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本物の善と本物の悪とは
本物の善。
その姿かたちは鉈内翔縁という男を見れば分かるはずだ。彼が今回の戦いで手に入れたのは、どれだけ傲慢でも人を救う心。その人を助けて、その後はどうするかなど考える暇もなく、とにかく一心不乱に救う行動力だった。
語る必要はない。
鉈内翔縁という善人が、ただの本物だった。
ただそれだけである。
本物の悪。
彼はやはり悪だった。なにをどうしても善には染まれなかった。しかし、彼は確かに正しい悪を見つけたはずだ。大切な少女のために壁を壊し、血を流して傷だらけになっても、それでも悪らしく冷酷に残酷に救ってみせた。
同じく、語る必要はない。
夜来初三という悪人が、ただの本物だった。
ただそれだけである。
善も悪も『正しさ』はある。
だからこそ、今回の悪人話で分かったことは、『正しい悪』と『正しい善』はあるということ。それが善か悪かは別問題として、とにかく、悪として正しい答えと善として正しい答えがあるということだ。
それは。
善も悪も誇っていい、完璧な本物だったのだ。




