助けていない
鉈内はかなりの動揺を見せた。
それもそうだろう。なんせ、今、夜来は秋羽伊那のしている『悪党殺し』を肯定したような返答を行ったからだ。秋羽伊那と敵対しているはずなのに、真逆の返事を返したからだ。
故に動揺の一つぐらいする。
しかし夜来はそんな鉈内に構うことなく、ニヤニヤと笑いながら話を始めた。
「ああ、テメェの言うとおりだよ。世界を平和にするにゃ『悪党』をぶっ殺すのが一番手っ取り早いモンだ。これからも悪党殺して頑張ってくれよ」
「あれ? 怖いお兄ちゃん、私の敵じゃなかったの? 何か意外なこというね」
「あぁ? いやいや、だってテメェの言ってること正しいじゃねぇかよ。そこで転がってる不良だってカツアゲするしか脳のねぇクソだし、チンピラもヤクザも犯罪しまくって金稼ぐだろ。誰かを傷つけて自分を救うような奴―――『悪党』だろ。だったらその『誰かを傷つける』ことで生きてる『悪党』を殺しちまえば、平和になる。『誰も傷つけない』優しい奴だけがいる世界になれば、『誰かを傷つける』人間はいねぇんだから必然的に『誰も傷つかない』んだよ。だから『平和』になる。だからテメェの悪党を殺す行為は世界平和にとって正しいモンだ。マジですげぇよ、感心したぜ。くっはははっ!」
「え? じゃあ怖いお兄ちゃん、私の味方なの? 私と一緒に『悪党』殺してくれる私の味方だったの?」
夜来初三は秋羽伊那のしている行為を肯定した。認めて、感心してしまうほどに納得したのだ。それはもう、秋羽伊那の仲間と認識してもおかしくない事実だろう。
だから彼女は夜来にそう尋ねた。
だが、
「あぁ? 誰がテメェの味方なンざするかよ面倒くせぇ」
「え……?」
今度こそ大きな動揺を見せた秋羽。
しかし、はっきりと切り捨てた彼は続けて、
「テメェがやってることは正しいぜ? この世の悪党全部殺して、世界平和ァまじで完成させられるかもな。くっははは! あ、そんときゃ俺も悪党だから死んでっか」
「え? い、意味がわかんないよ? なんで、私のことを正しいって認めてくれてるのに、怖いお兄ちゃんは私の敵になるの? 私と一緒に悪党を殺して世界を守ろうとは……してくれ、ないの……?」
「しねぇよ面倒くせぇ。一人で勝手にやってろバーカ」
「な、なんで!? なんでなの!?」
夜来初三の態度に困惑が隠しきれなくなってきた秋羽伊那。
鉈内も眉をひそめているし、唯神天奈も夜来のことを凝視している。
矛盾だ。
夜来初三は矛盾した行動をとっているからだ。
彼は秋羽伊那の悪党を殺す行為を肯定した。だというのに、秋羽伊那と敵対する道を望んでいる。
誰もが首をかしげても当たり前だろう事実だ。
しかし夜来は『その先』の行動を取った。
「テメェは悪党を殺して世界を守ろうとしてんだよな?」
「そ、そうだよ!! 怖いお兄ちゃんも納得してくれたでしょ!?」
「ああ、納得してるねぇ。悪党殺せば世界を平和にできる」
「じゃ、じゃあ何で私の敵になるの? 意味わかんないよ……」
消え入りそうな声でつぶやかれた秋羽伊那の混乱による言葉。
それを耳に入れた夜来初三は。
ニタリ、とおぞましい笑みを浮かべ、両手を広げて世界を表すようにして、こう言い放った。
「だって俺、世界とかクソどうでもいいから」
その瞬間。
夜来初三の体から大量の黒い魔力が噴出した。天を貫く勢いで飛び出してきたサタンの魔力は、さらにその色を闇よりも深い漆黒の姿に染め上げていく。
「世界? 皆の平和ァ? ……くっ、かッははははははははははははははっ!! ぎゃっははははははははははははははははッ!! あーあーあーあー、くっだらねぇなァオイ!! 俺ァ世界中の人間が飢えて苦しもうが、泣いて死のうが、どれだけ傷つこうが―――知ったこっちゃねェんだよバーカ」
秋羽伊那は、魔力の噴出による影響で生み出された風圧から顔をかばう。その目には困惑の花が咲いたままだ。吹き飛ばされそうになりながらも、彼女は大声で叫ぶ。
「ッく! で、でも、私のことを認めたじゃん!!」
「ああ認めたねぇ。悪党殺せば世界は平和になるね、俺が保証してやってもイイ」
「じゃ、じゃあなんで―――」
「だが俺ァ『世界が平和になるね』って納得しただけだ。テメェの世界平和計画の後押しする気なんざ欠片も抱いてねぇっつーの。悪党殺してぇならやってろよ。悪党殺し続けて世界を平和にしてろよ。俺はそれを邪魔する気はねぇ。テメェの悪党を殺す行動にゃ口を出す気はねぇ。だがなァ―――」
言葉を区切った彼の顔に誕生した凶暴な笑顔。
その笑みに張り付いている『サタンの皮膚』を表す禍々しい紋様が、顔の右半分を覆っていくのが分かった。間違いなく、サタンの莫大な力を引き出している証拠だ。
そして、悪魔に染まった悪魔はこう言い放った。
「世界はどうでもいいが、俺の身内に手ェだしたクソの場合はなぶり殺し決定なンだよ」
彼は世界よりも携帯に入っている連絡先に登録してある相手を選ぶのだ。世界と身内を天秤にかければ迷うことなく身内を取るのだ。
そもそも。
夜来初三は世界を守ろうとするヒーローではない。
彼が面倒をみるのは『自分の世界』に存在している住人たちだけだ。『自分の世界』以外の世界なんて知ったこっちゃない。勝手に滅ぶも繁栄するも関係のないことだ。
彼が極悪な笑みを濃くした瞬間、
吹き出ていたサタンの魔力がさらに大規模なレベルのモノに変わる。
秋羽伊那は大鎌を握りしめて、
「つまり怖いお兄ちゃんは自分の仲間以外が苦しんでても助けないんだね? そういう『悪党』なんだね?」
「天秤にかけりゃーな。身内が入ってねぇ状態なら別だが、今はばっちり入ってる状況だろうが。ああ、あと俺は誰かを助けたつもりは一度もねぇよ。勝手に誤解してんじゃねぇ」
「ふーん、じゃあ今お兄ちゃんは今何をやってるの? 何が目的で戦ってるの?」
夜来は一度沈黙を作り出した。
背後から突き刺さる唯神天奈や鉈内翔縁からの視線。そういえば、唯神からも似たような質問をオープンカフェでされたなと思ったが、今は秋羽の問に返答するのが先だ。
そう踏んだ夜来はゆっくりと口を開き、
「確かに俺ァ今まで色んなやつを客観的に見りゃ『助けた』んだろうな」
だが、と付け足してから再び続ける。
「『男を憎む』っつー『悪』に悩んでた女の時は『約束』を守っただけだ。『味方をする』っつー約束に従って行動した結果、俺は雪白の奴を『間接的』に助けただけだ」
彼は自分が『悪』であることを肯定して生きている。だからこそ『助けた』だなんて『善人』に向けられるような評価だけは否定する。
絶対に自分の善性を認めない。
絶対に自分の善性を拒絶する。
絶対に自分の善性を否定する。
なぜなら夜来初三は『悪』としてしか生きてこなかったから。
「『滅亡させる』っつー『悪』を抱いてる妹みてぇなガキの場合は、俺はアイツを妹だと思ってたから兄貴として『当然』のことをしただけだ。アイツを妹だと認識してたから俺は『兄』として妹の『世話』をしただけだ。だから『助けた』だんて大層なことはしてねぇ」
説明を終えた夜来の顔には満足感の色が見えた。まるで『やはり自分は誰も助けてない』と納得して自分を受け入れたような表情だ。
「もちろん俺は今までも『助ける』だの『救う』だのと『言葉だけ』じゃそういったセリフを吐いたことはある。実際、ここに来るまでにも何度かは『救う』だの『助ける』だのと口にしただろう。だがなぁ―――そりゃ所詮『口だけ』だ。腹ン中じゃ『助ける』だなんて思っちゃいねぇよ。全部全部、客観的視点から考慮した結果のセリフだ。だから言っとく……俺がテメェと殺し合う理由は、『ずっと一緒にいる』約束してるあの女と約束を守る為と、『恩』がある浴衣ロリに『恩返し』をしきれてねぇからだ。そして―――俺の身内だから。『俺の世界』に住んでる奴らだから俺が世話すんのは当然だからだ。これ以外に理由はねぇ。助けるなんてことはしてねぇンだよボケ」
「素直じゃないんだね」
突如、後ろから聞こえた唯神天奈の声。
振り返ることなく夜来は言い放った。
「何が言いてぇ」
「素直じゃなくて可愛いね、って言いたかった」
「そうかテメェが俺に喧嘩売ってるのは良く分かった」
夜来が返答を返した瞬間、彼から吹き出ている魔力の量が膨れ上がった。
と、そこで一つの足音が聞こえた。
それは夜来と唯神を超えて秋羽伊那のもとへ着々と距離を詰めていった。
正体は鉈内翔縁。
彼の顔にはいつも浮かべている笑顔は存在していない。まるで秋羽伊那を哀れむような悲しげ極まりない表情だった。
「しょ、翔縁お兄ちゃんも、私の敵なの? や、やっぱり私のことを殴るの?」
「っ……!」
心が痛んだ。
こんな幼い女の子を自分は敵にしなくてはいけないのか、と思うと、胸の部分に針が突き刺さってくるような感覚に襲われた。
しかしそこで。
鉈内翔縁は今までの思い出を頭の中に浮上させた。
それは七色夕那と過ごした数々の出来事だ。捨てられていた自分を拾ってくれたあの人にだけは、本当に感謝してもし足りないほどの恩がある。夜来以上に七色夕那には恩がある。そして感謝もしている。愛情だってそうだ。
いろいろなことで叱られて、いろいろなことを世話してくれて、いろいろな『幸せ』を七色夕那という優しい母は自分にくれた。
だからそれを。
何としてでも取り戻されなければならない。
故に彼はポケットから一枚の御札を取り出して呪文をつぶやき、それを輝く日本刀―――夜刀に変化させて握りしめる。さらには刀の先を秋羽伊那にしっかりと向けてロックオンし、
「伊那ちゃん。今すぐ夕那さんと雪白ちゃんの魂を返して。いや、返せ。じゃなきゃ殺してでも返してもらう」
はっきりとした敵を見る目だった。
間違いなく、今度こそ、夜来の邪魔をしたときのような迷いをみせることはない鋭い瞳。秋羽伊那という小さな女の子を殺してでも、絶対に七色夕那と雪白千蘭を取り戻すことを決意した覚悟の顔。
夜来初三はそれを見て鼻で笑い、
「フン。……ようやく腹ァくくったか」
そう呟いて秋羽伊那に襲いかかるのではなく、放出させていたサタンの魔力を消し去った。まるで戦闘の意思をなくしたかのように、漆黒の粒子は霧散してしまう。
さらに、夜来は唯神天奈を守るように彼女の傍へ近づいていった。本来ならば彼も鉈内と同様にターゲットの元へ突っ込むとばかり思っていた唯神は、少々目を丸くしながら尋ねる。
「君は戦わないの?」
「何度も言わせんな。俺はあの二人を元に戻せりゃなんだっていい。例えば―――どっかのチャラ男が自分の尻を拭いた結果でもな」
ゴミだけが溢れる巨大なゴミ処理場の中で対峙している、『死神の呪い』を宿した少女と『悪人祓い』の見習いである未だに未熟者程度である茶髪の少年。
彼は敵に向けている夜刀を握り直して、
「やっくん」
視線だけは、敵である幼い女の子に突き刺しながら声を上げた。
「今回の騒動を引き起こしたのは僕だ」
「ああ、テメェのせいでこちとら大迷惑してるっつーの。慰謝料請求してやりてェぐらいにな」
「だから僕が自分で後始末する。これは僕が撒いた種だ。だからそれを駆除する。君は唯神ちゃんの護衛を頼むよ」
「……チッ」
了承の返事を返してきた夜来に苦笑した鉈内は、二度と目的を間違えないように、秋羽伊那を倒すために、敵と認識した瞳をぎらつかせて睨みつける。
「もう一度いうよ伊那ちゃん。夕那さんたちの魂を返して。いや……返せ。これは命令だよ。背くようなら僕は君を―――斬り殺す」




