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家族

これにて『生死を分ける』悪は終了です

 あの巨大なゴミ処理場を後にした一同は、すぐさまその場で解散という方向に話を固めていた。当然、雪白はまたまた約束を守れなかった夜来に対して少々ご立腹な様子だったのだが、さすがに死闘を終えたばかりの夜来の疲労を考慮したのか、渋々帰宅してくれた。

 他の者達もさすがに今回の騒動には体が持たなかったようで、休息を取るためにも自宅へ直行したもよう。

 そうして残ったのが今回の事件を巻き起こした当事者でもある秋羽伊那と唯神天奈。そして夜来初三。三人は真夜中のとある公園で話を一つにまとめていた最中だった。

「ンで、結局テメェらはこれからどうするんだ?」

「どうするって……私は帰るよ。誰もいない家にね。ついでにこの子も連れて行く」

 唯神天奈はベンチに寝かされている秋羽伊那を視線で示した。七色が言うには、どうやら『死神の呪い』が解けたことによる反動によって一時的に体調が悪くなっているらしい。一日経てば安定するとも言っていたから大したことはないのだろうが……。

「この子も私と一緒で『家族』がいないからね。きっと一人暮らしだ。なら、こんな状態で返すわけにもいかない」

 唯神の呟きに対して反論の一つも思い立たなかった。

 彼女の言うとおり、秋羽伊那にも唯神天奈にも家族はいない。頼れる親戚さえもいない。なぜなら全てをあの『プリンセススター号襲撃テロ事件』で無くしてしまったからだ。

 故に二人に家族なんていない。

 家に待っている人なんていない。

 だからこそ、衰弱しきっている秋羽伊那を看病するために唯神天奈が率先して行動しているのだ。きっと同じ『悪』を背負っていた者同士、親近感などが湧いたのかもしれない。

 家族を同じように失くし、同じ原因で失くし、同じ境遇で失くし、何もかもが同じだからこそ、彼女らはこれから助け合っていくのかもしれない。

 唯神天奈は秋羽伊那を。

 秋羽伊那は唯神天奈を。

 お互いに手を差し伸べ合う。

 しかし、

 どれだけ協力し合おうとも。

 どれだけ罪を晴らそうとも。


 二人には絶対に『家族』は戻ってこない。


 一度死んだ者は二度と戻ってこない。

 子供だって知っている当たり前すぎる事実だ。

 だからなのだろうか。

『家族』という存在が恋しいからなのだろうか。


 唯神天奈はとても悲しげに顔を歪めていた。


 夜来は彼女の横顔を凝視し、

「……何でそんな悲惨な顔してんだよ」

「してない。ちょっと昔のことを思い出してただけ」

「家族のことか?」

「……」

 否定の声をあげないことから、どうやら図星のようだった。

 家族を取り戻したい。

 そんな言葉が唯神の顔には浮き上がっているように見えた。

「家族、ねぇ。好きだったのか? 親のこと」

「……ん。大好きだった。一人っ子だったから、よく両親には可愛がってもらってた」

「……俺はあいにくと両親にいい思い出なんざねぇから分からねぇが―――そりゃもうどうしようもねぇよ。テメェが何か妙な顔してっから言ってやるが―――テメェの家族は絶対ェに戻ってこねぇ。こんなこと言われてムカつくかもしれねぇが、言っといてやる。もう、テメェの親は戻ってこねぇよ」

 唯神の顔が少しだけ歪んだ。

 改めて突きつけられた現実に怒りを堪えているようだった。

 しかし夜来は謝罪の言葉など並べ立てない。

 なぜなら彼は事実を告げたまでだからだ。

「だがまぁ、一つ聞いとく」

 夜来はブランコの椅子からすっと立ち上がり、


「お前は何かをして欲しいのか? 何かをして欲しくねぇのか? どっちなんだ?」


 振り向いた唯神の顔には少し動揺の色が走っていた。

 それを鼻で笑った夜来は、

「言えよ。テメェは何を望んでんだ? いや―――テメェらは何を望んでんだ? テメェとそこで寝てるガキは、一体、そもそも、『何が』原因で『生死を分けたい』って思ったんだ?」

「……」

「もちろん確認するまでもねぇよな? 答えは―――『家族』を失ったからだ」

 唯神の肩がびくりと跳ねた。

「テメェらが『生死を分ける』っつー『悪』を抱いたそもそものきっかけは『家族』をぶっ殺されたからだろ。あのテロ事件さえなけりゃ、お前も秋羽も普通に『家族』とハッピーに生活していけたはずだ。『悪』なんつー面倒なモン背負わなかったはずだ。じゃあ聞くが―――テメェは今、何が欲しい? 何を望んでる? 何をすればその『大切なもの』を無くしちまったような悲惨な顔を笑顔に変えられるんだ?」

 その言葉でようやく唯神天奈は自身の身に起きていた変化に気づいた。

 頬を伝う冷たい感触。それは直に唇へ到達し、塩水のような味が口の中で霧散していった。


 そう。

 気づけば涙を流していた。


「あ、あ……」

 湧水のように溢れ出てくる涙の激流を、手を使って拭き取っていく彼女。

 しかし一向に止まる様子はなかった。

 まるで。

 まるで。

 あのテロ事件で死んだ家族たちの死を再び悲しんでいるように涙が飛び出てくる。

 そんな彼女に夜来は再び追い討ちをかけるが如く口を開く。

「答えろ。何が欲しい。俺がそれを叶えてやる」

「あ、あれ? 君は誰も助けないんじゃなかったの? なのに、これじゃまるで―――」

「ああ、助ける気なんざねぇよ。テメェがここで俺を拒絶するようなら俺は二度とテメェにゃ関わらねぇ。だがなぁ、俺は貸し借りっつーもんが嫌いでね。テメェに借りを作ったまんまじゃ素直に家帰れねぇんだよ。だからこれは借りを返すだけだ。テメェを助けるわけじゃねぇ」

「か、借り?」

「あのとき、俺を死神から庇いやがっただろうが。ああ、言っとくがそんなつもりはなかったとか言うなよ? ありゃどう見ても俺をかばったようなもんだ。結果的に見て俺はテメェに庇われた。だからその借りを返してやる。―――テメェの願いを叶えて借りを返してやるからさっさと欲しいものを言え」

 その言葉には胸を突き刺されたような感覚が走り抜けた。

 欲しいもの、その質問に対して唯神天奈は既に答えを持っていた。二年前に起きたあの惨劇のときから欲しいものなど決まっていた。 

 その『欲しいもの』とは、きっとベンチで呼吸を荒くしながら衰弱している秋羽伊那も欲するもののはずだ。

「わた、しは……」 

 心臓が早くなっていくのが分かる。

 血が沸騰するような感覚さえ発生していた。

 そう。

 まるで欲しかったものを手にれられるという子供に戻ったような現象だった。まるで誕生日プレゼントを期待しているような状態だった。まるでサンタクロースのプレゼントを期待しているような感覚だった。

 ああ、と静かにぼやいた唯神天奈。

 彼女は号泣しながら、嗚咽を繰り返しながら、それでも口を開いて『欲しいもの』を口にする。

 目の前の少年に、『欲しいもの』を願ってみる。

 ようやく声を鳴らす。

 欲しかった。 

 ずっと欲しかったものを手にれるために。

 

「か、『家族』が欲しい、ですっ……!! 家に帰ったら、出迎えて、くれてっ……っご、ご飯とか……い、一緒に、食べっ、食べてくれる……!! ―――『家族』が欲しいです!!」


「……」

 少年は口を開かなかった。

 しかし足は前へ動かした。泣き崩れそうになっている少女のもとへしっかりと歩を進めていく。

 そして辿り着いた瞬間に、


 その長い黒髪を生やす小さな頭にポンと手を置いてこう言った。

「だったら俺が家にいてやる。だったら俺の家に住めばいい。だったら俺がテメェと飯食ってやる。だったら俺がテメェを出迎えてやる。だったら俺が―――『家族』になってやる」


 一際大きな涙がこぼれ落ちたその瞬間、

 唯神天奈は『欲しかったもの』である『家族』という存在の胸へ抱きついた。絶叫に近い泣き声を上げながら『家族』である少年の体を全力で抱きしめる。

 まるで。

 もう二度と『家族』を失わないように。

 もう二度と『家族』を死なせないように

 もう二度と『家族』を無くさないように。

 そんな心情が込められているような抱擁だった。

 その力強さに少年は痛みを感じるも顔をしかめることさえしない。ただ黙って彼女の華奢な体を抱きしめ返してやることしか出来なかった。

 少女は泣きながら笑っていた。

 そう。

 これは悲しくて泣いているわけでも、苦しくて泣いているわけでも、つらくて泣いているわけでも、痛みに泣いているわけでも、恐怖で泣いているわけでもない。

 嬉し泣きだ。

 先ほどまで流していた涙とは込められている意味が全く違った、『悲しさ』ではなく『嬉しさ』で溢れる涙へ変化していたのだ。 

 真夜中の公園では。

 一人の少女の嬉しすぎるあまりに泣き叫ぶ声が上がっていた。

 理由はただ一つ。


 たった今。

 家族が出来たから。




 そうして夜来家であるマンションの一室には二人の少女と幼女が暮らすようになっていた。やはり秋羽伊那も家族がいない故に一人暮らしをしていたらしく、あっさりと新しい『家族』である少年の住むマンションへ住まうようになった。

 唯神天奈はもともと表情の変化があまり現れない少女だったが、今では新しい『家族』と共に送る生活が楽しい故なのかよく笑うようになっている。

現在の時間帯は朝。

 時間が経ち、夜に変わればもう一人『家族』である悪魔の少女も飛び出てくるだろう。最初は彼女も反対するような態度を見せていたが、今では意外にも唯神達との家族関係は良好だ。

 夜来は適当に朝ごはんの準備を完了させて食卓に食事を並べる。

 そして、何やら唯神にまたもやいらぬ知識を吹き込まれている秋羽伊那を見て肩を落として溜め息を吐いた。

「オラ、クソガキ三号と性知識オンパレード野郎。とっとと飯食うぞ」

「わーい!! ご飯だご飯!!」

「何かものすごく失礼なあだ名を付けられた気がする……」

 全員が食卓に着いたところで、ふと夜来の対面に座っていた唯神天奈が気づいたようにこんなことを言った。

「何か、私たちっておしどり夫婦みたい」

「ぶふうううっ!?!?」

 コーヒーを飲み込んでいた夜来は吹き出しかける自分の口を全力で押さえ込んだ。しかし口の周りはコーヒーまみれになっていて、どこかのチャラ男あたりが見たら爆笑しそうな顔だった。

「……どこがおしどり夫婦だってんだ」

「いや、子供だっているからそう認識されてもおかしくはない」

 チラリ、と夜来は隣で美味しそうに朝食を頬張っている秋羽伊那に視線を移した。

 確かにこれでは子持ちの夫婦と見られてもおかしくはない。

 夜来は口の周りに付着したコーヒーを袖で拭き取ってから、

「アホなこと言ってねぇでさっさと食え。俺たちは―――何の変哲もねぇ家族だろうが。寝ぼけたこと言ってっとぶっ飛ばすぞ」

「……んっ」

 心から嬉しそうに微笑んだ彼女は朝食を食べ始めた。

 その光景は。

 まるで幸せそうな『家族』の朝食風景そのもののようだった。

 いや、きっとそのものだ。

 間違いなく、唯神天奈と秋羽伊那は欲しかった『家族』を手に入れられたのだ。


 


 生死を分ける悪。

 そんな『悪』を背負っていた二人の少女。

 そもそも彼女達が『悪』を宿した理由であるのが『家族』の死だ。

 死んだ者は帰ってこない。

 もう二度と家族は取り戻せない。

 これは残酷な事実。

 が、しかし。

 取り戻すことはできないが、新たに手に入れることはできる。

 やり直すことはできないが、新たに絆をつくることはできる。

 もちろん誰でもいいわけではない。

『家族』と認識できるレベルの確かな信頼が必要なのだ。

 そして彼女達は自分達の『欲しいもの』に気づき、それを見事に与えてくれた少年に対して絶対の信頼を寄せている。

 少年は気づいてくれた。

 その事実だけで、きっと彼女達は大満足だったのだろう。

 しかし少年はその先を行く『家族』という存在にまでなってくれた。さらには少年を通して様々な人達と出会えもした。

 だから『生死を分ける』という『悪』を背負っていた少女たちはようやく心から笑えるようになった。

『家族』は元に戻ってこない。

 しかし。

『家族』という強い絆を新たに結ぶことはできた。

 だから少女達は新たな生活の中でこれからもたくさん笑い合うだろう。

 新しい家族とその仲間達のもとで。

 生死を分ける悪を振り切った上で、その悪に感謝しながらも新しい道を歩んで行くのだ。



 生死を分ける行為はただの殺戮行為という悪行。



 その事実を知った彼女たち悪人だった者は、これから先にどう歩いていくのかは分からない。

後書き。……といっても、もはや語るべきもない結果でしたよね(笑) 今回のヒロインは二人の幼女と少女でした。悪人の秋羽伊那と、元・悪人の唯神天奈ですね。


 今作ではチャラ男がほとんど話の主柱にたっていたので、最後はヤクザに家族になってもらいました(笑) チャラ男とヤクザ、どっちも犬猿の仲でしたが、何だかんだでやり切りました!


 チャラ男…ではなく鉈内翔縁は、今回以上に主人公へなっていきます。彼が本格的に物語を一人で進めるのは、後の『怨念に染まる悪』あたりからですね。




 ヤクザ、ちょっと今回出番少なくてかわいそうでした(笑)






 ええと、『生死を分ける悪』ですね。唯神ちゃんと秋羽ちゃんの背負ってたものは。いやしかし、一族根絶やしにされたら、そりゃ『そのくらいスケールのでかい』悪だって宿すかもしれません。いや、実際宿してましたね。


 悪党殺し……が、今回、秋羽がやってたことですね。


 世の中を平和にするには、悪い奴を殺せばいい。うん、確かにその通りです。作中でもヤクザが肯定してましたね。


 でも、ヤクザは『世界の平和なんて関係ない』とも言って切り捨てました。一方、チャラ男は『いい人も悪い人にも人間はなる』と、秋羽を抱きしめてあげてましたね。



 まったくもって、この二人は逆です。これから、もっともっと彼らが真逆の主人公だということが分かっていきますので!


 では、次は次章ですね。






ちなみに、次回作はもう決まってます


……多分、ものすごく・・・・恋愛系になりますね

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