強制的な逃亡
「あいつ……っ!!」
鉈内翔縁は低い声で呻いた。
夜来初三に重い一撃をもらい、強引にヘリコプターに吹き飛ばされたのだ。その際の衝撃が凄まじく、機体を遠くに飛ばすことで浮遊機能を安定させた。
おかげで『天界の城』からは離れてしまった。
そして何より、
「悪いけど。全速力で逃げさせてもらったわ」
リーゼが言った。
なぜ急に撤退したか。その理由は単純だった。
「途中からフェニックスが急接近してくるのが見えた。あの城の近くにいたら、完全にこの機体は海に沈んでいたの」
現在、ヘリコプターは地上に着陸している状態だった。鉈内の傷の手当てや、長い間運転を行っていたリーゼの疲れも含めて、殺風景な雪原の上に止まって休息している。外に出ていた。簡易的な椅子に座って、鉈内は黒崎に介抱されている。
しかし、傷などの問題は鉈内本人が一番気にしていなかった。
城は消し飛び。
フェニックスも消滅した。
だが、肝心のあいつの安否が分からない。これでは世ノ華たちにどう説明しろと言うのだ。
「っ」
だが。
突如、そこで鉈内が歩き出した。彼の腕に包帯を巻いていた黒崎は、慌てて救急セットを落としそうになる。きちんと巻きつけられていない包帯を無視して、鉈内翔縁は愕然とする代物を発見する。
雪原だからこそ見つけられた。
全てが白い世界だからこそ、それは目立っていた。
鉈内は膝をつき、震える手で拾い上げた。
知っている。
これは大切なものだと知っている。
駆け寄ってきた黒崎が、何を拾ったのか尋ねてくる。
言えない。
何も言えない。
雪白千蘭と夜来初三を繋げるもの。
黒い髪留め。あの男が大切にしていた、かけがえのない宝物だったのだ。




