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あの家にいない

『エンジェル』を率いる王・アルスが引き起こした『世界平和計画』は破滅した。たった一人の悪人クズの手により、世界には再び平和な時間が流れるようになった。

 だが。

 あくまで、それは彼という人間を知らない者だけの平和。

 確かに彼は悪だった。

 しかし、そういうやり方で救われた者たちにとって、夜来初三という存在の消滅は絶望以外のなにものでもなかったのだ。

 


 これは、悪人が消えた後の話。

 生き残った善人が苦悩する、ただのヒーローでは闇に勝てない悪人話である。

 



 





 ようやく、唯神天奈ゆいかみあまなは退院することができた。本人は知る由もないが、闇の非公式工作組織たちの争いに巻き込まれて、唯神は大怪我を負ってしまったのである。深い傷の治療に専念した結果、何ヶ月と入院生活が続いたがそれも終わり。

 温かい冬服のコートを羽織って、唯神は世話になった担当医と話をしていた。

 五月雨乙音さみだれおとね。天山市中央病院の受付前で、二人は向かい合っていた。

「ありがとう。おかげで人生を引き伸ばせた」

「怖いことを言わないでくれたまえ。まあしかし、あの傷は確かに深かったからね。今だから言うが、正直、もう手遅れかとヒヤヒヤしていたよ」

「気づけば病院に運ばれていた。まさに奇跡」

「奇跡だなんて言葉で納得するには無理があると思うが、とにかく生きてて良かったよ」

「ん」

 同感とでも言うように首を縦に振った唯神は、最後に大きく頭を下げた。

 改めて、もう一度言う。

「本当にありがとう。これで伊那を迎えに行ける。あの人も帰ってくれば、またいつも通りに過ごせる」

「……それ、なんだがね」

「? なに?」

 顔を背けた五月雨乙音は、実に言いにくそうな表情をしていた。

 しかし、もはや伝えるべきだ。入院していた頃の唯神には言えなかった。もしも『それ』を教えて、彼女が精神的ダメージでも負えば、後々の手術にも影響が出ると考えていたからだ。しかし、今の回復した彼女には告げなければならないだろう。

 家族を無くした唯神天奈にとって。

 残酷すぎる真実を。



「あの家に彼はいない」



 それだけだった。

 キッパリと言い切って、背を向けて立ち去る。

 詳しくは七色達に聞いてくれ、そう言い残して五月雨は消えていった。

 全国模試一位の成績を持つ唯神天奈にとって、その発言は理解できないものだった。頭がいいから。とにかく純粋な知能が高いから。尚更、理屈も何も分からない『解けるはずのない問題』に直面すると、頭の中が真っ白になる。

 知能が通じない現実には、頭の良い人間は何もできない。武器が使えないと、どうすれば良いか分からなくなる理論だ。

 だから。

 唯神は走り出した。知能が無駄になった現状から、もはや行動するしか方法はないからだ。病院の正面玄関を飛び出て、急いで七色寺へ直行する。

 再びの絶望が牙を剥く。

 また家族を失うことだけは、認められないのだ。


 


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