希望の光
世ノ華雪花の額にある目が動いた。
ギョロリ、と禍々しい瞳は鉈内達をロックオンする。それが意味するものは蹂躙開始の合図だった。瞬間、右手に握る全長三メートルを超える金棒を無造作に振り下ろした。
ただし移動はしない。
鉈内たちから百メートルほど離れた場所で、ただ自分の足元に叩きつけた。
その結果。
バドォォォォォォォォォッッッ!! という轟音が炸裂する。再び雪原が真っ二つに裂けて、金棒を振り下ろした場所から先の地面が崩壊したのだ。クッキーにフォークを突き刺したように、あっさりと大地は崩れていってしまう。
しかし。
「っ!!」
咄嗟に黒崎が鉈内とシャリィの前に飛び出て、御札を取り出して呪文を唱える。投げられた御札は激しく発光した後、鉈内達を中心に半径十メートルほどの範囲を包むように光を放った。おそらくはドーム状の盾なのだろう。光の膜に覆われた場所だけは、崩壊も破壊もせずにすみ、九死に一生を得る。
だが。
もたもたする時間はない。助かった、と安堵の息を吐く暇もない。
すぐに行動を開始する。
「燐ちゃんは術を使えるから、とにかくシャリィちゃんの護衛を中心にお願い!! 後は僕の援護を頼む!! 遠距離攻撃でサポートしてくれると助かるから!!」
「っ、それじゃ鉈内さんは!?」
「そんなの決まってるじゃん」
右手に夜刀を握りしめて。
同時に、自信満々の表情と共に宣言する。
「カッコよく戦うヒーローポジションだよ!!」
黒崎やシャリィに制止させられる前に、勢いよく鉈内は走り出した。世ノ華の一撃のおかげで、雪原はグニャグニャと歪んだ地形に変化させられている。足場は非常に悪い。しかしバランスをうまく保って、さらに走る速度を上げる鉈内に恐怖心は皆無。
いつもの調子を取り戻せた。
鉈内翔縁は鉈内翔縁なりのやり方で戦う。
(大丈夫だ。僕だって無謀な戦いに挑んで死ぬ気は毛頭ない)
勝算がある。
いや、正確にはやりようで勝てる相手なのだ。
(あくまで世ノ華の力は『筋力』に過ぎない。直接的な打撃や移動に関しては、腕力や脚力といった『筋力』を使うから厄介だ。だけど、よく考えろ。所詮は『筋力』なんだぜ? だったら別に、どっかのチンピラヤクザみたいな『あらゆる攻撃が通じない』わけじゃない。つまり僕の刀は、世ノ華の身体を切れる!!)
その通りだ。
確かに世ノ華の拳を一発でも喰らえば身体は吹き飛ぶ。生存率はゼロだろう。だがしかし、世ノ華に攻撃が通じないわけではない。どれだけ身体を鍛えたプロレスラーでも、純粋な日本刀を振り下ろされたら血を流す。それと同じ道理だ。
一気に世ノ華の懐に入る。
峰打ちにした夜刀を振り上げて、戦闘不能に追い込むために彼女の首筋へ叩き落とす。
しかし、
その一撃は当たらなかった。
鬼の脚力を駆使した世ノ華雪花が、爆発的な速度で鉈内の背後へ回ったからだ。
ゴバッッ!! と、辺りの雪が盛大に吹き飛ぶ。ただ鉈内の背後へ移動するのに、音速以上の高速移動を行ったからだろう。その驚異のスピードから発生する風圧が、雪や空気をなぎ払ったのだ。
そして。
血の気が引いた鉈内は、本能的に真横へ転がった。
直後。
先ほどまで鉈内の頭があった位置を、漆黒の金棒が信じられない速さで通過していった。鉈内が何とか回避していた故に、その攻撃は空振りに終わる。
そう。
空振りになった金棒は、前方に広がる雪を滅茶苦茶に吹き飛ばして地面に亀裂を走らせていた。華奢な少女の片手の筋力とは思えるわけがない。それは災害だ。あっという間に地面を再び裂いた一撃は、当たっていれば即死だということを示している。
しかし。
そこで、予想外の事態が起きた。
バン!! という大きな銃声が炸裂し、世ノ華の右足に弾丸が貫通したのだ。
「っ!?」
驚いた鉈内が目をやってみると、そこには黒崎が作っている防御結界の中から、拳銃を構えているシャリィ・レインがいた。最高の役割分担だな、と鉈内は思う。黒崎が世ノ華の攻撃を防御し、その中でシャリィが狙撃を行う。攻撃係と防御係に別れることで、お互いが全力で戦える。
くわえて。
いい収穫を得ることができた。
(やっぱりな)
右足を撃たれたことで、身体の動きを止めた世ノ華雪花。
その隙をついて、瞬時に鉈内は距離を取る。
(弾丸が簡単に貫通した。ならやっぱり、世ノ華は力が凄いってだけで防御系の能力はなしだね。これなら、間違いなくいける!! 僕が世ノ華の注意を引きつけて、その間に、シャリィちゃんの安全圏からの狙撃があれば無力化できる!!)
もちろん確実に勝てるわけじゃない。
今の世ノ華雪花は正気を失っているから助かっているが、もしも彼女がここら一体の地上を根元から破壊すれば、逃げ場や足場がなくなり最終的には奈落の底へ落ちることになる。だが勝てないわけじゃない。それは世ノ華雪花に弾丸が通じることで証明されている。
(まだまだやれる。いいぞ、いける。これなら勝てる!! 最悪、足の一本でも深く斬って動きを止めるしかないけど、まだやれることはあ―――)
だが。
希望を手にしたことで、少し笑みを浮かべた鉈内は見た。
いきなり。
ありえないほどの血を世ノ華が吐き出して、無造作に雪原へ倒れた姿を。




