悪人祓い見習い
刃物と刃物の衝突。
凶器と凶器の激突。
刀身と刀身の争い。
大鎌と夜刀が拮抗する。二つの斬殺用武器がぶつかり合う甲高い衝撃音と共に、細かな足さばきの動作も響く。巨大なゴミ処理場の内部では、そんな戦闘が始まっていた。
鉈内翔縁は、一切の容赦なく蓄えた脚力を駆使して飛び出し、敵である秋羽伊那の懐へ突っ込んだ。
さらに夜刀を水平に振るう。
彼のあまりの躊躇いの無さに驚いたのか、秋羽伊那は困惑するような表情を浮かべながらも、迫ってくる刀の脅威から身を守る為にバックステップで回避する。
しかし、鉈内はそれで終わらない。
たった一振りで攻撃の手を下げることなどありはしなかった。
「っく!?」
秋羽の顔が歪む。
理由は、さらに踏み込んで距離を縮めてきた鉈内が、縦横斜めというあらゆる方向からの斬撃を繰り出してきたからだ。刀が振り下ろされる度に、ピュウ!! という空気そのものを切断しているような綺麗な快音が鳴り響く。
その連続攻撃を秋羽伊那は『魂食い』の大鎌で防ぎながら、
「なんで!? なんで翔縁お兄ちゃんまで私を殺そうとするの!? 私はただ、悪い人をやっつけて二度とお母さんやお父さん達みたいな良い人が殺されないように、傷つかないようにしてるだけだよ!! 悪い人をやっつけてるだけだよ!! なのになんで翔縁お兄ちゃんまで私を殺そうとするの!?」
鉈内は夜刀を真上から振り下ろす。
それを秋羽が大鎌で受け止めたことで、
ガッキィィイイイイイイイイイイイイン!! という、鼓膜を突き破って脳みそをかき回すような衝撃音が周囲一体に鳴り響いた。
「確かに君がしてることは、悪党を殺す行為は、世界を平和にしたり誰も傷つかないようにするためには必要な行為かもしれない。間違ってないかもしれない」
「だったら! だったらなん―――」
「でも!! それでも僕は、やっぱりあの前髪クソ野郎と同じで、『自分の世界』に住んでる夕那さん達を優先する!! 世界の平和よりも、皆の平和よりも、僕はやっぱり雪白ちゃんや夕那さんとの生活を取り戻す。―――僕に愛情をくれた夕那さんとの日々を取り戻す!!」
腹の底から叫び、夜刀を振るうのではなく純粋な前蹴りで秋羽の小さな体を蹴り飛ばした。
汚い地面を転がっていった彼女は、泣きそうな顔で―――自分は正しいことをしているのに否定されたことを悲しむような悲惨な顔で、
「私は間違ってない!! 悪党は死ななきゃまたお母さん達が死んじゃう!! また同じようなことが起こっちゃう!! だから悪党は死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死ななきゃダメなのぉぉおおおおおおおお!!」
絶叫という名の雄叫びが放出された。
大鎌をぎゅっと握り締めた『生死を分ける』という悪を背負っている彼女は、己の悪に従って悪党を殺さなければならない。それこそが正しいと思い込んでいるから。悪いクソ野郎には死を与えて、良い人達には生を謳歌させることを望んでいるから。
悪い人を殺して良い人を生かす。
それこそが彼女が背負っている『生死を分ける』という悪の細かい事実だ。
「うわああああああああああああ!!」
大声を上げながら、適当で無駄な動作が多い使い方で大鎌を振り回してくる秋羽伊那。やはり大鎌という武器の扱いには慣れていないのか、体が鎌に引っ張られているような動きになっている。扱う武器に対して彼女の技術が追いつけていないようなものだ。
本来ならば武術の達人である鉈内翔縁が、そんな隙だらけの相手に苦戦することはありはしないのだが……今回ばかりは後退して距離を取る必要があった。
なぜなら。
あの大鎌には、
(一撃でもかすったらアウトだもんね……慎重にいかないと。ってかマジどんな無理ゲーだよくそっ!)
そう。
あの死神が持つ巨大な大鎌の正式名称は『魂食い』。そのままの意味で、『切った相手の魂を食い奪う』という一撃必殺の厄介な能力が備わっている恐ろしい代物だからだ。
もしも一瞬の油断や隙が出来て鉈内の腕、足、太ももなどの大した致命傷にもならない部分に触れたとしても、それだけで魂を食い奪われて死体に変わることになる。
故にそう簡単に近づくことは出来ない。
一発でも喰らえば即刻アウトだからだ。
(まぁでも、逆に攻めなきゃ結果は得られないのは事実だし……)
チラリと視界の端に映った二人の少年少女。
少年の方を見た鉈内は漏れたような笑みを浮かべて、
(万が一、僕が自分の撒いた種に突っ込んであっけなく死んだとしても―――あの前髪ヤクザがいれば最終的に夕那さん達は助かるし……ぶっちゃけ怖がる必要性ってないんだよね、はははっ)
安心による笑みと、安堵による息を吐いた鉈内翔縁。
もしも彼が秋羽伊那に殺されたとしても、この場にはあの少年がいるのだ。自分のような『悪人祓い』の見習い程度の立場にしか立っていない人間よりも、圧倒的に強い『本物の悪』がいるのだ。
ならば迷うことはない。
ならば怖がることはない。
ならば躊躇うことはない。
なぜなら、
鉈内翔縁が殺されても、夜来初三という少年が代わりに尻拭いをしてくれるからだ。
もちろん鉈内のためだけの尻拭いならば夜来は動かないだろうが、今回ばかりは仲間の運命がかかっている。故に最終的には夜来が『どんなことをして』でも鉈内の代わりをやり遂げてくれる。
だから鉈内翔縁は『魂食い』に怯えて立ち止まる必要はない。
全力でぶつかって行けばいい。
「死んだら頼むよ、前髪ヤクザ」
小さく呟いた彼は、夜刀を握りしめていないもう片方の手をポケットに突っ込み、一枚の御札を取り出した。鉈内翔縁は基本的に『対怪物用戦闘術』という『悪人祓い』専用の特殊術は扱うことができない。使用できても単純で簡単なもの程度だ。
そう。
単純で簡単なものならば彼だって扱うことができる。
例えば―――単純で簡単な武器変換の呪文くらいならば。
「『武器変換―――銀刀』」
右手の漆黒の刀とは正反対の真っ白な日本刀が御札から発光した後に出現した。その光り輝く銀刀を握った彼は、右手にも装備してある夜刀を低く構えて、二刀流の構えを作り出す。
ギラリ、と鉈内は武人としての目つきへ豹変すると同時に、
「じゃあ、本気でいくよ」
小さく息を吐き出して、標的である少女のもとへ突っ込んでいった。
対して、猛烈な速度で走り迫ってきた鉈内に大鎌を向けた秋羽伊那は、
「分かった分かった分かった分かった分かったよ……!! 翔縁お兄ちゃんも殺さなきゃダメみたいだね。血ぃいっぱい流させてあげなきゃダメみたいだね!!」
大きく無造作に大鎌を横へ振るった。その攻撃に対して、鉈内は右手に握る夜刀を使って防御したと同時に、左手に存在している銀刀を真上へ振り上げた。
「っ!? やば―――」
これこそが二刀流の長所であり大きな武器。
二本の刀を防御と攻撃、どちらにも移せることこそが強力な力と言えよう。
ブアッ!! と勢いよく振り下ろされた輝く銀刀は、狙いが外れることなく秋羽の腕へ豪快に直撃した。しかし彼女の腕は切断されることはないまま、大きな衝撃が襲いかかった激痛に呻くだけで終わる。
理由は単純。
鉈内が振り下ろした刀は峰打ちで直撃したからだ。
しかし、峰打ちとはいえ痛いものは痛い。
明らかに骨までは折れていないだろうが、かなりのダメージは伝わったはずだ。よって、『魂食い』を握りしめていた片腕に直撃したのが先ほどの銀刀の峰打ち。
その結果。
痛みによって、その手が見事に『魂食い』から離れたのだ。
秋羽伊那自身、その行動は無意識によるものだったろう。しかし、そのチャンスを逃すほど鉈内は甘くはない。
「やっくん!!」
叫び、刀をバッド代わりにして、『魂食い』を野球をするように勢いよく叩き飛ばした。すると飛空していった大鎌は夜来のすぐ近くへ到達する。
その直後、
バリィン!! と、『サタンの呪い』を使用した少年の右手に掴まれた瞬間に、ガラスが砕けたような音を鳴らして『魂食い』は砕け散った。
「くっそ!!」
すぐさま新たな『魂食い』を生産しようとする秋羽伊那。
しかし、それを見抜いていた鉈内は二本の刀を彼女の首を挟むように構えて、
「また『魂食い』を出すようなら、今ここでその首を切り落とすよ?」
「っく……!!」
「君にだってわかるよね? 新しく『魂食い』を生産して僕に斬りかかる時間と、その間に僕が君の首を切り落とす時間。どっちが早いかくらい」
顔を歪めて歯を食いしばった秋羽伊那は、確かに反撃する時間と先に殺害される時間では、後者のほうが数秒も早いと計算したようでおとなしくなった。
鉈内は、こちらに優位性が浮上した現状にひとまず溜め息を吐く。
「それで、伊那ちゃん。一つ聞いていいかな?」
「……なに?」
「本当に、君は夕那さん達の魂を返す気はないの?」
「ない!」
即答だった。
さらに彼女は瞳を涙で潤ませながら続けて、
「何で分かってくれないの? 翔縁お兄ちゃん。お兄ちゃんなら私の味方になってくれるって信じてたのに……ひどいよ、あんまりだよ!」
「……」
「悪い人は生きてちゃダメなの……!! じゃないと、またお母さん達みたいに悪党に殺されちゃう人がでちゃうもん!! 私は、私みたいに家族を『悪党』に殺されたり傷つけられたりする人を作り出したくないだけなの!! なんでそれを分かってくれないの!? 翔縁お兄ちゃんだって、悪い人に苦しめられたり傷つけられたりしたことはないの!? 体験したことはないの!?」
彼はしばし黙り込んで、
「……確かに、ある。僕も実の親に捨てられたよ。アイツらの都合かなんかで、まだ小さかった僕は捨てられたんだよ。だから僕も、親っていう『悪党』に傷つけられたことは……ある」
「だったらそんな自分と同じような目に誰も遭わせないためにも、悪党を殺そうよ!! 倒そうよ!! なのに何で翔縁お兄ちゃんはわた―――」
鉈内は二本の刀をさらに握りしめて、
怒りを堪えるようにして、こう言い放った。
「でもねぇ、その捨てられた僕を今の今まで育ててくれたのは―――君が『悪党』って判断して殺した、あの浴衣を着た子供みたいな人。夕那さんなんだよ」




