全てを守るから
苦い顔をした夜来初三。
彼は即座にベッドで横になっている雪白のもとへ向かうと、お姫様抱っこの要領で彼女を抱き上げた。
振り返って、白に大声を上げる。
「すぐにここを出るぞ、さっさとついてこい!!」
「へいへい、分かったから置いていかないでよ」
「チッ!! 面倒事が次々と!!」
夜来初三は病室から出て行かなかった。ここは四階の部屋なので、逃げるのならば一階にまで走らなければ話にならない。だというのに、夜来初三は再び窓際から外の世界を眺めて、
「途中で車をパクればいい。それまでは楽しくジョギングだ」
無造作に、窓を蹴り破った。
靴底をガラスに叩きつけて、押し込むような蹴りを炸裂させたのだ。『絶対破壊』を展開していたので、あっさりと窓は吹き飛んでしまう。外の空気が部屋に入り込むが、そんなことはお構いなしだ。
出口なんて、壊して作ればいい。
いつもの攻撃的な夜来独自の思考回路だったが、白は苦笑するだけで驚きはしなかった。
「お兄ちゃん、私にお姫様抱っこはないのかな?」
「ない」
「即答かよ、おい」
グイっと、白の襟首を強引に掴んだ夜来初三は蹴破った窓から飛び降りた。雪白だけは丁寧に担ぎながら、着地の衝撃も上手く破壊することで音さえも生み出さない。一方、雪白とは違って雑な扱い方をされた白は、不満たっぷりの目で吐き捨てる。
「……差別反対。私も女の子だぞ」
「あ? お前って女の子だったの?」
「今まで何だと思ってたんだよ!」
「俺はてっきり男の娘かと」
「反論しずらいな、何かムカつく!!」
弟をオリジナルとして作られた妹だけに、見方を変えれば言い返せない現実に頬を膨らませる白。
夜来初三は息を一つ吐いて、雪白を抱きかかえ直し、
「ふん。いいから走るぞ。車を適当に見つけてひとまず逃げる」
「免許は持ってるの?」
「男は度胸さえありゃ生きていけんだよ。免許なんて縛りに屈するな」
「理論が分からないよ兄貴……」
もはや夜来初三の独裁的な考えに呆れたのか、白は大きな溜め息をこぼす。それでも押し寄せてくる津波から身を守るために、俺様な夜来に大人しく従おうと走り出した。
しかし。
「? お兄ちゃん?」
そこで、夜来の動きが止まった。
彼はしばらくの間、人形のように俯くと、心底面倒くさそうな顔で頭を上げる。
「おい。お前、こいつ持ってろ」
「え、ちょ何なの急に!?」
白の傍へ近寄り、腕の中にいる雪白を丁寧に渡す。
困惑した顔でいる白に背を向けて、彼は言った。
「津波を壊す」
「はぁ? そんなの時間の無駄じゃん、いきなり何考えてるわけ?」
「黒崎とかいう女と、シャリィ・レインとかいうフランス人」
遮るように告げた夜来。
白は小首をかしげながら、
「あの二人がなに? まさか、ヒーローみたいに助けるってわけ?」
すぐ後ろには、黒崎燐達が拠点としている基地がそびえ立っている。確かに、今ここで津波を撃破しなければ彼女達は水の衝撃に押しつぶされてしまうことだろう。
だが。
だからといって、助けるのは夜来初三らしくない。
それは夜来初三という悪の中には存在できない、優しさというものから生まれる行為だ。
「ああ、あの女二人が死のうと俺にゃ関係ねぇ」
彼は日傘をさした。
太陽から身を守るために、その黒一色の傘で闇を作り光を遮断する。
「だがな、俺は雪白だけは背負い続けるって決めてんだ」
「だからといって、あの二人の女を守るために戦う理由は分からないな」
「馬鹿が。俺は雪白の全部を守る。あいつの体も、心も、世界もだ。あの二人は雪白の知り合いらしいじゃねぇか。だったら、今ここであの二人を見殺しにすれば、雪白はダチが死んだことでショックを受けるかもしれねぇだろ」
「……雪白千蘭の友人関係も含めて、雪白千蘭を守るってこと?」
「当たり前だ」
即答した夜来初三。彼は雪白千蘭の友人を雪白千蘭の為に守るのだ。あの女二人の人生など、いつどこで潰えようと夜来からしたら興味さえ沸かないが、それで雪白が悲しむならば話は別だ。
静かに歩いていき、足を止める。
眼前にまで、津波は既に迫って来ていた。
「だから壊す」
左手を突き出す。
そして、ゆっくりと五本の指を開いていく。水の驚異はすぐ傍にまで到達していた。ここまで来れば、後戻りは不可能。夜来初三は夜来初三らしく、いつもどおりの方法で壁を粉砕すればいい。
つまり。
津波を片手で握りつぶす。
結果、盛大な爆発音を轟かせて、世を飲み込みかけた水の恐怖は飛沫を上げて消し飛んだ。
蒸発という次元じゃなかった。的確な言葉を選ぶならば、文字通りの消失。存在そのものを世界から抹消されてしまい、最強最悪の現象は無にかえされてしまった。
夜来初三は踵を返す。
ワンタッチの日傘を折りたたみ、日光に顔を歪めながらも歩き出す。
あっさりと膨大な驚異を破壊した彼は、白から大切な少女を受け取って抱きかかえた。
「行くぞ。もうここに用はねぇ」
スタスタと先に進んでいってしまう夜来の背中に、白は引きつった笑みを浮かべていた。
そして一言。
「……ツンデレすぎるだろ。なにあれ萌えるわ」




