こういう結末
「気づけ。もう、気づけ。お主の部下は、お主は、人間らしい心を持っているじゃろうが」
「……こいつは勝手に私をかばった。その無謀な行為に何の意味がある」
「―――意味なら既にあるじゃろうが」
七色夕那は声を低くして言った。
悪人気取りの馬鹿な息子に、大事なことを気づかせてやる。
「お主を守るために、そやつは儂の一撃を喰らった。それだけで十分じゃろうが。感謝している人を守るために、そやつはお主を命懸けでかばった。もうそこに意味なら出来上がっているじゃろうが。そして時雨……いや、ザクロだったかのう。ザクロという男は、命懸けで部下が庇うほどの価値があったということじゃ。なあ時雨、お主はそやつに何をしてやったんじゃ? そこまで尽くしてくれるほど、そやつはお主に感謝しているんじゃろう」
何もしていない。
ザクロはただ、呪いに苦しんでいた伊吹連という男を『悪人祓い』として過去に救っただけだ。ただそれだけで完結している。命をかけて助けてもらえるほどの理由など、ザクロは別に持ち合わせていないのだ。
しかし。
そこに気づかないザクロに、七色は呆れてしまっていた。
「お主は救ったんじゃろうが。傷ついている人を見て、きちんとお主は救ったんじゃろうが。だからそこの男はお主に感謝して、命をかけてでもお主を守ったんじゃろうが」
救った。
その言葉に、ザクロは思わず眉を潜める。
「なにを、言ってるんですか? 私はこいつを『悪人祓い』として救ったに過ぎない。そこに善心など働いていないんですよ」
「あれれ? お主はさっきの発言を撤回する気か? 儂だけ救うみたいなマザコン宣言しておいて、お主は『悪人祓い』として『呪いに苦しむ人を救い続けてきた』んじゃろうが。それって、言ってることとやってることが矛盾しているじゃろうが」
「っ」
「ほーら図星じゃ。結局はその程度なんじゃよ。呪いに苦しむ人を救うため、お主はいつまでも『悪人祓い』として動いていた。もうこの時点で、お主は『悪人もどき』なんじゃよ。きちんと人を救う心がある、ただの人間なんじゃよ」
「ふざけるな!! 私のこの覚悟がどれだけのものか分かるのか!? 平和を目指すならば、殺戮を繰り返すことを躊躇わない私はそんな中途半端な善など知らん!!」
「じゃあ。教えてみろ」
七色は指差した。
動揺しているザクロの足元。そこに転がっている、ザクロが救った一人の男を。
「そやつは、なぜ貴様を庇った。その理由を説明してみろ」
「……っ」
「できないじゃろうな。なぜならそやつは、お主に救われたからお主を助けたに過ぎないからじゃ。お主を信じ、感謝し、尊敬し、尽くしたいという気持ちを持っていたに過ぎないからじゃ」
ザクロは唇を噛み締めていた。
ただただ、何も反論できない現実に押しつぶされていた。
認められない。
認めたくない。
だけど、ザクロの本質は、きっとそういうことなのだ。
七色夕那も、伊吹連も、呪いに苦しむ人々も、救いたい人を救うために走り続けたその姿は、誰がどの視点から見ても答えは決まっていた。
悪に染まったと勘違いして。
覚悟を決めて『エンジェル』という悪の仲間になって。
そうして自分に酔って、七色夕那のためだけに行動するかと思いきや、気づけば『悪人祓い』として様々な人を救っていた。そんな男は悪じゃない。中途半端な善と中途半端な悪を持っている、中途半端な人間だ。
そう。
まるで鉈内翔縁と夜来初三が混ざり合って生まれたような、あまりにも中途半端な善と悪を持つザクロは、光にも闇にも転ぶ不可思議な存在。
悪人にも。
善人にも。
どちらにもなれる、悪もどきで善もどきな男だった。
「……くそが」
つぶやき、静かに崩れ落ちるザクロ。膝を地について、血まみれになっている部下の応急処置を始めたのだ。上着を破いて布の代わりにして、それを出血している箇所にきつく巻きつけていく。
そんな作業をしながら、ふと思った。
気に入らない。死にかけている部下を一人救うために、ここまで無駄に行動する自分は気に入らない。しかし助けないという選択肢も納得できない。ズタボロになっている部下を見殺しにするのも、凄まじく胸糞悪いのである。
「……くそったれが。全部全部……貴様のせいだぞ、伊吹」
意識がなかった。
気を失ったのか、完全に反応がない部下の姿に、思わずザクロは歯噛みする。なぜだ。どうしてここまでしたんだ。それだけ傷だらけになってまで、どうして庇う真似をしたんだ。
そんなことを思うザクロ。
この時点で、彼はきっと悪になりきれていない。
部下の傷の手当をして。
さらには心配をするほど『善』を持つ彼は、もう既に完璧な悪にはほど遠いのだ。
本当の悪人ならば、ここで部下の治療などしない。傷の心配なんてしない。使えないと分かったら、速攻で見捨てることだろう。例えば夜来初三や豹栄真介。彼らならば、『デーモン』の仕事仲間がいくら殺されようと表情一つ変えない。目の前で仲間が胸を串刺しにされようと、顔をフライパンでじっくり焼かれようと、塩酸を飲まされて内側から壊されようと笑顔でいるはずだ。
こういう、どうしようもないクソ野郎こそが本当の悪人なのだ。
だから。
「……結局、この程度か」
ザクロは悪人なんかじゃない。
悪人になんてなりきれない、ただのヘタレな馬鹿なのだ。
「この程度が、私の悪だったのか……!!」
涙声で震えていた。
自分の決意が、こんな形で不十分だったと知り、その情けなさにザクロは涙した。




