おでまし
「……あ?」
かすれた声が出た。
呆然とする鉈内は、血を湧水のように吐き出している世ノ華雪花を見つめ続ける。彼女が倒れている雪原は、徐々に全体が赤く変色していく。かき氷にシロップがかかるように、少女の体から飛び出てくる血が雪へ染み込んでいく。
ピクピクと痙攣して、瞳の色を失っていく世ノ華雪花。時たま固形物のようになった血の塊を吐き出して、撃たれたことで血が漏れてくる右足をブルッと震えさせている。
あまりにも。
その光景は、残酷で悲惨な酷い死体現場そのものだった。
「ま、さか」
鉈内は気づく。
よく考えればすぐに分かることを知る。
『呪い』の侵食。
怪物の力を使うことに比例して、使用者が怪物に染まってしまうことを表す現象。
そもそも無理があったのだ。あれだけの超破壊を繰り返し、呪いにほぼ完全に侵食された状態で鉈内たちと戦ったのだから、もはや世ノ華雪花の肉体が悲鳴を上げていた。呪いの侵食は肉体的・精神的な痛みやダメージを背負う。ならば分かる通り、『羅刹鬼の呪い』に染まりすぎた世ノ華の体が、内側から壊れていくことは理解できるはずだ。
なぜ気づかなかった。
なぜ気づいてあげられなかった。
「世ノ、華」
世ノ華雪花が一番つらくて。
誰よりも怖くて滅亡していたというのに、鉈内はなぜ彼女のピンチに気づかなかった。
自分たちのことで精一杯だった。自分の恐怖心を埋めることで必死だった。どれだけ世ノ華が怯えていたかに、どれだけ呪いの影響で苦しんでいたかに、鉈内は気づくことができなかった。刀を握り締める。爪を割る勢いで、夜刀をギチギチと圧迫する。
こんな刀、いらなかった。
彼女を傷つけるような道具など、もう必要なかった。
直後。
歯を食いしばって駆け出した。
全力で倒れている世ノ華のもとへ向かい、華奢な彼女の体を抱き起こす。痛々しかった。見てみればいたるところの皮膚が裂けて、体内から血液が漏れるように出血していた。
「よの、はな」
ここまで傷ついていたのに。
それを鉈内は分かってやれなかった。
「っ、世ノ華ァァああああああああああああああああああああッ!!」
意識を失っている彼女を、思わず抱きしめていた。背中に腕を回して体温を感じる。冷たかった。生きているのか疑うほど、その氷のように冷たい肌に鉈内は顔を青ざめる。
「つらかった、よね」
声が震える。
大粒の涙を流しながら、鉈内は世ノ華のことを包むように抱き寄せる。
「つらくて、悲しくて、苦しくて、どうしようも、なかったよね……!! 親なんて生まれた時にはいなくて、ようやく手に入れた家庭は最悪で、唯一信頼してた兄も、目の前で殺されて……もう、そりゃ、滅亡するに決まってるよね……どうしようもなくなって当然、だよ……ッ!!」
世ノ華雪花は滅亡を司る悪人だ。ただしそれは、滅亡させるだけじゃなく滅亡したことも意味する。親の温かみも知らず孤児院で育ち、ようやく引き取ってくれた家庭では残酷な虐待を受けて、大好きだった兄と一時は壁を作ったが、ようやく仲直りできると思った矢先に兄をぶち殺された。
あまりにも。
この少女の人生は、始まった時から悲惨すぎるものだった。
「もう、大丈夫、だから」
鉈内は顔をグシャグシャにして泣いていた。さらには嗚咽まじりの声だった。彼女のことを思ったら、勝手に涙が溢れてくるのだ。
しかし。
それでも、世ノ華をぎゅっと抱きしめて言った。
「もう、大丈夫だよ。一人じゃないから。ちゃんと、少なくともここに、僕はいるから」
その声が届いていないことは知っている。今の世ノ華は心臓を動かすだけでやっとなのだ。だけど鉈内は構わなかった。世ノ華雪花という可哀想な少女を考えるだけで、胸が張り裂けそうな痛みを感じる。とにかく彼女を安心させてやりたい一心のみで行動していた。
「鉈内、さん?」
背後から足音が聞こえた。
突然の事態に呆然としている、黒崎とシャリィの二人だった。鉈内は袖で涙をふく。顔を真っ赤にして、目を腫らして、男のくせに号泣してしまったから、どうせ泣いたことはバレるが仕方ない。とにかく黒崎に世ノ華を預けて、すぐに応急処置をしてもらおうと考えた。
だが。
唐突に。
世ノ華雪花の全身に広がっていた紋様が、徐々に薄くなっていき消えてしまった。
「っ!?」
思考が切り替わる。
世ノ華のことから、彼女が宿す怪物に意識が向く。
呪いを表す紋様が消えた。
つまりそれは、世ノ華雪花の体から鬼が出て行ったということ。
ではどこに行く。
鬼は一体、どこへ行った。
その答えは単純明快。
なぜならば、
目の前の雪原に。
完全回復した羅刹鬼という怪物が現れたからだ。




