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怪物を超えた怪物

本当に久々ですが、何とか生きてます。多忙で執筆できず、申し訳ない。

「クソ悪魔が。天使様に牙ァ剥くとかありえねェだろ。悪は正義にゃ勝てねェんだからよ」

 口の中に溜まっている血の塊を吐き出して、桜神雅は眉間にしわを寄せた。緑に溢れた森の中まで吹っ飛ばされたようで、辺りには天狗でも潜んでいそうな自然の世界が広がっている。視線を上へ向けると、晴天を背にした邪悪な悪魔がサタンの翼を生やしてこちらを見下ろしている。

「何が正義だ。お前ら天使の方が悪魔よりも人を殺した数は大きいとも一説にあるだろうが」

「神話っつーのは、善悪の区別が霧だ。悪魔は悪で、天使は正義。そこに具体的な説明もいらねェんだよ。テメェら悪魔っつーのは、単純に害悪でゴミくずなんだよ」

 ミカエルを宿す雅は、正義とは思えない歪んだ笑みを咲かせた。それを見下ろすサタンの依り代である青年は、馬鹿を相手にするのに疲れているような調子で言った。

「昔聞いた話だが、俺の相棒はお前の相棒に、その昔、とんでもなくひどい目に遭ったらしい。その時に育ての親も、友人も、みんな死んじまったらしいぜ」

「そりゃそォだろうな。ミカエルにぼこぼこにされて、サタンは地獄に堕ちたんだからよ。……で? まさか、テメェの相棒の恨みでも晴らそうってかァ?」

「そうじゃない。俺が言いたいのは―――」

 気づけば、その黒い姿が消失していた。視界のどこにも奴はいない。ただし、ぶわっと冷や汗が背中から溢れてきたことに気づいた雅は、咄嗟に背後を振り向いた。

 と、同時に冷たい声が響く。

「―――ぼこぼこに蹂躙されて、親もダチも殺されたってのに、くわえて害悪でゴミくずな存在だと?」

「っ」

 冷たい無情な目が、天使を突き刺す。過去の嗜虐性に溢れていた頃の、ただの狂犬だった頃の夜来初三とはけた違いの圧力がただの狂犬に過ぎない雅を舐めまわす。

「お前さあ、どんだけ俺に喧嘩売ってんだよ、って言いたかったんだよねえ」

「はは。喧嘩? 違うなァ。これは俺の一方的な復讐だ。テメエは黙って散っとけってんだよォ!」

 左手に凝縮させた天使の魔力を拡散させた。広大な範囲に白銀の閃光は広がり、山の斜面そのものを切り崩す。

「……あ?」

 はずだった。

 今のは手加減などしていない。遊んでなどいない。そもそも、実力が拮抗しているのだから、遊んでいる余裕などない。

「へえ、さすが。この程度じゃ歯が立たねェのかよ」

 夜来は平然とそこに立っていた。退屈そうな目で、雅を憐れんでいるようにも見える目で。

 無傷の夜来初三に笑みを作り上げ、相変わらず表情一つで狂気をまき散らす雅。対して、昔ほどの狂気を失い常に冷静さを維持している夜来は無表情のまま告げた。

「半年だ」

「あァ? 何がだよ」

「……」

「なんだァ、頭でもトンじまったのかよカス。おしゃべりよりもさっさと決着を―――」

 メリッ、と。

 夜来の右手が、何かを握りすようなし仕草をした瞬間、雅の心臓のあたりから妙な音が咲いた。苦悶の表情を浮かべる雅。彼は喘息を起こしたように過呼吸気味になっていき、膝をついて肩を上下させている。

 意味の分からない事態に、雅は苦痛の中で混乱していた。

 対して、夜来は薄く笑った。

「悪いが、クロスを使っている時点でテメエは俺にゃ勝てねえよ」

「っ、っは……!?」

「けど、俺がこれを使わなきゃ勝てねえくらいの相手ではあった。お前は強い、素直に認めるぞ」

「な、……っ、に……ぉ……っ!?」

「俺はあの時、死んだ。アルスの野郎と決着をつけて、不死鳥とバカでかい城を片づけたときに。本来、俺はこの世にいるはずのない身だ。それを似た者同士だったあのシスコンのウロボロスが救ってくれた、とかお前は考えてんだろ。そりゃ間違いだ」

 ズルリッ、と雅の胸の中から何かが取り抜かれていく感覚が走る。目を見開いて体験したことのない違和感に身体を震わせている天使は、もはや戦闘の意思を失っていた。

「いいか、俺は確かに死んだ。その後、ウロボロスが俺についた。俺の心臓はアルスの奴に抜き取られて踏みつぶされた。その後、俺の中にいた終三の奴が心臓を共有することで俺は生を手に入れた。アルスを倒したときの俺は、俺じゃなくて終三だったってわけだな。んでもって、その次に俺は不死鳥を片づけてまた死んじまった。つまり終三の心臓も消し飛んだ。その後に、ウロボロスは俺についた。いいや、正確には俺が吸収したんだ」

「っ!」

 何かに気づいた雅は、声を絞るようにして言った。驚愕の目を突き刺しながら。

「て、っ……めェ……!! ま、さっ……かァ……っ」

「そんな目で見んなよ。俺まであのクソ野郎と同じになるとは思ってなかったんだ。けど、まあ才能が開花したってことだろうよ」

 フッと雅は全身の力を消失する。

 胸の中から何かが抜き取られたと同時に、彼は地面へ倒れ伏した。彼の狂気的な白い肌や禍々しい瞳、さらには『ミカエルの呪い』を表す『ミカエルの皮膚』までもが消失している。謎の現象を体験した雅は、すっかり弱った目をもって、歩み寄って見下ろしてくる悪魔を睨みつける。

 かすかに口角を吊り上げて、彼は言った。

「……上司も上司なら、テメエもテメエだなァ」

「まったくだ。経緯は違えど、まさかあのクソ上司と同類になるとは。困ったもんだよ」

 夜来は魔力で剣を生み出し、その剣先を雅の背中へ躊躇いもなくあっさりと突き刺した。そして、かすかに笑っている雅の最後の一言を聞いた。



「―――上岡を超えたな、この怪物が」



 突き刺している剣を通して、サタンの魔力を流し込む。一瞬で雅は内側からはじけ飛び、肉片すらも残さずに抹消されてしまった。残された夜来は自虐的に笑っている。あれほどまでの怪物であった桜神雅を、こうもあっさりと殺してしまった自分に対して。また、それは雅の最後の台詞に対する肯定の表情のようでもあった。

「本当、怪物になっちまったなあ、俺」

 夜来は寂しそうな笑顔を浮かべたまま、振り向いた。そこには、真っ白な少女が立っていた。神秘的な森の中もあって、まるで彼女は妖精のようである。

 表情を無にしたままの彼女に、夜来は言った。

 申し訳なさそうに笑って、

「悪い。やっぱり、約束、破っちまったよ」

 小指を見つめて、人間だったときの、悪人だったときの自分が交わした約束を思い返した。もはや上岡と同じ『怪物人間』として存在している彼にとって、その約束は破ったも同然であった。なぜなら、彼はもはや人間ではない。心臓も動いていない。人間として機能すべき器官は働いていない。そんなものは人間に必要というだけで、怪物を喰らう怪物の彼にとっては無意味だからである。

 彼は、彼女の知らないところでとてつもない変貌を遂げていた。

 そして、そんな怪物と化した彼だからこそ、やらねばならないことがある。

  


 


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