背負い続けてみせる
次に目を覚ましたとき、夜来初三は貨物列車の中にいた。ガタゴトと走行する故に揺れる定期的な振動音が覚醒を招いてくれたのか、彼はゆっくりと瞼を持ち上げた。
視界を取り戻した瞬間、まず最初に相棒の顔があった。
どうやら彼女の膝の上に頭を乗せていたようだ。夜来は起き上がることはせずに、大人しく銀髪銀目の幼い悪魔に膝枕をされたまま口を開く。
「……ここは……どこだ」
「小童が列車に詰め込んでくれたのだ。すぐに着くから、安心していい。あやつが言うには、『ためになる場所へ着く』らしいぞ」
夜来は一度だけ沈黙し、恐らくはかなり前から自分を膝枕していたのだろうサタンに尋ねる。
「……重くねぇのか」
「重くない」
キッパリと即答してきた。
だが、かすかに鼻で笑った夜来初三は核心をついてやる。
「嘘つけ。このクソガキが」
「……嘘じゃないもん。小僧なんて……全然、重くないもん……」
そうかもな、と夜来初三は内心で肯定した。自分のような空っぽでクソッタレな悪党が、誰かに重いと思われるほど何かを背負っているわけがない。いつもいつも全てを壊して、恐怖で世界を塗りつぶすことでしか何も出来ない人間なのだ。
ならば。
そんな悪人が、何も背負わずに全てを壊す悪人が、重いはずがない。
だが。
「……悪ィな」
ウルウルと銀色の瞳を潤ませているサタンの頬に片手を添えた。優しく、触れているかどうか分からないほど繊細に、その小さな頬に指を付ける。
彼女だけは。
こんな重くない自分と、常に味方で居てくれる存在だった。闇に染まっていく自分の手を、ずっと離さないでくれるパートナーだった。
だから。
夜来初三は言うべき台詞を告げた。
「悪ィな。お前までぶっ壊しちまうところだった。……本当、クソッたれの悪人だ。……でも、お前は……まだ、俺と一緒にいてくれるか?」
もう二度と離さない。
もう二度と離すものか。
その確固たる意思が、サタンの頬に添えられている彼の手からは伝わってくる。もちろんのことだが、サタンの答えは決まっていた。わずかに感じる。頬に添えられた彼の手から、冷たくて温かい体温が顔に広がっていく。
ニッコリと笑って、サタンは馬鹿な少年を見下ろしながら、
「うん。死ぬまで一緒にいてやるぞ」
「……物好きだな、お前も」
「それは小僧もだろう」
「……違いねぇ」
苦笑した夜来初三は、ようやく悪魔の膝から頭を起こす。そして、すぐ傍らにいる毛布をかけられて目を閉じている真っ白な少女に近寄っていった。その顔に触れようと、手を伸ばす。ただそこで、自分のような汚物がこんな白くて綺麗な少女に触ることは許されるものなのか迷い、思わず反射的に伸ばした手を引っ込めていた。
だが。
すぐに、彼は臆病な自分に笑って雪白の頬に手を添えた。
(そうだ……いつだって、お前から俺に触ってきてくれたじゃねぇかよ)
自分という黒に、この少女は躊躇いもなく触れ合ってくれた。手を引いて孤独でいようとする自分を外に連れ出してくれた。いつもいつも、自分という汚れを彼女は浄化してくれていた。
ならば迷う必要がどこにある。
自分という闇が、この光に触れてはいけない道理なんてないのだ。
(……好き、か)
あの少年が教えてくれた人間としての感情。
好き、というものが一体どういう形をしているのかは自覚が持てないままだ。
しかし。
「ああ」
これだけは、素直に思った。夜来初三は雪白を静かに抱き寄せた。ぎゅっと、優しく彼女の背中に腕を回して、お互いの鼓動が聞こえるくらいに一つになる。
(お前は、やっぱり)
この白い少女は、自分にとってはまさしく、
「ほんっと、『太陽』みてぇだな……」
陽の光を浴びれない自分が、唯一照らされることが出来る真っ白な『太陽』だった。雪白千蘭という光にだけは、どれだけ当たろうとも痛みを感じないでいられる。照らされて、手を引っ張られて、彼女は自分を導いてくれる。暗闇でしか生きていけない夜来初三を照らすことが出来る、唯一無二の美しい『太陽』だった。
守ってみせる。
悪として守ってみせる。
腕の中にいる、この光だけは。この心臓だけは。この太陽だけは。この少女だけは。
絶対に。
今度こそ。
本当の意味で、『夜来初三』という悪人として守ってみせる。
確かに自分は何も背負っていない。
だが、この白い少女だけは屍になってでも背負っていく。どれだけ絶望的な窮地に立つことになろうと、絶対に雪白千蘭だけは背負い続けてみせる。
そうして。
いつか、彼女の笑顔を見てみたい。
それだけでいい。
それだけで十分なのだ。
この少女の笑顔が満開に咲いてくれるだけで、夜来初三は満たされるのだから。




