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狂気と崩壊

「どういうことッ!? 私が入院している間に、何があったの!?」

 聞いたこともない大声が響いたのは、七色寺の客間からだった。聞いたこともない、という言葉の意味としては文字通り、あの唯神天奈が動揺をあらわにして吠えるように理性を失っているから。

 テーブルを挟んだ対面に座るのは、一人の少年。

 鉈内翔縁だ。彼は見るからに疲れている様子で、どこかやつれているようにも見える。

 だが構わない。

 いや、構う余裕がなかった。

「答えて」

「……」

「あの人はどこ。雪白たちはどうなったの。北半球で起きた事件って、具体的にどうやって解決したの!? 答えてッ!!」

「……言っても、多分、君が傷つくだけだ」

「真実を明かされずに、のうのうと生きるなんて最悪。だったら死んでやる」

「……何とか、最善は僕なりに尽くしてるよ。世ノ華は家には帰らず、しばらくはこの寺で生活してる。精神的にまいっててね、ちょっと彼女にもいろいろあってさ。……実の兄と心の兄、どっちも無くした彼女にとって、今は一人で落ち着くことが一番だよ」

「初三は。雪白はどうなの」

 執拗に聞いてくる唯神。

 いつもの彼女ならば、もっと素直に理解してくれるのだが、どうやら今回ばかりは本能的なものが勝っているらしい。

「何度も言うけど、やっくんは死んだ。断言するよ、あいつは死体も残さずに消えた」

「……あの人が、何で?」

「暴走したフェニックスの撃破の結果だ。『サタンの呪い』を限界を超えてでも引き出した結果、破壊の魔力に体が耐えられなかったんだろう」

「嘘だ。あの人は世界を守るために死ぬような、独善的なヒーローなんかじゃない。世界と私たちを取るなら、即決で私たちを助けてくれる。死んで私を悲しませるような真似はしない!!」

「だから君たちを守るために死んだんだろう。もっと具体的に言おうか? 内側から破壊の効果が膨れ上がっていき、風船に針をさしたように弾けとんだだろう。内蔵なんてグチャグチャに飛び散って、骨だって細かくパーツが吹き飛んだはずだ」

「……うそ、だ」

「真実だよ。紛れもない、事実で結果で現実だ」

 心を鬼にして、いつまでも理想にすがりつく唯神を睨む鉈内。あの優しすぎる彼が、ここまで強く口を動かすとは思わなかっただろう。それほどまでに今の現実は最悪で、夜来初三の消失が生んだ影響は大きいのだ。

 そして。

「……う、そだ……」

 気づけば。

 目尻から涙が溢れてきて、ポタポタと膝にこぼれていく。普段から感情の起伏が見られない唯神だが、鉈内から告げられた『現実』に容赦なく打ちのめされたのだ。

 いないのだ。

 もう、彼はいないのだ。

 いいや―――また、家族がいなくなったのだ。

「……頼むから、泣かないで欲しい。今の僕は、どうしても、他のことに手が回る状態じゃないんだ」

「う、うそだ。だって、あの人、や、約束してくれて……家族だって、言って……くれて……」

「その家族を守って死んだ。約束は守らなかったが、それでも、もっと大事なものを守ったんだよ。あのクソ馬鹿は」

 力が抜けて、視線が落ちる。

 完璧に心に大きなダメージが通った唯神だが、何と鉈内は彼らしくない『わがまま』な頼み事をした。

「ごめん。今の君に言うのもなんだけど、多分、まだ泣けるだけ君はマシだと思う」

「……え……?」

「―――ついてきて欲しい。見せたいものがある」

 強引に唯神の手を取って、七色寺を出て行く鉈内翔縁。いつもの彼らしくない、傷ついた人を振り回すような行為だが、それだけの意味が確かにあった。

 向かった場所は。

 夜来初三が使用していた、マンションの一室である。








 目的のマンションに到着した瞬間に、鉈内はポケットから鍵を取り出した。階段を上がって行き、とある一室の鍵穴に鍵を差し込んだ。どうやら、夜来初三の借りていた部屋を開閉する合鍵らしい。もともとは夜来を七色がマンションに移したと聞いているので、七色夕那から拝借したのだろう。

 ゆっくりと扉を開いて、彼は疲れたような声で言った。

「入って」

「……どうして、ここに連れてきたの」

「入れば分かる。ただ、入る前に吐かないように気持ちだけは引き締めておいて」

「……?」

 怪訝そうに眉を潜めながら、ゆっくりと唯神は廊下に足をつける。以前までは自分の家であったここは、風呂の場所からリビングの場所まで知り尽くしているので迷うことはない。

 だから。

 真っ直ぐにリビングの扉を開けて、中に入った瞬間に息を止めた。

「っ」

 唯神に続いて、鉈内も慣れたような顔つきでリビングに現れる。二人の視線の先には、まず食卓があった。そこには食欲を引き出してくれるような料理が並んでいて、ただの昼食にしては最高の味が埋まっていることだろう。

 だから余計に。

 彼女の存在は、狂気的だった。

「今日はな、お前の苦手な野菜を細かく切ってハンバーグに詰めてみたんだ。きっと違和感なく食べられるから、安心してちょうどいい栄養を取るんだぞ? ―――うん。ちゃんと消してあるよ、この前みたいにコンロの火がそのままついてるドジはしないさ」

 幸せそうに。

 まるで想いを寄せる相手と過ごすように、椅子に座っている少女は一人で笑っていた。

「―――ば、馬鹿! あのときは不可抗力だったんだ、もともとはお前が悪いだろう。大体、私はいつもお前と一緒にいたいのに、お前は全然かまってくれないじゃないか……。―――ほ、ホントか? は、はは。そうかそうか、うんうん! 嫉妬とかするのかー、そうかそうかー、それは非常にいい事だぞ、うん!! ほら、ご褒美にあーんしてやる。―――ふふ、バカだなぁ初三。二人きりだからしてやるんだ、公衆の面前じゃ羞恥心に負けちゃうからなっ」

 そこには誰もいないのに。

 ただただ、飽きることなく延々と独り言を紡ぎながら、ただ一人食卓に座って虚空に向けて微笑む彼女はいた。真っ白な髪に宝石のような赤い瞳、見間違えるほうが難しいくらいの特徴的な色素のない容姿は見覚えがあった。

 雪白千蘭。

 ただ一人、誰もいない部屋の中で幸せそうに笑っている彼女はいた。



 二人分の食事の片方は、とっくに冷め切っている。

 おかげで、それは魅力などまったくないタンパク質の塊に成り下がっていた。

 


 

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