幼稚
光り輝く『魂食い』の刀身を『悪党』である少年へ向ける秋羽伊那。一方、少年は少年で心底面倒くさそうに溜め息を吐いた。
「はぁ。もう一回やろうとか……チャレンジ精神旺盛すぎてマジ面倒くせぇ」
「まぁ、子供だしね」
「普通の返しすんなよ。このシリアス場面で」
平常心が一切崩れていない唯神天奈に適当に言葉を返した後、夜来初三は大鎌を握っている少女をダルそうに見て、
「つーかよぉ」
確認するような口調で尋ねることにした。
「テメェは自分のしてることを『善』だと思ってんのか? 悪党殺してぎゃはぎゃは笑うのを『正しい』ことだと思ってんのか? あぁ?」
その問に対して秋羽伊那は一瞬キョトンとした顔になった。
まるで。
当たり前すぎることを尋ねられたときのような顔だ。
秋羽は我を取り戻し、小さく頷いて、
「うん。そうだよ。当たり前じゃん」
そう『悪党を殺すことを当たり前』と肯定した。一切の迷いも躊躇いも見せずに、抱かずに、自分のしていることは正しいと評価した。
さらに秋羽伊那は先ほど魂を奪うことで殺した不良の一人へ近寄っていき、死体となって転がっている顔を軽く蹴り飛ばしながら『悪党を殺すことの正しさ』を説明し始めた。
「じゃあ聞くけどさぁ怖いお兄ちゃん。怖いお兄ちゃんはこの『世界』を『平和』にするにはどうすればいいと思う? 一体なにが世界を悪くしていると思う?」
「……」
子供が考えるような内容ではない質問に対して夜来は沈黙を返した。
しかし少女はそれを気にせずに、
「答えは簡単。―――コイツらみたいな『悪党』がいるからだよ!!」
笑顔でそう言い放った秋羽伊那は、足元の不良の顔を全力で蹴り潰した。ゴシャ!! と、死神の力を得ているからか、明らかに見た目とは不釣り合いすぎるほどの脚力で繰り出されたストンピング。それは不良の鼻を折り曲げて前歯を盛大に砕いてしまう。
吹き出した返り血が秋羽伊那の服や顔に飛びかかって汚れを作る。
それでも構わずに、彼女は笑いながら目の前の不良という『悪党』の顔を蹴り潰し続ける。ひたすら、そうでもしなければ世界が滅んでしまうからとでも言うような調子で。
肉を潰し、その返り血を再び浴び続けながらも、秋羽は説明を続けていく。
「こういうさぁ……!! 人を傷つけて人を不幸にすることで笑ったり楽しんだりする奴が―――『悪党』がいるから世界じゃ犯罪が起きて、殺人が起きて、窃盗が起きて、レイプが起きて、強盗が起きて、詐欺が起きて、リンチが起きて、いじめが起きて―――テロとかが起こったりするんだよ!!」
何十、何百と振り下ろした足をようやく停止させた秋羽伊那は、血まみれになった不良の顔を見て楽しそうに、嬉しそうに、『褒められること』をやったかのように大笑いし、
「やった!! やった!! 翔縁お兄ちゃんやったよ!!『悪党』さん死んじゃったよ!! あははっあははハハはハハハハははははハハはははは!! そっかそっか、もう死んじゃってたよね! でもでも、もっともっと『悪党』やっつけたんだよ!? 偉い? 偉いよね? 私ってば偉いよねっ、翔縁お兄ちゃん!」
ああ、と静かにぼやいた夜来。
唯神天奈も、尋ねられている鉈内翔縁も心の中では気づいたのだろう。
秋羽伊那が―――どうして『生死を分けたい』と願ったのか、そこまでのスケールが大きい悪をなぜ抱いたのか。先ほどの彼女の発言で大まかな見当がついてしまったのだ。
なるほどなァ、と夜来は呟いた。
「おいアホガキ」
「あは、あははっははは、んー? なーにぃ? 怖いお兄ちゃん」
夜来はもう一度再確認をするために尋ねることにした。
「もう一回聞くが、テメェは自分がしてることを―――『悪党』をぶっ殺すことを『正しい』ってマジで思ってンのか?『悪党』だったら見つけた瞬間にぶっ殺してぶっ殺してぶっ殺すのを『正しい』って本気で思ってのかよ?」
「そうだよ。だって『悪党』だもん。『悪党』はみんなを困らせるもん。だから死ななきゃダメなんだよ」
きっと。
間違いなく。
秋羽伊那の宿した『生死を分ける』という『悪』は、夜来の推測が正しいのならば……。
「テメェの『悪』は随分とまぁ『幼稚』だなァ」
そう。ひどく幼い悪なのだ。
そもそも彼女、秋羽伊那とは純粋に幼い。精神的にも肉体的にも幼くて小さな『子供』だ。ならば、『子供』である彼女がさらに子供だった頃に起こった『プリンセススター号襲撃テロ事件』。あれは二年前の惨劇なのだから、きっと秋羽伊那は小学生だっただろう。
ならばここで一つの考えがよぎる。
『幼い子供』が自分の家族を『悪い奴』に殺されたと知ったら、子供はどういう形で家族の死を受け入れられるのだろうか。
唯神天奈は二年前ですらまだ中学生だった。
ならばまだ大人の考え方と思考回路は持ち合わせていただろう。
では。
子供だったらどうなる?
自分の家族が銃火器を持った人間に殺されたと知ったなら、子供だったらどう捉える? 一体どういう風に受け入れる?
もちろん答えは先ほどの秋羽伊那が発言した言葉から簡単に推測できてしまう。
「子供故の考え方―――テロリストっていう『悪い人』に家族が殺された。つまり『悪い人』に殺された。そういった『幼稚』な受け入れ方をしてしまったということ。だから善悪の価値観が秋羽伊那は歪みすぎて、『悪い人は死ぬべき』で『良い人は生きるべき』っていう、『「大きなくくり」で生死を分けようと願った』ということ、だね?」
顎に手を添えて考え込むようなポーズを取りながら尋ねてきた唯神に対して、夜来は小さく首を縦にふって首肯する。
「その通りだ。だから『幼稚』なんだよ」
と、そこで。
夜来の一言を耳に入れた秋羽伊那は、笑顔から一変して無表情になり、小首を傾げた。
「なんで? 私は幼稚すぎるっていいたいの? 何で? 私、何か間違ってるの?」
その反応に対して声を押し殺しながら笑った夜来は、口を開いた。
「テメェさぁ、自分がやってる悪党ばっか殺す行動を『世界の平和』のためになるって思ってンだよな?」
「そうだよ。なに? 怖いお兄ちゃんは間違ってるっていうの?」
その問に対して『一流の悪人』である夜来初三は、
「いーや、正しいね。悪党を殺すのは世界を平和にする為になる。俺もテメェに大賛成だ」




