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『悪』VS『悪』 2

「ちっぽけだな」

 夜来初三は言った。

 自分と同じ『クロス』という種族の化物の力を使い、白い狂気に飲まれてでも復讐を果たそうとする哀れな悪人を前に、悪の王は感想を漏らした。

 その昔とは違い、右目が見える長さの髪に違和感を感じているのか、前髪を手で弄りながら、

「少しは変わったと思った。テメェは俺を殺しかけた悪だ。俺を超えることもできたかもしれない、そういう悪党だった。だがな、所詮は強さだけを求めた狂戦士。悪を意識して生きているわけじゃねえみたいだから、俺はたった今、テメェっていう小悪党に失望した」

「……俺が、ちっぽけな悪だといいてェのか?」

「言いたいねぇ。ツイッターで呟きたいくらいには」

 夜来初三の嘲笑に対して、桜神雅は暴力で返事を返す。一瞬でその場から消えて、夜来の真後ろに回った彼は『創造』で作り上げた白銀の刀を振り抜いた。

 首元を切断しようと迫った刀だが、肌に接触した瞬間にあっさりと粉々に砕け散る。

「しょぼいな、ははッ!! どんだけしょぼい一撃なんだよ、あ?」

 鉈内は知っている。

 あらゆる物理的攻撃を自由自在に破壊できる、その気になれば地球さえも砕くことが可能な、最強最悪の破壊能力。

 すなわち、『絶対破壊』だ。

 その右目が、だんだんと眼球は黒く瞳は赤に染まっていく。右目の周りにある禍々しい紋様も徐々に右顔全体を覆っていき、その侵食速度から相当な量の『サタンの呪い』を引き出していることが伺えた。

 そんな、久しぶりの夜来初三のサタン化状態に、桜神雅も一歩後ずさった。

「『クロス』をテメェまで持ってるとは予想外だが、まあいい。どうせ俺には届かねえ」

「……図に乗ってんじゃねェぞ、この悪党ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 吠えた桜神雅が両手を広げると、空には無数の刀剣が生成されて出現していく。無数の剣や刀、槍などの武器が雲を隠すほど広がっていき、それは一斉に夜来の立つ地上へ引き寄せられるように降下していく。

 刀剣のゲリラ豪雨だ。

 このままでは鉈内までもが巻き添えを食らってしまう。あのいけ好かない善人を守るのは少し癪だが、面倒くさそうに夜来は行動を起こした。

「ったく。おいコラ、クソ天使」

 簡単なことだった。

 夜来初三にとって、今の夜来初三にとってはこんなもの脅威でも何でもない。

 なぜなら、



「―――俺様がオマエみたいな格下を相手にすると思ってるのか?」



 格がちがう。

 言葉通り、格が違うのだから。

 夜来初三は邪悪に笑うと、右手の中指と親指でパチンと指を鳴らす。そのフィンガークラッチの快音が響いた直後、空全体を飲み込むような漆黒の爆発が炸裂した。魔力の拡散だった。爆散したサタンの魔力は、降り注いできたあらゆる凶器を消し炭にしていき、完膚無きまでに無力化する。

 と、そこで雅自身が飛び込んできた。

 背中から天使の翼を生やし、呪いを大量に引き出して夜来に体術で挑みかかる。強烈な回し蹴りが、美しい曲線を描いて飛んできた。既に前回の一戦のように、先ほどの夜来の魔力から『破壊の性質』は読み取っているため、その蹴りには天使の『破壊に影響されないよう調節した魔力』がまとわれているため、直撃すればダメージにはなる。

 しかし、それは夜来も分かっているため、ひょいと首を後ろに傾けて回避。しかし雅は続けて軸足を高速で回転させて、その力を利用した素早い後ろ回し蹴りをこめかみへ飛ばす。

 だが。

「二分だ。それだけ遊んでやる」

 その上段の後ろ回し蹴りを、下をかいくぐるようにしてかわすと、雅の襟首を右手で掴み乱暴にその辺へ投げ飛ばした。猛烈な勢いで背中から電柱へ激突し、電柱はヒビを生んで折れそうになる。

 さらに追い打ちが続く。

 夜来は近くにあった高層ビルに目をつけた。それは廃ビルだった。人がいない建物をわざわざ選んだ彼は、その巨大物体に右手を添える。

 瞬間、ベシビシビキベキィィ!! と、右手の指がビルの外壁にめり込む。そのまま驚異の腕力でビル全体をあっさりと持ち上げて、その高層ビル自体を思い切り投擲した。一瞬だった。まばたきをした直後には電柱に背中をあずけて倒れている雅の体が、高層ビルという球に押しつぶされ、それは粉々に砕け散り、空からは巨大な瓦礫の雨が降ってくる。

 しかし。

 ズオッッッッ!! と、その破壊攻撃のおかげで生まれた煙の中から、『悪化』した雅の白い体が飛び出てきた。右腕は巨大な怪物のものへと変わっていて、今度は腰から五本の尻尾も伸びている。完全に人外の姿へと変貌している彼に、夜来は薄く笑ってこう言った。

 耳元で。

 そいつの後ろで、囁いた。

「―――あと一分だ。ドクソ野郎」

「っごぁッッッ!?」

 夜来の背中から伸びた真っ白で禍々しい片翼が、雅の脇腹を勢いよく貫いた。夜来の顔が笑みに変わる。そのまま串刺しになった雅を遠くへ吹き飛ばすが、やはり『悪』を宿しているだけあって異常なほどの回復速度で傷は癒えていく。

 よって、夜来は左手首にしている時計へ目をやると、

「あと四十秒、か。もう終わりだな」

「は、はは、ふざけろ!! もっと遊んでくれよ!! なァ、おい悪党!! 俺にはテメェを殺すって存在理由がある。だからすぐには殺されるなよォ、そんでちゃんとぶっ殺されろよォ!? 俺のために死んで俺のために死体に変われ!! ぎゃっははははははははははははははははははははッ!!」

「……三十秒」

 夜来は面倒くさそうに膝を折る。そうしてしゃがみこみ、片膝をついて右手を地面へつけた。

 そうして、嗜虐的な笑みを浮かべて言った。

「『新技』だ。よぉーく味わえ、モルモットちゃん」

 次の瞬間。



 桜神雅の半径二十メートルの地面が『消失』した。

 足場をなくした怪物は、奈落の底へ引き込まれていく。 



 だが終わらなかった。

 直後、その獲物が落ちた巨大な穴の中から、噴水のようにマグマが吹き出てきた。まるで噴火だった。空へ広がった溶岩はあたりの建造物や瓦礫にかかると、ジュワジュワと音を立てて溶かしていく。その高熱の液体は五秒ほど空へ吹き出ていたが、やがて威力を失っていき穴の中からは何も聞こえなくなった。

「……これでひとまず時間は稼げたな」

 夜来はボソリと呟くと、離れた場所で倒れている鉈内のもとへ歩き寄った。その無様な姿に口の端を釣り上げると、仕方ないといった調子で彼を肩に軽々と担ぎ上げる。

 今にも意識を失いそうな彼は、こう言った。

「……遅ぇよ、前髪ヤクザ」

「前髪は綺麗にカットしてるだろうが。眼科に行けアホ」

「……さっきのは、どうやったんだ? 噴火した、みたいな……」

「地球の中心、マグマだまりの中まで魔力を流し込む。そんで魔力を破裂させる。するとマグマが魔力の通ってきた道筋を逆流して吹き出てくる、ちょっとしたユニークな使い方だな」

「相変わらず、変なとこは頭が働くな、君は……」

「黙ってろ。殺す……いや、なしだ。あんまり口が悪いと、あの女にゴチャゴチャ言われる」

「は、はは、確かに、雪白ちゃんは、そういうとこ、きついだろうね」

 夜来に運ばれていく鉈内は、ほっとしたように息を吐く。二人は特に、再会の挨拶をするわけでもなかった。

「……雪白ちゃんたち、君のこと、すっごく心配してるよ」

「分かってるよ。だからこうして戻ってきた」

「なら、いい。少しでいいから、会ってやってな……」

「ああ。お前にも迷惑をかけたな」

 鉈内は目を丸くする。

 以前とは比べ物にならないほどに、夜来の態度が変化していたからだ。

「どう、した。君って、そんなに素直だった? っていうか、口も大人しくなったし、何より髪とか、その眼鏡……」

「いろいろとあったんだよ。あとで話す。今はとにかく、七色寺に行く。話はそれからだ。それに……」

「それ、に?」

「あのクソ野郎がいつ這い上がってくるかわからねえ。先に話すことだけ全員に話して、奴を叩く」

「ッ!? まだ、生きてるのか……?」

「当たり前だ。『クロス』を宿してる以上、あいつは相当なタフだぜ」

 夜来初三は、以前よりも貫禄があった。落ち着いた物腰、口調、そして雰囲気。一体あれから彼に何があったのか、血の気の多い本性が少しやわらいでみえるほどだ。

 本当に、背中が大きくなった。

 一流の悪を超越した、王としか言いようのない、不思議な圧力をばらまいている。

 昔は邪悪さだけだったが、今では『偉大な邪悪さ』を持っている……とでも言うべきか。

 夜来は軽く苦笑して、

「まあ、あれだ。俺も人生経験をたくさん積んで帰ってきたわけだよ」

 気づけば、夜来は七色寺へつながる長い階段の前へたどり着いていた。その階段を目で登っていけば、我が家の門がちらと見える。

 彼は呟いて、その一段に足をつける。

「さてと。どうやって奴らに顔を出すかね」

  

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