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再会

 さて、どうやら七色夕那の弟である白神円山(どうして苗字が異なるのかは分かっていないが)は、鉈内たちをズタボロにし、夜来初三の『怪異を宿す素質を持つ肉体』を欲し行動する謎の黒神一族について、いろいろなことを熟知しているらしい。こんな機会を逃す手はない。七色たちは円山の快活そうな笑顔を見つめて、本当に危険な相手ではないと肌で感じ取った。彼のあとについて七色寺の中まで向かおうと歩き出す。

 だが。

 妙な寒気が、恐らくは円山も含めて走り抜けただろう。それは実際に気温が下がるような、とんでもない殺気だった。いや、ただ一人、寒気ではなく武者震いを覚えている者が一人いた。

「ミカエルくーん。しつこいねえ、お前も」

 夜来初三がニタリと笑って、この境内へ続く長い階段を上がってきた白い影に言い放つ。

「サタンくん。そいつはお互いさまだろォが。黄泉の国から息を吹き返したくせによォ」

「俺はお前を地球の胃袋に押し込んでバーベキューにしてやったんだ。しつこさで言えばお互いさまかもな」

 円山に担がれている鉈内は仰天した。夜来初三のあれだけの攻撃を喰らっておいて、まさか完全に傷一つない状態でここに奴が来るとは思わなかったのだ。

 円山は顔を青ざめている鉈内を見て、息を一つ吐くと、夜来初三の背中に向けて言った。

「おい夜来。お前について、お前の弟について、それから黒神一族について、全部全部俺が説明しておいてやる。だからお前さんは、その堕天使を連れてどこかへ飛んでってくれや」

「おいおい、俺はお前の舎弟かよ。面倒くさいな」

 しかし、台詞とは裏腹に夜来はどこか嬉しそうに笑った。

 笑って、ズオッ!! と右肩のあたりから土色の片翼を噴射するように生やす。それは一直線に桜神雅の胴体を貫き、串刺しにした状態で翼を真上に振り上げて地面は叩き下ろす。

 とんでもない地揺れが炸裂し、辺りの林は激しく左右に揺れていた。世ノ華にいたっては、バランスが保てずにしりもちをついている。

 一瞬、そのあまりの攻撃の速さと威力に瞬殺したかと鉈内や世ノ華は思った。しかし、白煙がまう破壊地点からは、まるで夜来の攻撃の真似をするかのように、白い翼を使った刺突が繰り出された。煙を薙ぎ払って弾丸のように夜来に迫ったその一撃だが、それは悪の王の前では通じない。パチンと夜来が指を鳴らすと、今度は右肩からサタンの魔力を纏った黒翼が飛び出して、その攻撃をはじき返した。

 ウロボロスとサタンの翼を生やした夜来に対して、真っ白な翼を携えた異常なほど白い容姿をした怪物は口を引き裂いて笑う。

「ぶっ殺してやる。なあ、前回は俺が殺されてやった。今度はテメエがぶっ殺されろ」

「はっ。本当、分からねえ野郎だなあ。俺に勝てる道理がお前にはねえ。ねえ君、脳みそ入ってる? 案外、その頭勝ち割ってみたら―――」

 夜来の纏う空気が一変した。

 嗜虐的な笑顔も消えて、基本的にポケットに突っ込んでいた両手も外へ出す。鉈内は察した。やはり、あいつは以前の欠点を埋めて成長している。口調、雰囲気、態度だけではない。一切の油断を消すから邪悪な笑顔は消えて、腕をフリーにしたのだ。

 おそらく、あれが夜来初三という化け物が本気を出す前兆なのだ。あの恐ろしい笑顔がはがれた時、奴は一切の遊び心も嗜虐心も油断も捨て去り、本質的な意味での殺人鬼となる。

 ああ、だからなのだろうか。

 サタンの魔力を全力で引き出し、一瞬で全身をサタン化状態にした夜来初三。その刃物のような銀髪と赤い瞳に黒い眼球、全身にまわった紋様、本当に本気を出した時の彼の姿。

 その変化に、雅もその他の者も気づけなかった。まばたきをして見れば、夜来は雅の顎の下に潜り込んでいて、右手の掌を相手の白い鼻先の前に添えていた。

「―――脳みそ、入ってねえ証明になるんじゃないか?」

「っ!?」

 反応が遅れた雅。遅かった。油断していた天使に対して、油断を捨てた悪魔は上をいっていた。その右手の掌から、漆黒の波が竜巻のように渦を描きながら解き放たれた。あらゆる存在を破壊する魔力の波に飲み込まれた彼の運命は、普通に考えれば死のみ。

 しかし、ミカエルの魔力をサタンの魔力が効かない設定し、身に纏った彼は上空に吹き飛ばされるだけで済んだ。咄嗟に反撃をしようと、地上にいる夜来に視線を落とす。が、消えた。一瞬だけ黒い人影が七色寺の境内にあったが、気づけばそれは自分の目と鼻の先にあった。

 闇の中で輝く赤い瞳。

 久々に感じた悪魔独特の恐ろしい風貌に、雅は息を飲む。対して、夜来は引いていた右拳を石のように固めて、

「必殺―――アイ・ラブ・バイオレンス。なんつってなあッ!!」

 そのストレートパンチは、あまりにも殺すことに特化した一撃だった。鼻先に叩き込まれたその拳は、直撃する寸前まではただの拳。しかし、肌に接触したと同時に、雅の纏っている魔力を打ち消すために、サタンの魔力ではなく『悪』の白い力を拳全体から放出する。発射された光線と共に拳はふり抜かれ、対サタンの魔力用に調整していた魔力を纏う雅は街とは正反対の、山が連なっている方向へ吹っ飛んでいった。






 ほぼ完全なサタン化状態だった夜来は、すぐにそれを解除する。ゆっくりと翼を使って降りてきた彼に向って、円山が口笛を吹いた。

「考えるねえ。『サタンの呪い』瞬間的全力開放ってか。確かにそれなら、本当に一瞬で相手を無力化できるなら、あまり呪いの侵食も進まない。短期決着時のみの使用になるんだろうが」

「……まあ、初めて一発いいのが当たったが、まだ生きてるだろうよ。俺は奴を叩きに行く。お前がどうして俺についてを知っているかは知らねえが、そいつらに対するあらかたの説明は任せるぞ」

「ああ、了解」

 夜来は七色と世ノ華のもとへ近づいていき、

「後のことは頼む。きちんと帰ってくるから、それまで待っててくれ」

「ああ。分かっておるわ。なんせ、ここには雪白や唯神もいるんじゃからのう。お主が帰ってこない理由がない」

 そこで、妙な間が出来あがる。

「……あ、ああ」

 なんだか曖昧にうなずいた夜来に、七色と世ノ華が眉を潜めた。 

「ん? お主、あの二人には会いたくないのか。速水も呼べば、秋羽を連れてくるぞ」 

「ま、まああれだ。別にいいじゃん。とりあえず俺は格好良く戦いに行くから、じゃ、あいつらによろしく」

 悪魔の翼を生やし、空に向かって逃げようとする夜来の背中に、世ノ華が言った。

「もしかして兄様、お恥ずかしいのですか」

「っ!?」

 ビクン、と悪魔の肩が跳ねた。

「はあ? どういうじゃ、それは」

「いえ、だって七色さん。考えてみてください。死んだと思われていた兄様は、確かイギリスの雪原の上で雪白を置いて『天空の城』へ向かいました。その際に告白のようなものをしたから、ほら、あの白髪女ってば、鬱になって頭のねじ吹っ飛んだじゃないですか」

「まあ、そうじゃが。ねじ吹っ飛んだって……」

「つまり、あれですよあれ。告白して、相思相愛になったけど、告白以来顔を見せていないから、とんでもなく恥ずかしいんです」

「あー、はいはい。なるほどのう」

 ポンと手を打って、七色はニヤニヤしながら夜来の背中に声をかける。

「異論はあるかのう、純情息子」

「緊張感のねえ奴らだな!! 今、絶賛殺し合いの最中なんですけど!? っつーわけで、俺はあのアホ天使ぶっ飛ばすのに忙しいので、それじゃあ」

「まあ待て。彼女の顔くらい見てから行ったらどうじゃ。ちょっと呼んできてやろう」

「出たよ!! 無駄に子供の色恋沙汰に首突っ込んでくる親!! あー嫌だ嫌だ、勝手に勘違いして盛り上がって、これだから女はアホなんだ」

「まあ待て。というのは冗談じゃ」

 おそらくは赤面しているのだろう夜来に苦笑し、七色は一枚の札を懐から取り出した。それを夜来の右手に持たせて言った。

「これを使え」

「……なんだよこりゃ。別に勝算がねえわけじゃねえ。俺は勝つぞ」

「お主が負けるとは思っていない。じゃが、ちょっとした試作品じゃ。もしも危なくなったら、そいつをその場で使え。その場で落として、一言、『参れ、夜叉夢』と唱えろ。きっとお主の役に立つはずじゃ」

夜叉夢やしゃゆめ……? 式神の類か、まさか」

「そうじゃ。かなり強力な怪物じゃが、儂が長年飼いならしてきた魔物。少々扱いずらいかもじゃが、こと戦闘にかけては儂が知る限り右に出る者はいない。お主たち、悪魔の長と天使の長、高次元の戦いにもついていけることじゃろう」

「こんなもんをあんた持っていたのか。もっと早くに欲しかったもんだ」

「残念じゃが、無理だな。式神は飼い主を選ぶ。気に入られなかったら、即、殺しにかかってくるぞ」

「ふざけんな。あやうく二対一になるとこだったぞ」

 思わず御札を返そうとした夜来だが、その手を七色は押しとどめた。

「今の主なら、認めてもらえるだろう。儂はそう判断した。それに、何度も言うが、危険になったときに使え。助けが必要だと思ったときのみ使用しろ。いいな?」

「……まあ、それなら。サンキュ」

「ああ。存分に暴れてこ―――」

 七色はそこで、声が途切れた。夜来の後ろの方に目が釘付けになっているようだ。まさか、もう桜神雅がこっちまで戻ってきてしまったのかと考えた夜来は、咄嗟に魔力を引き出して振り向く。

 が。

 そこには、白い風貌は同じだが、その白さには完全な美を宿すものがいた。

「……うそ。本当だった」 

 唯神天奈の懐かしい声が、その白い存在の隣から響いた。口を半開きにしている彼女に向かって、いつもの夜来ならからかいの言葉や一つや二つで場を和ませたかもしれない。

 しかし。

 唯神の隣に、あの少女がいたのだ。

「は」

 彼女は、色を失っていた瞳から一筋の涙を流した。徐々にその赤い瞳には、いつものエメラルドの輝きが戻っていき、ついに正しく世界を認識できるようになる。

「はつ、み?」

 彼女は一歩、足を踏み出した。幻でもない彼の姿に、無意識に引き寄せられたのだろう。

 対して、夜来初三は……。



「あ、あんまりこっち見んじゃねえええええええええっ!!」

 


 とんでもない速度で翼を使って空に逃げる。腕で顔を覆って、赤面を隠しているのを七色はしっかりと目に焼き付けてしまった。

 静寂が、辺りを支配する。

 なんだか重たい沈黙が、のしかかってきた。

「……いや、だめじゃろ」

 思わず、七色が漏らす。

「ん? いや、だめじゃね!? なにやってんのあのアホ息子!?」

 この重たい空気のきっかけを理解した七色は、その声に確信を載せて爆発させた。

(感動の再会の流れが台無しじゃん!! っていうかなに、この空気。しーんってなってるよ。儂は知らんからね、うん、スーパー知らんからね。っていう雪白の奴、ショックで再発してるんじゃ……)

「七色」

「ほわっ!?」

 いつの間にか七色の後ろにいた雪白千蘭。彼女は羽織っていた上着を脱いで、それを七色に預けた。

「持っていてくれ」

「な、なんか目が怖いんじゃが。なにお主、殺し屋なの?」

 無駄な会話には付き合わない彼女は、夜来初三が飛び去った方角に目をやった。そこには立ちはだかるように木々と山々の背中がある。

「ちょっと、追いかけてくる」

「はあ!? いや、あんた元気になったのはいいけど、無理があるでしょ!! 飛べるならまだしも、あんた飛行能力なんてないじゃない」

 世ノ華が驚きの声を上げるが、雪白は構わない。

 右手をすっと前方に突き出して、

「黙って見ていろ」

 パチンと。

 大きなフィンガークラッチが音を轟かせる。

 その瞬間。 



 ゴバァァッ!! と、爆炎が森や山の体を一直線にさらっていった。

 あっという間に荒野の一本道が出来上がり、自然が焼けた鼻につく異臭が町全体を支配する。



 腰を抜かすほどの炎の暴力は、大自然を直線上に喰らいつくした。これは法に引っかかる行為に思えるのだが、雪白のその執念を前に、誰も口を開くことはできなかった。

 だが、そこで一人、空気を読まない奴が一人。

「おいおい嬢ちゃん。彼氏のとこ行くのはいいけど、それじゃあ彼氏についての事情説明、ここで聞けなくなるよ」

「構わん。あいつが何をしようと、何に狙われてようと、何を抱えていようと、私には関係がない。眼中にない。ただ、もう二度と手放したくないだけだ」

「一途だねえ。そんじゃまあ、俺の話は帰ってから夕那姉ちゃんにでも聞いてくれ」

「承知した」

「ほいほい。じゃ、いってらっしゃーい」

 今の蛇神と変わらない威圧感を放つ雪白に対して、円山だけがフレンドリーに手を振って送り出していた。なんとシュールな絵なのだろう。円山以外の者は皆、ただその白い悪魔の背中に怯えて口をつぐみ、見送っていた。

「ま、まあ、やっくんにとって、頼もしい仲間の救援になる、よ。たぶん」

 ボロボロの鉈内が、最後の最後に気を使って場を和ませようとしていた。まったく確信のない、というか適当な言葉で。     

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