次こそは、きっと
つまり。
現在、豹栄が治癒能力を失っている理由は。
「あなたを守っているからです。あなたに見える場所でね。だから豹栄さんは呪いを使いきれていない」
「い、意味がわからない!! 何でコソコソと裏で守らなくちゃならないの!?」
「……いつだったか、夜来さんも言っていたでしょう。『人を助けることは間違った悪だ』と。本当に正しい悪は、『誰も救わずに目的だけを遂行する悪行』だと」
「っ。た、確かにそうだけど……!!」
「それと同じです。豹栄さんも、あなたを『完全に守る』ために、守っていることを見られたくなかったんです。それが彼の悪だった。そういう悪が、あなたのお兄さんの本性なんです」
それ以上は、世ノ華の相手はしなかった。
そして、上岡は笑顔ではなかった。いつもの仮面を剥いで、『本当の表情』を浮かべて、豹栄の背中をただ見つめる。一方、大柴亮は視線を落としていた。何かを諦めたような、悔しがるような、そんな暗い顔へ成り果てて俯いていた。
空気が重い。
何か、不吉なことが起こる前兆のようだった。
「豹栄さん。もう、無理そうですか?」
上岡の真剣な顔が、豹栄の背中に向いている。
尋ねられた部下は、上司に振り返ることなく返答をかえした。
「……ええ。ちょっと、もう、無理っぽいです。左足の感覚もありません。傷はもう治らないでしょうし……はっきり言って、もう無理です」
豹栄の返事を聞いた上岡は、しばし沈黙する。
だが、すぐに判断を下した。
「まだ、戦えますか?」
「それは可能です」
「あなたを早急に治療すれば、なんとかなりますか?」
「いいえ。出血がひどすぎます。だから、もう無理です」
「……そうですか」
小さく頷いた上岡は、大柴と一度だけ目を合わせる。
お互い頷きあってから、的確な判断を下す。
「豹栄さん。『最後』の命令です」
上司としての言葉で告げる。
「『エンジェル』達を可能な限り足止めしてください。僕らはその間に撤退します。あなたを連れて逃げるには時間がかかりますし、助からないあなたはお荷物です。だからこそ、ここで連中を足止めしてください」
世ノ華の顔が青ざめる。
だが、彼女が何か言う前に、豹栄の返事が飛んできた。
「了解しました」
振り向いた。
苦笑している顔を、豹栄は上岡に向けた。
「今までありがとうございます。本当に、あなたは最高の上司でしたよ」
「……そうですか。豹栄さんのような優秀な部下に認められて、僕も嬉しい限りです」
続いて。
豹栄は己の部下である大柴亮に視線を変えて、冗談を飛ばすような調子で言った。
「大柴。今の俺はどう見えるよ。相変わらずカッコイイか?」
「……馬鹿でアホでカッコイイ、いつもの豹栄さんだと思います」
「くはは! そうかそうか、お前もいい部下だったよ。『凶狼組織』は馬鹿の集まりだから、お前がきっちり手を引いてやれ」
息を吐く。
そうして、豹栄は意識を切り替える。
「上岡さん。雪花のことは頼みましたよ」
「……それぐらいはします。安心してください」
「はは、なら後悔はないです。ありがとうございました」
今度こそ。
ハッキリと、豹栄真介は前方に広がる『エンジェル』を見渡した。その何百という数の武装集団の先頭に立っているのは、神々しい容姿を持った一人の男。
王だ。
アルスという化物だ。
「もういいのか。そろそろ殺したいんだが」
わざわざ時間を与えたのか、アルスは首を傾げて尋ねた。
対して、豹栄真介はウロボロスの翼を大きく広げながら腰を落とす。
「雪花」
そして。
最後に、彼は振り向くことはないまま伝えることにした。
「っ」
世ノ華の肩が跳ね上がる。
彼女は口を小さく開けるが、何も言えないままだった。
「俺はお前を傷つけた。それも深い傷だ。治ることなんてない、傷跡がハッキリと残る痛みだ。謝ってすむことじゃない。それは分かってる。けどな、俺はお前にどうしても言いたいことがあるんだ」
戦闘態勢を整えていた豹栄は、もう一度だけ振り向いた。
それは微笑みだった。妹に兄は優しい笑顔を浮かべていたのだ。
思わず胸がえぐられた。
ついに、世ノ華はポツリポツリと言葉を漏らす。
「……ま……って、よ……」
「もちろん謝罪じゃない。謝って済むことじゃないって言ったからな。かといって別れの挨拶でもない。俺みたいなクソ兄貴は、お前にさようならを言う権利もない。だから……だからな、最後に俺の言葉だけ聞いてくれ。後で忘れてくれて構わない。だけど、今だけはどうか聞いてくれ」
「だ、から……なにを、言って……」
時間はない。
いつまでも王が待つとは限らない。
だから、
「次こそは……。もしも来世があって、また俺がお前のお兄ちゃんになれるなら……今度こそ、お前を守れるお兄ちゃんになるから。きっと、立派な兄貴になってみせるから」




