神の王、悪の王、強者同士の激突
「なん、だ……あれ……?」
鉈内は呟いた。
王として君臨するアルスを吹き飛ばし、さらには片腕を切り落としてしまった夜来初三。その長すぎる白髪は異様だった。前髪から希に見える血のような赤い瞳は、サタンの魔眼とは違った恐怖。返り血で白い体を汚す彼は、あまりにも夜来初三という人間からかけ離れていた。
悪人だとか。
人間だとか。
生物だとか。
そういった次元じゃない。
新しい言葉を作る必要があるほどの、膨大すぎる力を持つ白だった。
(っつーか、どうやってゼウスの力を持つあいつを押してるんだ……? 普通、無理だろ。大悪魔サタンですら届かない領域に、神々の頂点に立つ領域に、あの男はいるんだぞ。なのに、一体なにをしたら……)
鉈内は背中を壁に預けていた。先ほどまでは床に倒れていたのだが、いつの間にか離れた壁際に吹き飛ばされていたのだ。それも当然だろう。刀を振って城の半分を吹き飛ばしたり、はるか先にある海をまとめて真っ二つにするような怪物同士の激突の影響は凄まじい。男一人など風圧で転がされて当たり前なのだ。
(っていうか)
夜来初三の背中を凝視する。
その白い肌の中に埋まっているだろう、生きるために必要な心臓は無くしたはずだ。確かに鉈内も見た。夜来初三が確実に死んだ瞬間を、彼はきちんと目撃した。
心臓を取られて。
それを踏み潰されたはずだ。
しかし、
(何で、心臓がある……? おかしいだろ。説明できねえだろ。都合のいいパワーアップ? いや、ありえねえよ。たとえサタンの力を持っていても、不死身ってわけじゃない。つまり……)
鉈内は確信する。
夜来初三の中には、まだ『何か』いるのだ。
(死んだら終わりだ。なのに、あいつは生き返ってる。マジで意味がわからない……)
異様な姿でアルスを圧倒する夜来初三。
その白い風貌は、化物や怪物といった言葉を踏み越えるほどの威圧感を宿す。
「夜来初三。いや、どこかの誰かさん」
言って、アルスが右手を広げる。
すると、直後に右掌からバチバチと火花が上がっていく。科学では発生させられないほどの量と熱を持つその電撃は、激しく四方八方へ飛び散りながらも次第に形を作っていった。
出来上がったのは『槍』だった。
一本の、宇宙すらも破壊できる雷で構成された『槍』だった。
「当たれよ。外れれば『地球の半分は消える』からな」
鉈内の顔が青ざめる。
奴は本気を出すと言った。冗談でも何でもない、神話にえがかれている通りの『世界を終わらす力』を振るう気なのだ。ハッタリじゃない。世界を救う目的があるため、ほどほどに出力は抑えているようだが、それでも地球の半分を削ぎとる一撃を放つ気だ。
槍を構える。
間違いない。投擲するつもりだ。
「地球が半円形になるが、まあ仕方ないだろう。安い犠牲だ」
動けない鉈内には何もできない。
そして、アルスの本気を喰らえば今の夜来初三だって吹き飛ぶはずだ。あいつはゼウスの力を使う。今までは『壊しすぎる』から力を抑えて戦っていただけで、今はそのリスクを放り投げてでも夜来を抹消する考えなのだ。
全てを破壊する力。
もはや勝てるわけがない。惑星の半分は粉々になることは確実だ。
アルスは無情にも槍を後ろへ引き、その神の雷で構成された爆弾を投擲しようとする。
しかし、
投擲の瞬間。
突如、アルスの前に現れた夜来初三が、惑星を壊す槍を片手で握りしめてきた。
素手だ。
しかも、片手でゼウスの雷を抑えつけている。
「―――っ!?」
これにはアルスも驚きを隠せなかった。至近距離で視線を交差させる二人だが、さらに驚愕の現象が炸裂した。壊れたのだ。神々の王に君臨するゼウスの雷、その力を凝縮させて作った雷の槍を夜来初三が握り潰した。
結果。
バドォォォォォォォォォォォォォォォッッ!! という轟音が炸裂した。槍に込められていた強大なエネルギーが一気に霧散し、周囲一体に凄まじい風を巻き起こしたのだ。
「……ばか、な」
あのアルスが、呆然と立ち尽くしていた。
それほどまでに、夜来初三は圧倒的な強さを見せつけていたからだ。まさか、ゼウスの雷を片手で握り消すとは予想外だった。それは鉈内も同じだ。彼もまた、唖然とした顔で夜来初三の後ろ姿を眺めている。
そして。
忘れてはいけない。夜来初三の右手には白い刀があることを。
「っ」
我を取り戻したアルスだったが、その時には既に遅かった。
彼は見た。
確かに、見てしまった。
目と鼻の先に君臨する男の白い前髪から見えたのは、血よりも殺意よりも濃い深紅の瞳。
思わず、笑ってしまった。
(……恐ろしい、強者だな)
こいつは。
神々の王・ゼウスでさえ届かない、最悪の『悪の王』だということに。
直後のことだった。
ズシャ!! と、愕然としていたアルスに刃が振り下ろされた。
右半身を完璧に斬り捨てた一撃は、あまりにも深く膨大な血が飛び散った。
全知全能の神・ゼウスに憑かれた王は崩れ落ちる。
神々の王として君臨する強者を、悪の王として君臨する強者が叩き潰した光景だった。
無様に。
滑稽に。
無残に。
王・アルスは薄く笑いながら倒れこんでいく。




