかなかないだろう。僕も君も、もう、兄さんには大して役に立てない。兄さんは力を手に入れた」

「人間とシての存在を代償に、ナ」

「そうせざるを得なかった。兄さんに恨まれてもいい。それでも、僕は兄さんの命を助ける。ただ、それだけのためにここにいた」

「まったくダ。おカげで俺様までとばっチりだ」

「仕方ないね。僕と君の関係性から」

 夜来終三。

 そのはかない雪のような美少年は、怪物の傍に近寄っていく。白い大地を裸足で踏みしめて、絶対悪の迫力に気おされることもなく。長い白髪を鬱陶しそうに手ではらって、彼は目の前に立つ白い狂気と向き合った。

「黒神一族は、僕の兄さんが必ず滅ぼす。君ら『悪』という存在をどれだけ敵にしてもね。だから、君たち異質な怪物たちは、淘汰される運命にある」

「予定説ッテか。宗教臭いネ。俺は確かに『悪』の中でもすば抜ケた王だ。けどナ、俺らを甘く見るなヨ。俺以外にもイかれた『悪』はごロごロと転がってイる」

「簡単にはいかないだろう。けれど、兄さんは勝つよ」

「数多の『悪』を相手にシテか。勝ち目はネェと思うがな。黒神一族を甘く見すギだ」

「兄さんは君たち『悪』よりも、ずっと強いからね」

「どこがダ。あンな腑抜けの」

 夜来終三は笑って言った。自信を持って、自慢をするようにして。

「本物だから。兄さんは、本物の悪人だから」

「……弟一人守れネえ、アイツが?」

「確かに僕は死んだ。兄さんは僕を必死になって守ってくれて、あの狂気の日常から常に助けてくれていた。そのせいで、兄さんはいつしか悪い考えでしか自分も僕も守れなくなっていって、悪い方法で生きていくことしか分からなくなった。けどね、兄さんは、お父さんとお母さんの狂気のせいで悪い人になったんじゃないんだ」

「ア? じゃあ、何だヨ」

「僕の、弱さ」

 終三は自分の開いた右手に視線を落とした。その白く細い、もろそうな手を、幾度と兄は引っ張ってくれた。自分の身を犠牲にして、そうして悪い色に染まっていって。そういうやり方でしか終三を狂気から遠ざけられなかったが、それでも終三を両親の狂気から遠ざけてくれたのは事実なのだ。

 きっと、夜来初三の生き方は、あの生き方以外になかったのだ。ああいう生き方でしか、弟も自分も救えなかったのだ。それくらいの不幸が、彼を陥れていたのだ。

 だから、全てを兄の負担にしてしまっていた自分の非力さ。助けられなかった弱さ。これが最も、悔やむべき過去であるはずなのだ。

「兄さんは僕のために悪に染まった。悪人になった」

「……」

「だから、今度は僕が兄さんのために悪にでも闇にでも落ちる番だ。僕は兄さんが死ぬその時まで、ここで兄さんを助けるよ」

「……ソぉかヨ」

 怪物は馬鹿にはしなかった。破壊と殺戮を旨とする絶対悪の化身は、白い大地に寝転がって夜空を見上げる。

「本物の悪、ネぇ。本物って、なンだよッー話だわ」

「難しく考えすぎなんだよ。僕は昔から分かっていた。兄さんが本物で、本物っていうのは兄さんの生き方そのものを指す。あれが本物の悪だよ」

「……意味が分からネェ。具体的にイエ」

 夜来終三は苦笑して、言った。一切の迷いも混乱もない、それが真実だということを理解しきっている様子で。



「大切な人のためなら、何もかもを躊躇わない。敵を殺して十字架を背負う。自己犠牲だってやってみせる。そうやって、どんどん自分から苦しみの淵に入っていって、大切な人たちを守るために悪になる勇気を持っている。自分から地獄に堕ちる、絶望に浸っていく度胸を持っている。そして、それらの苦難を乗り越える精神の強さを持っている。そんな、うちの兄さんこそが、本物の悪っていう考えの模範なんだよ」



 全てを殺戮することで君臨する、そうして存在することを旨とする絶対悪の化身は、眉を潜めていた。それは、今の話を本物だとすることに納得できないのと同時に、それはもはや悪という定義から外れると考えたからだ。

 それでは、まるで、あの少年のようではないか。

「大切なモノを守るタめに、その身を好ンで茨の道に投げ入レる」

「そういう風に、まとめられるかもね」

「それジャあ、マルで―――鉈内翔縁そノものジゃねェかよ」

「あはは」

 終三は肩を震わせて楽しそうに笑った。自分もそうだと思っていた、そう言わんばかりの顔で。

「善と悪は表裏一体だ。視点を変えれば善きものに、悪しきものに変化する」

「……」

「だから、僕はね、うちの兄さんと鉈内さんは、双子みたいにそっくりだと思っているよ。僕より、鉈内さんの方が本当の兄弟に見える」

「視点を変えレば、か」

「うん。鉈内さんも、兄さんも、ほとんど一緒。あの二人は、異常なくらい大切な人たちを守るのに徹していて、異常なくらい自己犠牲を躊躇わない。兄さんも異常だ。あれだけ人のためにどす黒い道を歩き続けるだなんて、正気の沙汰じゃないよ。殺して殺して殺しまくって、返り血を浴びて、そうして十字架を背負い続けて仲間を異常なくらい守る。鉈内さんは、もしかしたら、兄さん以上の異常かもしれない。仲間のために簡単に命をかけて、死に物狂いで戦って、殺し合うのに敵の命を奪おうとは絶対にしない。敵も救おうとする、あの気持ち悪いくらいの良心、もはや善悪の概念を超越しているよ。鉈内さんは、万人を救う神様に近い」

「確かにナ。あの男が、一番オカしイとは俺も前々から思ってイた」

「兄さんも、鉈内さんも、等しく狂っているよ。けどね、その狂いは明らかに本物だと言える。善と悪を完璧に模範したような生き方を、鉈内翔縁と夜来初三は徹底的に狂気的に演じていると言ってもいい」

「……そンな本物を前に、黒神一族は敗レル、と」

「そういうこと」

 夜来終三は夜空を見上げる。

 彼の美しい赤い瞳は、月光のもとで不思議に輝き続けていた。

 

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