羅刹鬼と願い
額には角があった。灰色の禍々しい角。そこは鬼の特徴そのものであるが、意外にも、他は全体的にスラッとした体型だった。細身で背が高い。額に三つ目の眼を持つ、闇のような黒一色の肌をした男の鬼がそこにはいた。
漆黒の肌や額にある眼は恐ろしさを感じるが、予想に反して巨大な鬼といった感じではない。
しかし鉈内は甘く見ない。
先ほどの暴走していた世ノ華を超えるほどの、怪物の中でも最強と評価される力を、目の前に君臨した羅刹鬼は宿しているのだから。
喉が渇く。
口内の水分が一気に霧散する。
それでも、生唾を飲み込んでから言い放つ。
「……ご用件はなにかな、鬼さん」
対して。
その闇色の鬼はゆっくりと口を開き、
「すまなかった」
小さく頭を下げた。
思わぬ反応に、鉈内は目を見開く。
しかし、羅刹鬼は苦々しい顔をしたまま、はっきりとした声で話しだした。
「世ノ華雪花、すなわち我の主の暴走を食い止められなかった。深く反省している」
「……おかしいな。君は『滅亡させる』っていう悪の怪物だ。世ノ華が周囲を滅亡させることを望んでいる、ってわけじゃないの?」
鉈内の質問に、羅刹鬼は眉を潜める。
まるで若干のイラつきを覚えたような顔になった。
「我とて滅亡させる相手は選ぶ。そして何より、我は主を滅亡させる気はない」
「? どういうこと?」
意味のわからない発言に、鉈内は首を軽くかしげる。
だからなのか、羅刹鬼は分かりやすくまとめて自分の『悪』を語りだした。
「主を滅亡させないために、我は主に滅亡させる力を貸していた。世ノ華雪花を二度と滅亡させないために、世ノ華雪花を滅亡させるかもしれない相手を滅亡させたい。それこそが、具体的な我の悪だ。……うぬらを殺せば、主は再び滅亡することになる。だからこそ、今回の主の暴走は、我こそが止めなければならないものだった」
鉈内は息を呑む。
今の今まで、『滅亡させる』という意味を間違って理解していた。世ノ華が滅亡しないために、世ノ華を傷つけるような存在を滅亡させる。滅亡させる、という言葉の意味をきちんと把握できていなかった。
滅亡させる悪とは。
世ノ華を滅亡させないために、世ノ華の敵を滅亡させるという意味の悪なのだ。
それならば。
滅亡させる、という邪悪に見える悪も『良い悪』に認識できるかもしれない。
「本当にすまない。回復した我の力を、主がいきなり全開で使用した結果、理性をなくして暴れまわってしまったのだ。これは我の注意不足が原因でもある」
鉈内は押し黙る。
別に羅刹鬼が悪いわけではない。
世ノ華をあれだけ壊した原因は、全て『エンジェル』という謎の組織のせいだ。
(……ちょっとだけ、ほっとしたな)
羅刹鬼という存在に初めて出会い、こういう形で言葉を交わした鉈内は、鬼というイメージとは違った世ノ華のことを大切にしている怪物に笑みを漏らす。いいや、これで当然なのだ。怪物は悪人を大切にすることは、『悪人祓い』ならば誰もが知っている。
世ノ華雪花の味方は、ちゃんとここにもいた。
羅刹鬼という怪物は、きちんと世ノ華を守ってくれていた。
だから、
「もう、いいよ。君みたいな人がいて、世ノ華も救われているから」
鉈内は優しく微笑んだ。
視線を上げた羅刹鬼は、コクリと頷いて口を開く。
「主のためにも我は戻る。だからこれだけ言わせてもらおう」
徐々に体が消えていく。まるで煙になっていくように、鬼は徐々に人間界から去っていく。
だがしかし。最後に、彼はこう言い残した。
「主を頼むぞ。うぬらといれば、我の主は二度と滅亡しないからな」
嬉しいことを言ってくれる。
大きく首を縦に振った鉈内は、世ノ華の体に戻っていった羅刹鬼を見送った。きちんと紋様が額に浮かび上がる。一度だけ羅刹鬼が離れてくれたからなのか、世ノ華の全身を禍々しい紋様が覆うことはなかった。
「……頼む、ね。もう世ノ華は、あのクソ野郎に救われてると思うけど」
苦笑して、振り返った。
そこには唖然としている黒崎燐とシャリィ・レインの顔があった。
「よ、よよよよよよく話せましたね鉈内さん!! あ、あんな化物みたいな怪物と!!」
「いや、それ意味かぶってるよ」
「わ、私、やっぱり先に帰って寝てていいか? もうなんか怖い。子供と戯れておままごとしていたいんだが」
「ここまで来ておいて即効帰宅!? 何かダメじゃね!?」
一難去ったというとこだろう。世ノ華雪花の傷を治すことも必要だし、まだまだ仕事はたくさんあった。しかし、やはり休息が欲しい。思わず気を抜いて腰を雪原につけた鉈内だったが、ふと、頭上からヘリコプターの音が聞こえてきた。
見上げてみる。
そこには知っている女性の顔があった。
「リーゼさん……?」
あの怪しげな組織の奴らのヘリコプターじゃない。リーゼ・フロリアが管理するヘリコプターが、離れた場所に着陸したのだ。上岡、とかいう怪しい男が指揮っていた組織の姿はどこにもない。
いや、あまり関わりたくない奴らなので、いないならばいないでいいのだが。
「よ、ようやく見つけたわよ」
機内から出て、近寄って来た彼女は呟いた。
さらに額の汗を拭って、
「いきなりヘリが吹き飛んで、気づけば一人で雪の上に転がって、自力で近場のアジトまで戻って自分のヘリを飛ばしたのよ。ふ、ふざけないで欲しいわ、本当……!!」
よほど怒っているようで、彼女は重い溜め息をこぼす。
すると、リーゼは黒崎とシャリィに視線を移して、
「あら。もうこちらへ来ていたの? 行動が早くて助かるわね」
「え、ええ。出動命令がいきなり出たんです。何でも、アジトの一つが襲撃されたから救助に向かえって。おそらく、それが世ノ華さんが休んでいたアジトだったんでしょうけど」
「あ、ああなるほどね。どうりで燐ちゃん達と僕は巡り会えたわけだ」
とにもかくにも。
ようやく再会できた。その嬉しさは腹の底からこみ上げてくるのだが、どうしても、鉈内はその幸せに大人しく甘えることは出来ない。
なぜならば。
「リーゼさん」
「……? 何かしら?」
首を傾げるリーゼに、鉈内は言った。
「天空に浮かぶ城に連れてってください。ヘリコプターなら楽勝でしょう? それと、世ノ華も保護して治療してください。僕が戻るまでよろしくお願いします」
「いいけれど……。あの城に、一人で行くの? 危険すぎるわ。私も同行したほうがいいんじゃ」
「それじゃ世ノ華をヘリコプターに乗せて運んでくれる運転手がいません。燐ちゃんに頼んでもいいですが、燐ちゃんは燐ちゃんでシャリィちゃんのこととか、他の仲間のこととか、どうせいろいろ仕事があるんでしょう? だったら僕が行きます。それに―――」
鉈内は『天界の城』を見上げた。
そして、呟いた。
「あれは僕が引き受けますよ。何だか、そんな気がしてなりませんからね」




