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一度出来たからといって、二度も出来るわけではない

 場所はロシア連邦の北東端。

 周りを支配するのは雪一色の大自然だ。

 そこからも見える、天空に浮かぶ巨大な城。その誰もが腰を抜かすであろう現象が発生しているというのに、七色夕那は表情を変えることはなかった。決して無表情ではない。確かに彼女は人形のように眉一つ動かさないが、それでも確かな感情は浮き出ていた。

 哀れみだ。

 自分を殺すために長剣を振り下ろしてきたザクロに対する、哀れみだった。

「遅いぞ」

 七色は無情に言った。

 和服の袖の中から御札を取り出し、ザクロの斬撃を一歩横にずれるだけで回避する。そして踏み込む。その小さな体をザクロの腰辺りへ潜り込ませて、瞬時に持っている御札を武器に変換させる。

「『武器変換―――天叢雲剣あめのむらくものつるぎ』」

 取り出したのは刀だった。

 それも、ヤマタノオロチから取り出したとされる神の刀。

 七色夕那が右手で握り締めたのは、ある有名な怪物から取り出された神器の一つ。

「儂は最強の『悪人祓い』だ。お主程度が図に乗るな」

 スサノオという神がヤマタノオロチを倒した神話が存在する。そのヤマタノオロチの尾から出てきた剣・草薙剣というものがあり、元の名を天叢雲剣というらしい。それは三種の神器の『剣』とされていて、日本神話の中でも偉大な刀剣の一つだそうだ。

 簡単に言うならば、最強クラスの伝説的怪物から生産された蛇の剣。

 鉈内翔縁が扱うような、ただの刀や武器とは違う。

 この刀は伝説の怪物から産出された神の刀剣。

 故に、



 そのひと振りで。

 次元すらも切り裂いてしまう威力を誇る、最強最悪の超破壊兵器なのだ。



 咄嗟に回避しようとしたが、既にザクロの運命は決まっていた。

 七色の方が早かったのだ。

(まず―――ッ!?)

「安心しろ。殺しはしない」

 その銀色に輝く独特な形をした剣を、ザクロの脇腹へ叩き込んだ。刃は使わない。剣の腹の部分で内蔵を圧迫させ、確実に足腰をダメにする一撃を放った。

 ゴツン、と剣があばら骨をノックする。

 そして痛みを通り越した衝撃だけがザクロに襲いかかり、気づけば二十メートル以上は吹き飛ばされていた。  

「ご……ば……っ!?」

 血が喉に詰まって、悲鳴も上げられない。

 グラグラと揺れる視界を使って、それでも七色夕那に視線を突き刺した。彼女の右手が握っている、一本の剣からの威圧感が凄まじい。本当に空間が震えているような現象が、その伝説の刀・天叢雲剣の周りでは発生していた。

「この刀は、儂が若い頃に手に入れたお気に入りじゃ」

 立ち上がることが出来ず、意識を失いかけているザクロを見下ろして七色は言った。

 そして、ひょいと軽く剣を振るう。それだけの小さな動作で、周りにいた『エンジェル』達の半分以上が吹き飛んだ。周りを覆っている雪をかぶった森林に突っ込んでいき、木々をなぎ倒してあっという間に無力化された。

 一瞬で戦況が逆転した。

 これで間違いなく、『夜明けの月光』サイドが戦場を支配することになる。

「とある国の貧しい村だった。そこには『ヤマタノオロチの呪い』に侵食されていた悪人がおってのう……その悪人は、まだ十三歳の男の子だった。それでなくとも体が幼いというのに、ヤマタノオロチだなんて最強クラスの怪物に憑かれていては、完全に呪いが広がるのも時間の問題だった。あのときは儂も冷や汗をかいたが、なんとかその子供からヤマタノオロチを引き離すことに成功。後は儂がきっちりとボコボコにして討伐してやったわい」

 七色はニッコリと微笑んで、

「その時に取れたのが、この天叢雲剣じゃ。その気になれば国一つだって落とせる剣だから、あまりにもかっこよくて儂の必殺技にした。技名は『ロリロリスーパーアタック』じゃ。ロリという特権を持つ儂だからこそ使える秘技だから、いやいや良かったロリで良かった。実はこのために儂はロリなんだよねー、だから別に幼女体型で後悔してるわけないからねー」

 七色夕那の実力を測り間違えた。

 彼女は最強だったのだ。

 密かに後悔したザクロは、歯を食いしばって立ち上がる。殺さなくてはならない。七色夕那を殺すことで、七色夕那の理想の世界を作り上げなくてはならない。

 邪魔をするなら斬るのみだ。

 そう決心したザクロは、被っている黒のハット帽を整えながら立ち上がった。

「……あなたが私を殺さなくても、私はあなたを殺しますよ。これでも覚悟は決めている。親殺しの烙印を押されても、私は私なりの親孝行を選んでいる」

「阿呆が」

 七色は目を細めた。

 その表情は、先ほども見せた『哀れみ』のみで構成されている。

「できもしないことを吠えるな。儂はお主をそんなハッタリ野郎に育てた覚えはない」

「……意味がわかりません。私があなたを殺せないと?」

「そうじゃ。お主は儂を殺せない」

「妄言も大概にしていただきたい。現に、私は一度あなたをこの手で刺しています。ならば今回だって容赦しない。私はあなたの肉を切り捨てることに、何の躊躇いもな―――」

「無理じゃ。お主は儂を切れん」

 遮るようにして告げた七色は、眉を潜めたザクロに言ってやる。

 当然の事実を伝えてやる。

「一度出来たからといって、二度も出来るとは限らない」

「……」

「殺人を犯しても、また殺人を犯せないのと同じじゃ。殺人に慣れなどない。あるわけがない。一度でも人を殺せば殺人に慣れるならば、刑務所から出所した罪人達は同じように悪行を繰り返すじゃろうが」

「……」

「そうじゃろう。お主も同じだ。でなければ」

 七色はザクロの両足を指差して。

 淡々と言った。

「お主の膝が震えている理由が分からん。それは儂を『もう一度殺す』という行為に、恐怖を感じているからだろうが」 

 ダメージによって震えているのではない。

 小刻みに揺れている膝は、間違いなく精神的な問題が原因だろう。

「時雨よ」

 本当の名前で、七色は息子を呼んだ。

 沈黙しているザクロは、無言のまま視線を上げる。

「もう、やめろ。儂を殺すだなんて真似は、もうやめろ」

「……出来ませんね、あなたは平和を望んでいる。それを私は叶えたい。あなたを殺してでも叶えたい」

「確かに平和を望んでいる。じゃがな、ハッキリと言うが」

 七色の目の色が変わった。

 いつもの明るい瞳は消え失せて、鬼のような鋭い眼光を放った。



「調子に乗るなよクソガキが。お主に儂の何が分かる」



 彼女の声は低かった。

 いつものソプラノの声ではなく、化物の唸り声のように低音だった。

「儂は平和を望んでいる。だがな、それでお主が傷つくことを望むわけがない。そこを理解出来ていない時点で、お主は儂の理想を叶えられるわけがない。だから言うぞ、息子よ。……さっきから調子に乗るなよクソガキが。勝手に自己満足して突っ走るな、この自惚れが」

「……それでは、あなたの理想はなんなのか分からない。誰も傷ついて欲しくない? それこそ不可能な話だ。あなたの理想である平和にたどり着くためには、その過程の中でいろいろなものを傷つける必要がある。その一部が私というだけだ」

「それも嫌じゃな。傷つけることで完成する平和なんぞ欲しくない」

「ならば、あなたの理想を叶えられない。それでは私も迷ってしまう」

 困惑した顔で睨んでくるザクロ。

 対して、七色夕那は大きな溜め息を吐いた。

「時雨よ。一つだけ言っておこう」

 馬鹿な子供に教えてやる。

 親として子に伝えてやる。

 世界のルールを、誰もが知っている真実を明かしてやる。

「理想なんて叶わないんじゃ。それが必然で当たり前のことなんじゃよ」

 その通りだ。

 信じ続ければ夢はきっと叶う、なんて言葉がこの世にはある。それは嘘だ。信じるだけで世界を変えられるならば、人間は長い年月をかけて進化を遂げることはなかった。願い続けるだけで理想を現実に変えられるのならば、挫折や絶望という言葉は生まれないはずだ。

 故に、

「理想は叶わないからこその理想なんじゃ。理想という言葉で終わるんじゃ。理想が現実になるのならば、もはや理想なんて言葉は世にいらん。それでも理想という人間の思いがあるのは、理想は所詮、ただの理想でしかないからじゃ。夢物語でしかないから、いつまで経っても人は理想を捨てられない」

「……だから、なんですか」

 ザクロは長剣を構えた。

 その切っ先を七色の喉に突きつけて、それでも己の道を行くのだ。

「あなたの理想を現実にしてみせる。それこそが私の理想なんですよ」

「……馬鹿が」

 二人の視線が鋭く交差する。

 その時だった。

 ゴォォォォン!! と、離れた場所の崖下にある、円筒状の謎の機械から轟音が炸裂した。

「っ!?」

 咄嗟に振り向いた七色だったが、そもそもの目的は円筒状の機械を調べること。しかし遅かった。ザクロ達に足止めをされてしまい、調査する前に未知の兵器が起動した。

 同じく、戦場の中にいたフラン・シャルエルも苦い顔をして息を吐く。

 そのタイミングで、再び驚愕の現象が炸裂した。



 円筒状の機械から、ドロドロのマグマが飛び出てきたのだ。



 灼熱そのものを液状化させたマグマは、噴水のように空へ打ち出される。だが、そこで再び目を見開く現象が炸裂した。七色たちが見上げている溶岩だけでなく、世界中のあちこちからマグマが空へ放出されているのだ。

 さらに、それらは天で一点に凝縮される。

 わたあめが出来上がるように渦を描きながら固体化し、雲と同じ高度の空で形を整えた。

 そう、形を整えたのだ。

 翼を広げればビルよりも大きいだろう、炎に包まれた『鳥』に変化したのだ。








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