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魔は腐ち、王は君臨し、光は見る

 ゼウスとは、ギリシア神話の主神たる全知全能の存在だ。

 全宇宙や天候を支配し、神々の中でも最強といわれる。人類と神々双方の秩序を守護する天空神であり、オリュンポス十二神をはじめとする神々の王でもある。全宇宙を破壊できるほど強力な雷を武器とし、多神教の中にあっても唯一神的な性格を帯びるほどに絶対的で強大な力を持つ。

 アルスの多種多様な力。

 あれは全て天を支配する力を持つからである。カナダの街での一戦では、雪を使った大規模な攻撃を仕掛けてきた。あれは天候の内の一つ、雨や雪を操ることができるからである。他にも炎の竜巻を巻き起こしていたり爆発現象を発生させていたが、あれは実際のところ『火』ではない。

 なぜならゼウスとは『火』を司ってはいないからだ。

 では、なぜ炎の一撃を繰り出してきたか。

 その答えは簡単。

 水蒸気爆発だ。

 水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のことである。雷と水、二つの天候の力を操って、水に強い雷を含ませることで爆発現象を炸裂させていたのだ。炎を生み出したのは、地中深くのマグマを電気を使って『引き寄せた』からである。

 もちろん、通常の電力では不可能なことだ。

 しかし。

 ゼウスの持つ最強の力とは雷である。それは人間が生み出した『科学』という言葉では片付けられない領域だ。宇宙すらも破壊できると言われる電力を使い、地中の火や熱に電気を流し込み、それを圧倒的な力を用いて引きずり出す。

 こういう、ありえない理論から火も使いこなしていた。

「化物、すぎるだろ」

 声が震える。

 神々の中でも頂点に立つ力を、あの男は所有しているのだ。

 だが、

「……いいや。だから何だ」

 声に力が戻る。

 もう鉈内は怯えない。生きたいなら戦って勝て。守りたいものがあるなら戦って勝て。ここで奴に立ち向かわずに、尻尾を巻いて逃げ出すことは、鉈内が思う『本物の善』に反する行為だ。

(逃げない)

 だから進む。

 天空に浮かぶ広大な西洋風の城の敷地を、とにかく突き進んでみせる。

(無様に逃げるくらいなら、カッコよく死んだほうがマシだ)

 決意を胸にしまって。

 右手に夜刀を握りしめて、城内へ乗り込んでいく。内部は迷路のように入り組んでいた。お姫様でも住んでいそうな城内は、あまりにも広く体力を消耗する。しかも敵陣の中だ。いつ奇襲されるか分からない不安が、鉈内の精神を徐々にすり減らしていく。

 ちくしょう、と思わず呟く。 

 これでは時間が減っていくだけで、何も生産されることはない。

 だが。

「っ!?」

 呼吸を乱していた鉈内の耳に、それは聞こえた。

 ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!! という盛大な爆発音。まるで戦争でも起きているような、命の奪い合いをしているような激しい轟音の連鎖が続いた。近い。鼓膜がビリビリと震える破壊音は、しばらく続いてから鳴り止む。

「僕以外に、誰かいる……?」

 疑問を持ったが、とにかく音のした方へ走りだした。途中で道に迷いそうになったが、広間のような場所へたどり着く。そこには一つの部屋があった。たった一つだけの扉が設置されていて、そこから鉄臭い異臭が漂ってくる。

 ここだ。

 間違いない。

「……っ」

 生唾を飲んで。

 鉈内は勢いよく部屋の中へ突撃した。蹴り破るように扉を壊して、すぐに斬りかかれるように夜刀を構える。

 そして。

 その部屋で待ち構えていたのは。

 夜来初三の首を絞めあげて、今にも止めを刺そうとしているアルスだった。

 鉈内は固まった。

 意味のわからない状況を目の当たりにして、思わず戦闘の意思さえも失った。

「……お。何だ奇遇だな。これで兄弟がそろったじゃないか」

 楽しそうに笑うアルス。

 離れた場所では、あの大悪魔サタンも無様に転がっていた。

「善人の兄に悪人の弟か。一応は兄弟関係にある貴様らだが、本当に血が繋がっていないことが分かる。白と黒に分別されていて、非常にわかりやすいぞ」

「な、に……を……」

「ああ鉈内翔縁。面白いものを見せてやる。くははッ!! 観覧料はゼロだから安心しろ。笑いすぎて頭のネジを吹っ飛ばすなよ? 最高のショーだ、期間限定の特別ショーを見せてやる」

 アルスが夜来の胸に右手を突きつける。

 それだけだった。



 ズンッッッ!! という肉を貫いた音が鳴り。

 アルスが夜来初三の胸に手を刺しこんで、本当の意味で心臓をもぎ取ったのだ。



 反応できなかった。

 人間の心臓を見ること自体が初めてであるし、何より、そのグロテスクな臓器は本来見れるものじゃなかったのだ。見てはいけないものなのだ。それが見えてしまうということは、必然的に夜来初三の胸に生きるための核が消えたことを決定づける。

「やる。もうそれはいらん」

 アルスが死体を投げ飛ばす。その血なまぐさい少年の形をした肉は、ゴロゴロと無造作に転がって鉈内の足元で止まる。指先一つ動かない。もちろんそれで当然なのだ。心臓を持たない生物は、なんであろうと死へ落ちる。

「……………………………………………………………あ」

 もう、これは無理だ。

 サタンが彼から離れて倒れているのだから、『呪い』による高い回復力で助かることもできない。心臓がないのだからどうしようもない。そして死んでいる。鉈内が見下ろしている少年は、もう、既に息絶えている。

 死んだら。

 もう、そこで終わってしまうのだから。

「はは、いやいや楽しかった。爽快感が素晴らしいぞ」

 アルスの笑い声だけが響く。だが、王は徹底していた。鉈内に些細な希望も持たせないために、悪人が死んだ証拠を作ってやったのだ。

 


 持っていた夜来初三の心臓を投げ捨てる。

 グチャリ、と空き缶でも潰すような調子で無操作に踏み潰してやる。



 これで決定した。

 もはや変えられない運命が。

「ちっぽけな心臓だ」

 王は呟く。

 そして、呆然と戦意喪失している鉈内に笑顔を見せた。

「警戒対象の夜来初三は殺害。この戦争、もはや俺に負けはないな」

 そんな声は届いていなかった。

 鉈内翔縁は、ただ目の前で起きた男の死に立ち尽くしていただけだった。




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