音の正体は驚異の塊
「ひゃー! 僕カッコイー、まじイケメンじゃね!?」
と、どこかの少女の予想通りのセリフを吐いて興奮しているのは、イタリアの街中に存在する服屋でショッピングをしている鉈内翔縁。更衣室で新しい衣服に着替えた彼は、全身を映してくれる鏡の前でカッコイイポーズ(あくまで鉈内の先入観から生まれたもの)を取りながらはしゃいでいる。
なぜ、今になって服を購入するか。
その理由は単純明快。今までの死闘の中で、既に冬用のジャケットはズタボロだったのだ。
鉈内はあくまで一般的な人間であることに変わりはない為、必然的に戦えば服は破れるし傷は負う。『悪人祓い』といっても未熟者な段階なため、『戦っても服が破れない』なんて都合のいい展開はありえないのだ。
もちろん、ジャケットが少々破れたくらいならば、時間を無駄にしてまで着替えをする必要はない。
だが、目立つ。
イタリアの巨大な街中に、『ズタボロのジャケットを着た東洋人の少年』がウロウロと徘徊していれば、それは凄まじく目立つのだ。
よって、鉈内はお着替えタイムなわけである。
(ま、結局は服を変えても僕はイケメンまじイケメン)
自己暗示をかけるように、必死になって自分は格好いいと思い込む哀れなチャラ男。顔が特別悪いわけではないのだから、もう少しチャラ男街道から外れればいいと誰もが思う。
新しいジャケットを纏い、彼は店から出ていく。
まるで自分一人の力で買い物をしたような雰囲気だが、実際のところはリーゼが店員さんと話をつけてくれたという惨めな事実が真実だ。
外国では買い物一つ出来ない自分に、溜め息を吐く鉈内翔縁。
外へ出て、雪が降り積もった白一色の街並みを眺めていると、背後から綺麗な声が響いた。
「買い物はすんだかしら?」
「はうっ!? い、いつの間に僕の背後へ!?」
バッと振り返った鉈内に対して、リーゼはポニーテールにした自分の金髪を手で無造作に払いながら、
「買い物はすんだかしらと言っているの。この忙しい中、貧乏人でさえドン引きするような格好をしていたあなたの為に寄り道をしたのよ。言いたいことは?」
「ご、ごめんさいでごめんなさいです! 心から反省しまくってます!!」
「ならいいわ。行きましょう」
相変わらず表情を変えぬまま、リーゼはキャンピングカーを停めてある駐車場へ早歩きで戻っていく。クールな女性は美しいという意見が世には充満していることもあるが、視点を変えればクールな人はコミュニケーションが取りにくいという欠点を発見できてしまうようだ。
急いでリーゼの後を追いかけていく鉈内。
だが、
「わ、わわっ!? ど、どどどうしたんですか急に!!」
そこで、急にリーゼが足をピタリと止めてしまい、必然的に鉈内は彼女の背中にぶつかりそうになる。
結果、思わず転びそうになる鉈内を、咄嗟にリーゼは抱き寄せた。いきなりのボディタッチに加えて、顔の距離が近くなったことに顔を赤くする鉈内だったが、ふと耳に声が滑り込んでくる。
「静かに。何か聞こえない?」
言われた鉈内は、リーゼから離れて耳を済ます。
鼓膜に伝わる音は、確かにあった。まるで唸り声のような、綺麗な音ではなく鈍い音。永続的に同じ高さの振動音がうっすらと響いているようなものだった。
それは次第に大きくなっていく。
明らかに、耳を済ますまでもない大きな轟音と化していくのだ。鉈内達だけでなく、街中を行き交う人々も、その不思議な音源を探そうと辺りを見渡していた。
「……っ」
いち早く音の正体に気づいたのは、鉈内だけだった。彼は顔を真っ青にしながら、リーゼに勢いよく振り返って、
「これ、まさかっ……水の音じゃない、ですよね?」
「っ!!」
言われたリーゼも察したようだった。
そして、すぐに答えは訪れた。比喩でも例えでもない。文字通りに、音の正体は『訪れた』のである。
視界に広がる遠方の街並みが、扇のように広がった津波に食われた。
その勢いは止まることなく、鉈内達のいる街の中心部を咀嚼する為に進軍してくる。




