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鬼神の力、その恐怖

 世ノ華雪花。

 滅亡させる悪を背負う悪人。怪物の中でも最強を誇る筋力を持つ、羅刹鬼という鬼神を宿す少女。片手を振れば高層ビルをなぎ倒せる、それだけの力を持った人間の皮をかぶった化物だ。しかも、現在は羅刹鬼が完全回復してしまっている。おかげで彼女の全身には禍々しい紋様が広がっており、額からは灰色の角が生えていて、人間と認識できるのは体の形だけだった。

 いや、もしかしたら既に人間とは誰が見ても納得できないのだろう。

 なぜなら、

 


 額に三つ目の『目』があるからだ。

 今までの『羅刹鬼の目』を描いた紋様ではない。正真正銘の蠢く目玉がそこにはあった。



「―――っ!?」

 鉈内の全身に鳥肌がたった。

 あまりにも人外の姿に成り果てている。ギョロギョロと辺りを見渡す額の目玉は、まさしく、羅刹鬼という鬼神に染まりきったことで生えたものだろう。その姿は気持ち悪いだけじゃなく、それ以上に、人間というちっぽけな存在では受け入れきれない禍々しさを含んでいた。

(……や、やばいな……これ……)

 ガタガタと震えていた。

 鉈内の全身が小刻みに揺れ、夜刀を握る両手は手汗でベタベタだった。ズルリ、と夜刀が手元から滑っていきそうになる。武器を落とせば同時に命も落とすことを察した彼は、咄嗟に夜刀を握り直して生唾を飲み込んだ。

「k……b、j……」

 だが、向こうは無慈悲にも動く。

 口をゆっくりと開いて、

「kgt死bbija」

 言語が違うという問題ではない。

 その声さえもが別次元だった。羅刹鬼が世ノ華の人格を飲み込んだのか、はたまた世ノ華と羅刹鬼の人格がグチャグチャに混ざり合っているのか。それは分からない。しかし、既に世ノ華は世ノ華ではないことだけは、あの不可思議な言葉から理解できる。

 そして。

 告げられた意味はなんとなく分かる。本能的に、殺されると気づく。

 その瞬間、世ノ華が一歩だけ踏み出した。

 それだけだ。

 一歩だけ歩いたことで。



 その際に使用した『力』が膨大すぎたことで、信じられない勢いで雪原が真っ二つに裂けた。



「……あ」

 反応が遅れた。

 鉈内の後ろで怯えていた黒崎やシャリィも、きっと彼のように呆然としているのだろう。世ノ華の横に広がる雪原が、綺麗に切り分けられてしまったのだ。丁度、鬼が踏み込んだ部分が境界線となるように、そこの裂けた穴に雪が滝のように流れ落ちていく。

 ドババババババババババババァァァァァァァァァァァァ―――――ッッッ!! と、地球の奥底まで落ちていくように、雪崩のようになりながら辺りの雪が裂け目へ吸い込まれていくのだ。幸いにも、その破壊現象の範囲外に鉈内達はいた。おかげで助かったのだが、精神的には既に敗北している。

 勝てるのか。

 ただ歩くだけで惑星の一部を粉々にするような鬼に、果たして自分は勝てるのか。そんな不安が鉈内の内側を飲み込んでいく。まるでペロペロと舐めていくように、ゆっくりと確実に侵食していくのだ。

 あれが『羅刹鬼の呪い』。

 あれこそが本当の鬼神の力。

「……確かに、あれは」

 震える声で。

 鉈内は思わず納得していた。

「確かに、滅亡させるね、それは……。滅亡させる鬼、そのものじゃんかよ」

 怖い。

 あまりにも、怖すぎる。

 視覚や聴覚などを使い、外の情報を受け取って生きる人間にとって、鬼に染まり果てた世ノ華雪花は恐怖そのものだった。その目に見える怪物の容姿、わずかな動きで地を引き裂く圧倒的な力、どれもこれもが鉈内の心をへし折る金槌だった。

 度胸。

 気合。

 勇気。

 鉈内が持つ精神的な強さのそれらは、一体、世ノ華という鬼に通用するのだろうか。

 感情論ではどうにもならない。

 いや、何をしてもどうにもならないのではないか。

(……逃げ、るのか……? だ、ダメだそれはダメだ!! 世ノ華を置いていくわけにはいかない。けど、今の世ノ華に僕は見えてるのか? そもそも逃げられるのか? これって、もう、どうしようもないんじゃ―――)

 諦めかけた。

 そのとき、鉈内の背後から声がかかる。

「どうしようもない、わけではないです」

「っ!?」

 振り向くことはしない。今の世ノ華から目を離したら、それで間違いなく殺される。だからこそ、鉈内は言葉だけを後ろに立った人物に返す。

 上岡真だ。

 その柔和な声は耳に残るため、一瞬で彼だと断定できた。

「どういう、こと……? っていうか、リーゼさん達はどうなったの?」 

「大柴さん達に任せてあります。負傷者は出ましたが、まぁ僕が何とかカバーしました。その後、こちらで盛大な爆発音が響いたので参った次第ですよ」

「ぶっちゃけ、助けて欲しいんですけど。これはあまりにも僕じゃ手に負えない」

「そうしたいのは山々なんですけどね。僕は僕で『上』にお仕事があります」

「?」

 世ノ華を視界に捉えたまま、鉈内は出来るだけ上空に目をやった。そして見えた。巨大な炎の塊が、鳥の形になって天空を旋回しているのを。炎の鳥。その不可思議な現象を理解した鉈内は、『悪人祓い』としてすぐに答えを導き出した。 

「フェニックス……!? 何であんな化物が空に!?」

「僕もビックリしましたよ。まさか、連中が伝説の不死鳥まで手駒にしているなんてね」

 上岡は大きな溜め息を吐いた。

 軽く肩をすくめながら、

「なので僕があれを処理します。化物の相手は化物がお似合いですから。なので鉈内さん、反抗期の世ノ華さんはあなたにお任せしますね」

「っ! だからッ!! 僕一人じゃどうにもならないって言ってるじゃん!!」

「いいんですか? 僕が世ノ華さんを相手にする場合」

 言葉を区切った上岡。

 彼は続きを強く強調して、言い放った。

「殺しますよ?」

 思わず息を飲んだ。

 だが、すぐに鉈内は怒声を返す。

「な、何で!! 世ノ華の兄貴に頼まれたじゃん!! 世ノ華を守ってくれって言われて、アンタはそれを約束して……」

「しました。しかし、豹栄さんの気持ちだけを優先する気は毛頭ない。僕は彼『だけ』の上司じゃないんですよ。世ノ華さんが敵になる場合、出来るだけ無力化して助けようとはしますが、無理なら殺して『エンジェル』を狩ります」

 正しい言葉だろう。

 上岡も死んだ豹栄の頼みは背負ってやりたいが、それで『本来の目的』を投げ捨てることはおかしい。あくまで彼は『デーモン』を束ねる上司だ。個人の感情に流されてしまっては、人の上に立つことは出来ない。

 だからこそ、

「あなたに頼んでるんです、鉈内さん」

 確かに自分では世ノ華を救えない。

 しかし、『デーモン』でも『エンジェル』でもない、この二つの組織の争いに一番関わりのない者ならば……。

「鉈内さん。あなたはこの戦争のなかで独立した存在です。だからこそ、あなたが世ノ華さんを助けることが、一番だと僕は思いますよ。あなたが救うなら、別に僕は世ノ華さんを殺す気はない。『無関係』になれば、別に世ノ華さんを敵視することもない。つまり、助けてあげられるのはあなただけです。『デーモン』でも『エンジェル』でもない、鉈内さんだけなんです」

「……っ」

 苦々しい顔をする鉈内は、歯を食いしばっていた。

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