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死の接近  

 フラフラと立ち上がった鉈内は、今度こそ、はっきりと王に言い放つ。

「全知全能の神・ゼウス。天空神と呼ばれる怪物で、神々のトップに立つ最強の神だ。一番の力は雷。宇宙を破壊できる力は、神話の中でも最強と評価されているよね」

「……」

「その力は、きっと本当に最強なんだろう。悪魔の神でさえ届かない領域に立つなら、やっぱりゼウスクラスの化物の力を使って当然か」

「貴様が頭脳派タイプだとは思わなかった。謎解きが得意なようで感心するぞ」

 それで、とアルスは付け足した。

「俺に勝てる勝算があるのか? ゼウスの力をよく知る貴様が、まさか無謀にも挑んでくるのか?」

「話をごまかすな。僕が聞きたいことくらい、あんたなら分かるはずだろう」

「……」

 黙ったアルスに、鉈内は告げる。

「『呪い』にかかっているってことは、君も『悪人』なんだろう。今までの人生の中で、ゼウスと同じ悪を背負う何かがあったんだろう。……何があった? 本当に世界を壊すような真似をするほど、君とゼウスには何かがあった。違うか」

「説得で俺を屈服させる気か。弱者の考えは理解できないな」

「説得なんてしないよ。あれだけ世ノ華や他のみんなを傷つけて、まさか僕がただで許すとでも? 一発も殴らないで終わらすとでも?」

「はは、俺を殴ることは前提か。神々の王に君臨する俺の顔を、ただの人間風情が殴り飛ばすと」 

「文句があるのか」

「ないな。ただ最高にムカついた」

 次の瞬間。

 ゴガッッ!! という轟音が炸裂した。鉈内の体が勢いよく飛び、空中で三回転して床に落ちた音だった。風圧。すなわち風の操作だろう。天を操る天空神の力ならば、容易に起こせる現象だった。

 血を吐き出して咳き込む鉈内だが、さらに暴力が襲いかかる。

「―――っご!?」

 脇腹に靴底が突き刺さってきた。いつの間にか移動していたアルスが、鉈内を笑顔で蹴り飛ばした。少しの休息も得られないまま、ゴロゴロと転がっていく鉈内をまた蹴り飛ばす。頭を踏み潰し、杭を打ち込むように全身を蹴る。

 連続して炸裂する衝撃に、思わず鉈内の口から血が吹き出した。

 しかし、

「飛べ」

 無慈悲な声が聞こえた。

 そして、鉈内の顔を鷲掴みしたアルスは、思い切り壁に向けて放り投げてやった。大の男が野球ボールのように宙を舞い、轟音を上げて激突する。ついに内蔵の一つをダメにしたのか、口から盛大な量の吐血が飛び散る。

 さらに。

 倒れた鉈内は、ピクピクと小刻みに痙攣して意識を落としかけていた。

「その程度だ。自分の弱さを自覚しろ」

 なぜか鉈内を殺さないアルスは、面倒くさそうに溜め息を吐く。

 そして己の髪をガシガシとかくと、

「良かったな。俺は貴様を殺さない」

 驚愕の言葉を投げつけてきた。

 呼吸をするだけで精一杯の鉈内だが、それでも無理に口を動かす。

「なん……でっ……」

「もう誰も殺す必要がないからだ。計画はいつでも遂行できる。俺がサタンを使えば終わりだ。もうそれだけで世界を弄れる。つまり、もう俺の目的は果たされたも同然なんだよ。貴様とした約束は、俺の邪魔になるようなら殺すという意味だ。つまり貴様は生かしてやっても構わない」

 助かった、とは思えない。

 これでは前回の一戦と同じだ。鉈内はまた情けをかけられて生き延びる。

 


 まただ。

 鉈内翔縁は、今回も負けて何だかんだ生き残ってしまう。



 ふざけるな。

 これはあまりにも舐めている。また同じように助かる自分は、どうしても許せなかった。ここで無様に這いつくばって、アルスの計画とやらを成功させてしまい、世界をグチャグチャにされて身内一人守れずに『生き残る』のだ。

「……それは、嫌だなぁ……」

 そんな生き方だけは絶対に嫌だった。

 故に、鉈内翔縁は出血が激しい体をフラフラと起こす。

 血を吐く。

 視界が歪んで意識が落ちそうになる。

 それでも、彼は立ち上がった。

「何の真似だ」

 アルスの声が低くなる。

 せっかく見逃してやるのに、なぜか立ち向かってくる鉈内を睨んだ。

「自分から死ぬのか。そういう道を選ぶのか」

「……だせぇ真似は、嫌いなんだよ」

 もはや立つだけでやっとの鉈内は、薄く笑って言葉を返す。もはや呆れた。その馬鹿っぷりに溜め息をこぼしたアルスは、冷たく言い放つ。

「分かった。じゃあ死ね」

「っ」

 ゴバァァァァァァァァァァァァッッ!! という轟音が鳴り響く。床や天井が消し飛ぶほどの風圧が発生し、鉈内の体を二十メートルは叩き上げた音だった。そのまま重力に従って落下する。ただの人間の鉈内にとって、それだけの高さから落下することは死に沈む可能性がある。

 故に。

 グシャ!! と、背中から床に落ちたことで肉が崩壊する感触が伝わった。

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