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あまりにも、ふざけている

 夜来初三の髪が黒くなっていく。

 白から黒へ戻り、髪の長さも以前のものへ変わっていく。長く伸びた爪は縮んでいき、その純白の肌や血のような赤い瞳も夜来初三の持つ色へ染まっていく。

 そうして。

 瞼をゆっくりと持ち上げて、夜来初三は覚醒した。全身が重い。傷口はふさがっているが、精神的なダメージは溜まったままなのだろう。彼はしばし動かなかった。目を開き、倒れた状態のまま、『天界の城』の王室内を静かに見渡す。

 だが。

 ついに、彼はアルスとの戦いを思い出し、

「っ!!」

 反射的に飛び起きた。

 彼の記憶に残っているのは、アルスに敗北した時のことだけ。

 だが、現実はあまりにも違いすぎた。

「……は?」

 そのアルスが血を流して転がっている。さらに周りを見渡せば、鉈内翔縁の姿もあった。あまりにも夜来の知っている状況と違う。そして何より重要なのは。

 アルスを。

 あの絶対的な王を。

 一体、誰がどうやって倒してしまった?

「小僧!! 戻ったのか!!」

「っ」

 背中に抱きつかれた感触が走る。

 夜来初三を肉体の主人格に戻した、大悪魔サタンが勢いよく抱擁を交わしてきたのだ。未だに呆然とする夜来だったが、何とか口を動かして、

「お前、大丈夫だったのか……? 確か、あいつに投げ飛ばされて、そんで……俺は……」

 ふと自分の胸に目を落とす。

 そこには、きちんと拍動を続ける心臓の音があった。

 なぜだ。自分は確かに、アルスに殺されたはずだ。

 どうして生きている。

「は、はは。やっと戻ったの? いや、マジで怖かったからやめてよね」

「……お前、まで」

 離れた場所に転がる、鉈内に驚きを隠せなかった夜来初三。

 そして倒れている者は彼だけでなく、

「なんだ。もう正気に戻ったのか」

 アルスが笑うように言った。

 回復によって立ち上がることはできるのか、フラフラと足を使って体を起こしている。

 そして、夜来は見た。

「っ!?」

 アルスの体に深く残っている傷を、見てしまった。内蔵や血管をまるごと断ち切って、右半身をほとんど一刀両断にしている傷口を。

 正気に戻った。

 アルスもそう言ってきた。

 鉈内やサタンも同じようなセリフを吐いてくる。くわえて、自分は先ほどまで精神世界に閉じ込められていた。

「……おれ、か……?」

 その結果。

 予想を立てれば単純なことだった。



「俺が、テメェをぶった斬ったのか……?」



 震えていた。

 怖がるように、夜来はアルスに尋ねていた。

 それも仕方ないことだ。自分はあのアルスを無意識にねじ伏せてしまった。それはつまり、とんでもない力を気づかない内に振るう化物ということになる。自分の知らない自分が、勝手に暴れてアルスという強敵をも踏み潰す。

 もはや。

 核爆弾と変わらない、ただの殺戮兵器じゃないか。

「……知るか」

 アルスは吐き捨てた。

 そして、さらに言い放つ。

「俺は貴様に負けた。それが貴様でなくとも、貴様の勝ちに変わりはない。だからさっさと殺せ。ああ、俺を殺したら『天界の城』やフェニックスをどうやって始末すればいいか分からないか。なら教えてやるから、さっさと貴様はこ―――」

「答え、ろ」

 乾いた喉が忌々しい。

 口内の水分は枯渇していて、声も弱々しいものだった。

 だが、それでも夜来は言う。

「答え、ろよ。俺が、お前を潰したのか……?」

 アルスは黙る。

 だが、お望み通り答えてやる。

「ああ」

「っ!! じゃ、じゃあ!!」

 夜来は横へ顔を向ける。

 そこには空が広がっていた。『天界の城』の半分がそこから先には消えていて、あまりにも異常な破壊の爪痕が残っている。

「こ、この城を半分吹き飛ばしたのも、俺なのか!?」

「そうだな」

「だ、だったらッ!! そこのチャラ男が血まみれなのも……!!」

「鉈内翔縁は俺が基本的に傷つけた。だが、最後の最後では貴様が喉を締め上げて殺そうとしたな」

「っ」

 一体、何がどうなっている。

 これはあまりにも異常だ。アルスを叩き潰すだけでも恐ろしいのに、それを夜来初三は無意識に行っている。この時点で体の震えは止まらないのに、さらには鉈内翔縁までも手にかけようとした。

「……ざ……けん、な……」

 ギリ、と奥歯を噛み締める。 

 そして、夜来初三は本気で堪忍袋を破裂させた。



「ふざけんなッ!! こんな形でテメェに勝って何の意味がある!!」


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