面倒だが、約束だから
「なに、あれ……」
唯神天奈の声は震えていた。
脳が視界に飛び込んでくる圧倒的な狂気を処理できず、細胞の一つ一つが怯えているような様子だった。それは仕方ないことだ。彼女の隣で疲れた顔をしている鉈内も、初めて雪白千蘭のあの状態を見たときは呼吸が止まったものだ。
そこには誰もいない。
愛しい彼の姿は微塵も存在しない。
しかし、雪白は満開の笑顔で何かに微笑みながら食事を取っているのだ。
「……ようやく、さ」
ふと鉈内が呟く。
驚きが顔から剥がれない唯神だが、なんとか耳を傾けた。
「ようやく、雪白ちゃんと会ったときはイギリスの『悪人祓い』の基地だった。リーゼさんっていう『悪人祓い』の人が管理する基地で、そこに所属している『悪人祓い』の人たちが、雪原の上で呆然としてる雪白ちゃんを見つけて保護してたんだよ。だから、僕が迎えに行ったら……」
「……どう、だったの?」
「―――笑ってたよ」
「っ」
鉈内は顔を歪めていた。
とにかく、彼女を守れなかったことを悔やんでいるようだった。
「雪白ちゃん、ずっと笑ってたんだ。―――初三が帰ってきたらデートに行く、初三が帰ってきたら手をつなぐ、早く帰ってこないかなぁ初三……って。ずっとずっとずっと、もう聞きあきるくらいブツブツつぶやいてた」
「……」
「そんで日本に戻ってきて、この天山市に帰ってきたら―――初三が戻ってきたら一番最初に出迎えてやりたい、そう笑顔で言ってここに住んでる。さらに時間は経つけどやっくんは帰ってこない。すると、いつしか幻でも見てるかのように、『初三』と仲良く暮らしてるよ」
「本気、なの?」
「? なにが」
「雪白は、本気で初三がそこにいると、思ってるの?」
鉈内は雪白の横顔をのぞく。
その咲き誇った幸せの笑顔は、きっと、紛れもない本物だ。
「本気なんでしょ。もう分からないよ。世ノ華はウチの寺の部屋にこもってるし、伊那ちゃんには真実は伝えずに誤魔化してるし、こうしてちょくちょく僕は雪白ちゃんの様子を確認してるし……もう、疲れた。ちょっと、限界……」
本当に疲労しているのだろう。鉈内は壁に背をあずけて、大きな溜め息を落とす。
「伊那は、今どこにいるの」
「速水先生の自宅で保護。あとは、雪白ちゃんのことはその子に聞いて」
鉈内は唯神の背後を指差す。
ふと振り返ってみると、そこには見覚えのない少女がいた。まるで雪白千蘭の妹のような、純白の髪に赤い瞳を持つ十四歳くらいの少女だ。セミロングの白髪と雪のような肌を持つ彼女は、自分と同じような容姿をしている壊れた雪白を見つめていた。
「あなたは、誰?」
唯神が尋ねると、白は小さく笑う。
「初三お兄ちゃんの妹かな。ま、ぶっちゃけ兄妹設定とかどぉーでもいいんだよねー。あの馬鹿クソ兄貴、私に存在価値を教えてくれるって言っておいて速攻で消えたし、正直いつまでも雪白千蘭の面倒を見る義務もないんだよね」
でも、と彼女は付け足して。
狂い果てた雪白の横顔を見つめて、哀れむように表情を歪める。
「あのバカ兄貴の死体が見つかるまでは、きっちり面倒みるよ。一緒にいてスゲーキモイけどさ」
500話突破!!
さらに雅ちゃん再登場、なんか変身して再登場!!
雪白ちゃんヤンデレ限界突破!!
鉈内みんなの面倒みてて可哀想!!
白ちゃんは早速登場!!
……何か、すっごい重い感じで五百話突破しましたね。




