黒神一族の襲来
「失礼な奴じゃな。敵意はダダ漏れ、殺意もまるだし、そして儂みたいな可愛い女の子をいじめにくるあたりが特にのう」
七色夕那が憤りを隠せない声で言った。
七色寺の境内に立つ彼女は、大きな敷地の中で一人の男と女の子を睨みつけていた。その男は若い。柔和な笑みと共に軽く頭を下げて、そのショートヘアーの『白髪』に『黒の眼球と白い瞳』を持つ両目で、七色夕那をじっと見つめた。女の子のほうも同様の目玉が目立ち、手に持っているクマの人形を大事そうに抱えている。その白の長髪は腰まで伸びていて、雪白千蘭といい勝負をするだろう髪だった。
「初めまして、七色夕那様。この度はいきなりの訪問、本当に申し訳ございません」
「……」
七色が細めた目で名を名乗れと文句をつける。
すると男は、微笑とともに告げた。
「黒神一族の一人、黒神フォリスです。となりの子供は黒神リーナ。以後、お見知りおきを」
「嫌じゃ。いま認知症だから無理じゃ」
「はは、これは手厳しい。名前くらいは覚えていて欲しいですね」
「で、何用じゃ? 見るからに一般人ではないな、その『目』と『髪』からして」
「ええ。あなたの養子の一人と、酷似しているように見えますでしょう。それは間違っていませんよ」
フォリスは足元に落ちている枯葉を拾い上げると、日差しに照らしながら眺めた後に、ぐしゃりと片手で握りつぶした。
ボロボロになった枯葉が、風に流されて飛んでいく。
「命とは粉々にできる。だからこそ、その握りつぶした時の快音がたまらない。枯葉を潰す音と、結構、似ているものなんですよ」
「……狙いはなんじゃ。まさか、あの不良息子か」
「いいえ。彼を喉から欲しがっているのは『エンジェル』……は、もう壊滅しましたね。となると、残るは『白神一族』だけでしょう。我々は『黒神一族』です。正直、夜来初三になど興味はない」
「では一体、儂の豪邸を土足で荒らしに来た理由はなんじゃ」
「私たちの目的は、ただ一つ」
既に着物の懐にある御札を握った七色。対して、黒神フォリスは微笑を浮かべたまま、さも当然のようにこう言った。
「人類の滅亡、ですよ。我々はただそのために行動している。だからこそ、私たちは夜来初三の『中身』が欲しい。そのためには、障害となるだろうあなた方の排除が必須なのです」
すっと、その右手を七色に向ける。
直後、けたたましい轟音と共に白い衝撃波のようなものが炸裂した。渦を描きながら七色を喰らう白い一撃は、その小さな身体を飲み込もうと直撃する。
その瞬間だった。
ボバッッッ!! と、膨大な風圧が横から直撃し、白い竜巻のような一撃は思い切り軌道を逸らして空へ伸びていった。はるか上空の雲を突き破り、派手な爆発を起こして消失する。
フォリスが楽しそうに言った。
「これはこれは、今度は『悪人』の登場ですか」
チラリと七色が視線を向けると、そこには角を生やした少女が立っていた。
右手に握った金棒をズルズルと引きずりながら、七色の隣に並ぶ。そうして、真夜中の海のような暗すぎる瞳を、白髪の二人に向けた。
「いま、言ったわよね……?」
「何をでしょうか、世ノ華雪花様」
「夜来初三を欲しがっているのはどこどこだ、って言ったわよね?」
「ええ。『白神一族』ですよ」
「なら」
世ノ華は、どこか生気を取り戻した目で、
「その言い方からして、兄様は、生きてるの……?」
きょとん、とした反応が返ってきた。
固まったフォリスは数秒ほどそのままでいて、途端に笑いだした。面白いコントにクスクスと笑うように、馬鹿にしている様子はない笑いだった。
「ああ、ああ、なるほどそうですか。あなた方には、まだ彼は接触していなかったんですか。なるほどなるほど、くくくっ」
フォリスは世ノ華と七色を見つめる。
いや違う。彼女たちの後ろにいる、長い長い七色寺に続く階段を登ってきた、その男を見つめていた。
「なかなか薄情な人ですね、夜来初三さん?」
「俺には様付はなしか。この若造が」
驚愕した世ノ華と七色が振り返ると、そこには重体の鉈内を担いでいる青年がいた。彼は驚きのあまり声も出せずにいる二人に苦笑して近づいていく。
そうして、静かに鉈内を地に寝転がせると、
「下がってろ」
ぴしゃりと言いつけて、慣れない眼鏡のズレを指でくいっと持ち上げ直し、
「それとただいま。俺の墓なんざ作ってないだろうな」
「……はぁ」
七色はため息を落とす。
そして、わずかに苦笑して踵を返す。鉈内の重い身体を支えながら、寺の中の一室で避難している唯神たちのもとへ鉈内を運びに行く。
「これから門限は六時じゃ。いいな不良息子」
「少しは更生して帰ってきたから、あとで肩くらい叩いてやる」
「七時にしてやる。それまでには、そやつらを追い返せ」
「ああ」
夜来初三はその後、呆然と自分のことを見つめる少女に気が付く。世ノ華雪花だ。彼女はゆっくりと、目の前にいる兄が幻ではないのかどうかを、手を伸ばして確かめた。
トン、と夜来の胸に右手はつく。夢ではない。幻覚ではない。
ようやく、彼女は確信を持って夜来初三の顔を見上げた。
「兄、様……?」
「お兄様だよ。見ればわかるだろ」
「……………よね」
ポツリと、言った。
一筋の涙をこぼしながら、彼女は安堵の笑みを浮かべて、こう言った。
「そう、ですよね。兄様が、死ぬわけ、ないですもんね」
「当たり前だ。俺は最強だからな」
「ええ、はいっ……そう、ですよねっ……!!」
「ああ。だから一旦、後ろに隠れてろ。すぐに構ってやるよ」
世ノ華を背にして、一歩だけ、夜来初三は前へ出た。
そうして、自分と同じように『悪化』している二人の敵を視界に映す。
「殺すが、構わないな」
尋ねる。
するとフォリスが返す。
「できるものなら、どうぞやってみてくださ―――」
「やってやるよ黙ってろ」
その最中に、一瞬で夜来初三は右手に収束させた魔力を放出した。黒い粒子が下から上へ波のように広がっていき、空にある雲の群れを切り裂いて天まで届く。当然のように地上はその波に飲み込まれて、後に残ったのはぐちゃぐちゃになった景色だけだった。
次の瞬間、だった。
ひょいと横に回避した夜来初三の、先ほどまで立っていた場所に真上から白い閃光が突き刺さってきた。地盤を崩すその一撃を放ったのは、頭上に回避していたフォリスだった。彼の腕にはリーナも抱き抱えられている。フォリスはさらに勢いよく夜来初三のもとへ降下し、強烈な飛び蹴りを顔面へ埋め込もうとする。
が。
「やるな、お前」
自分の一撃を回避した者を評価した夜来は、迫ってきた靴底に思い切り額を打ち込んだ。その強力な頭突きと呼ぶには難しい一撃と、『悪化』したフォリスの蹴りが直撃したことで、バドォッッッ!! と、膨大な風圧が周囲には吹き抜けていく。
まさかの反撃に、後ろに飛び下がったフォリスも目を丸くしていた。
対して、コキリと首の関節を鳴らした夜来初三は告げる。
「気づいてないな、若造」
「何をでしょうか、夜来初三」
「ついに呼び捨てかよ。キレたわ、瞬殺してやる」
徐々に。
夜来初三の両目の色が、『反転』していく。瞳は白へ、眼球は黒へ。肌は白へ、爪は黒へ。
髪も白髪になり、完全に『悪化』した夜来初三は言った。
「俺が『悪』を使ったら、一瞬で決着が決まることに気づいていないなって話だ」
瞬間、夜来初三は邪悪な笑みを浮かべて。
右手に白い力で作り出した刀を握り、白い悪魔はこう宣言した。
「俺はお前を一瞬で殺せる。なぜなら、この俺の方が若造のお前よりも『悪』の真髄を理解しているからだ」




