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破る気か 

 一方的な約束だ。

 しかし、そこで切り上げる。これ以上の時間は無駄だ。鉈内を軽々と持ち上げている夜来初三は、思い切り彼を投げ飛ばした。まるで野球ボールを投げるようにして、あっさりと大の男を投擲したのだ。

 その結果、扉が開いているヘリコプター内に男は突っ込む。ガゴンガゴン!! と、鉈内が投げ入れられた衝撃でヘリは多少揺れるが、離れた場所に機体を進ませながら安定する。次第にヘリは見えなくなっていき、本当の意味で夜来初三だけになる。

 人間一人を投げて脱出させる。

 普通の人間ならば不可能な行いだが、悪魔に憑かれた悪人ならば造作もない玉入れだった。

「……本当、クソうぜぇ野郎だ」

 吐き捨てた彼は、『天界の城』の城内へ戻っていく。

 アルスと戦った王室についた彼は、そこで手のひらをぎゅっと握られた感触を得る。左手を握られていた。小さな小さな幼い悪魔が、温めてくれるように手をつないでいた。

 かすかに鼻で笑った夜来は、隣に立つサタンに言った。

「何だ。気でも狂ったか?」

「……それは小僧だろう。無駄に悪役気取って小童を助けたくせに。小童の性格上、口で逃げろと言っても逃げないからな。ああいう方法が一番だったぞ」

「助けてねぇよ。ただ邪魔だっただけだ」

『天界の城』とフェニックスの始末は、アルスから教えられたことが本当なら簡単なことだった。いや、簡単で難しい方法。奴が言うには、フェニックスは『天界の城』で『天界の城』はフェニックスということらしい。

 つまり。

(フェニックスを呼び出している方法が、この『天界の城』って言ってたな。この城自体に術式ってのを組んでる。魔術の術式を『天界の城』そのものに組んで、フェニックスを生んだわけだから、この『天界の城』を破壊すればフェニックスも消える、だっけか)

 やはりただの城じゃなかった。この城はフェニックスの心臓であり、フェニックスを生むためだけに作られた城ということらしい。魔術というものに知識はない夜来なので、この城の何を操作すればフェニックスが消えるかは見当もつかない。

 故に、方法はただ一つ。

「壊す、のだろう? だから小童も逃がした。違うのか」

「ああ違うね。俺は邪魔だったから排除しただけだ。あんな奴の安否なんぞ知ったこっちゃねぇ」

「……小僧らしいな」

 最後の大仕事だ。

 これで全てが終わってくれる。

 ただし終わるのは本当に全てかもしれない。この城は視界には収まりきらない土地を持ち、城内だけでも果てしない規模を持つのだ。大陸をまるまる飲み込むほどの面積を誇る。すなわちそれは、言ってしまえば簡単なことで、このユーラシア大陸の空を覆うサイズの全てを破壊しなければならない。

 想像してみて欲しい。

 世界地図に浮かぶ六大陸。その中でも一番の大きさを誇るユーラシア大陸が、『地図から消える』ということを。それだけの破壊を成功させなくてはならない。実際にユーラシア大陸と同等の大きさを持つこの城と敷地は、壊すといっても非現実的すぎる相手だ。

『天界の城』とは国のようなものだ。

 巨大な土地の中に、大きな城が一つ立っているだけ。つまり城自体はそこまで大きくはないが、周りの土地が巨大すぎるのである。

 だから。

「死ぬよな、俺」

「ああ。きっと死ぬだろう」

 あっさりとサタンは認めた。

 これだけの破壊を成功させるには、サタンの力を全力で振るう必要がある。間違いない。きっと夜来初三の肉体が破壊の魔力に耐え切れず粉々になるか、夜来初三という人格がサタンに塗りつぶされて消失するか。

 いずれにしても。

 体も心も木っ端微塵になることは、決定事項になるはずだ。

「……なぁ。ちょっと、本音、漏らしていいか」

 彼はサタンの手を強く握った。

 どうしても、今の夜来初三は一人では戦えない状態だったのだ。

 そして、言った。

「死にたく、ないんだよ」

「……」

「ようやく、あの女に気持ちを伝えられた。それだけじゃない。俺は何か、今までは持っていなかった何かを、今は持っている気がする。それを無くすことになるのは、絶対に嫌だ。だからこそ、俺は死んでも死にたくねぇ」

「だが、ここで逃げたら不死鳥は野放しになる。あれは強大な怪物だ。蛇女も含めて、きっと地球は二日程度で消滅するだろう」

「ああ。だからやるしかない。いずれにしても俺は死ぬ、そういうことだ」

 声は震えていた。

 ようやく幸せの欠片を手に入れた夜来初三にとって、あの少女やあの日常から離れ離れになることは何よりも苦痛だったのだ。

 死にたくない。ああ、死にたくない。

 しかし、どうせ死ぬならば、せめてあの少女だけでも守ってみたい。

「……死にたく、ねぇな」

 生きたい。

 もう一度、生きて大切な少女に微笑んでみたい。冷たかった自分を、ここまで温めてくれた彼女に、もう一度だけ触れてみたい。あの白い体を抱きしめたい。そして、彼女に手を引かれて生きてみたい。

 もちろん。

 そんな願いは叶わない。

「いや。これはこれで当然か」

 笑った夜来初三は、改めて人生を振り返る。数々の暴虐を繰り返した。人から怖がられる自分に満足していた。そうやって自分を傷つけることで生きて、何もかもを壊すことで這い上がってきた。いや、沈んでいった。深い深い闇の世界に浸り、誰かの血をガブガブと飲んでいなくては生きていられない化物になった。

 ならば死ね。

 今ここで。

 幸せを手に入れたタイミングで。

 夜来初三は無様に死んで報いを受けろ。そうして地獄に落ちていけ。

 それは神様が悪人に落とす運命。

 つまり、

「天罰か。ようやく、報いを受けるのか」

 上を見上げる。

 そこには空があった。アルスとの戦いで天井は既に消し飛んでいて、城というよりは廃墟へと化している。そして、雄叫びが上がった。自分の心臓となる『天界の城』に夜来初三がいることに気づいたのか、遙か先の天空から雲を突き破って接近してくる不死鳥がいる。

 フェニックス。

 奴が最後の敵兵だ。

 あいつをこの城ごと壊せば、全てが終わって消滅する。夜来初三という人間が消える。その事実に唇を噛み締めた夜来初三だが、そこで大悪魔サタンがこう言った。

「小僧。約束しただろう」

 ぎゅっと、夜来初三の小指に自分の小指を重ねる。

 指きりげんまんだ。約束したことを約束する約束の儀式だ。ただし、これは大悪魔サタンと夜来初三の約束じゃない。

 一番最初に約束して。

 夜来初三が心から誓った、とある少女との約束だ。

「蛇女との約束、破る気か」

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