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ある化物と悪人の会話

「……何の用だ」

 夜来初三は呟いた。場所は白の荒野と黒の荒野だけが広がる、忌々しい精神世界だ。月は二つ浮かんでいる。気づけばここにいて、記憶が完全に途切れているため、アルスに敗北してからの状況はさっぱりだった。

 だが。

 夜来初三は意外にも、冷静さを保ったまま『そいつ』を睨む。

 自分でも不思議だった。この世界に来て平然としている自分に自分が驚嘆している。

 故に、『そいつ』はニタリと笑って尋ねた。

「ンだァ? ブルっちマって腰を抜かシてた頃の夜来クンじゃネェなァ?」 

「……」

「ハッ。無視かヨ。まァ、テメェに好かレようトは思ってネェから構わネェが」

 白い荒野に立っている悪は、黒い荒野に立つ夜来初三に邪悪な笑顔を向ける。対して、根本的なところで悪よりも邪悪な夜来初三は無表情な顔をしていた。

 口を開いて、もう一度言う。

「何の用だ。テメェと面ァ合わせるのは趣味じゃねぇ」

「ソりゃ俺様も同感ダな。ストレスで胃がキュルキュルいっちマう」

「なら言え」

 短く促すと、悪は笑顔を取り外した。

 面倒くさそうな表情へ変わって、用件とやらを告げる。

「次はネぇぞ。『あの野郎』が心臓を貸してイるかラ、てメェは何とカ生きてイる。だガもう代わリはない」

「……? あのやろう?」

 それ以上、悪は何も言わなかった。

 ただ彼は、最後まで退屈そうな顔でいて、



「初三。テメェの根本的な部分は既にテメェじゃネェんだヨ」



 その禍々しい声を聞いた直後。

 夜来初三の視界が歪み、何かに引きずり戻される感覚が走った。意識を失う夜来が見たのは、悪の狂気に染まった顔だけだ。

 そして消える。

 夜来初三の姿が一瞬で消失し、この精神世界から脱出したのだ。

「……あノ悪魔の仕業か」

 悪は呟く。

 そして、離れた場所に現れた『あの野郎』に目を向ける。

「ヨぉ。こレで良いンだろ?」

「……」

 奴は何も言わない。

 ただただ、悪の白い顔を見つめ続けていた。

「ハッ。そうイライラすンなよ。テメェがハゲても責任取らネぇぞ」

「……」

「はイはイ、分かっテるから安心しろ。俺はテメェの支配下だ。大人しく従うから睨むナ」

「……」

 何も言わずに歩いていく。

 黒い荒野の果てに向けて去っていく背中を、悪はいつまでも嘲笑しながら眺めていた。

 そして呟く。

「ッタく。やっぱ気に入らネぇ野郎だ」

 

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