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今一度殺しにかかる

 噂以上の力を持っていた。

 すぐ下は断崖絶壁の崖という危険極まりない自然に囲まれた場所で、伊吹連は苦い顔をしながらフラン・シャルエルと激突していた。しかし問題なのは、もっと深いが目に見えるポイント。あの妖狐に憑かれた悪人は、わずかだか押されてしまっていたのだ。

 レイピアの先が飛んできた。

 咄嗟に顔を振って回避するが、それは伊吹の右頬を軽く切ってしまう。

 完全な回避は出来ない、圧倒的な身体能力がそこにはあった。

「く、っそが!! 最凶というキャッチコピーが生き生きしすぎだろう!!」

 吐き捨てて、一気に距離を取って、右手を無造作に振ることで赤黒い妖力を閃光に変えて飛ばす。空気を振動させて地を削り取っていきながら突き進んだ一閃は、まさしく直撃すれば死を意味する九尾の力だった。

 だが。

 バガッッ!! と、その高威力の閃光はあっさりとフランがレイピアで叩き弾いてしまう。軌道を変えられた妖力は、屈折するようにしてフランの右斜め後方に存在する雪を被った森林を滅茶苦茶に薙ぎ払った。

 鼓膜を突き破る轟音と共に、大自然の三割ほどが開拓されてしまった。木々は根元付近から切断されて倒壊し、必然的に木の上半身は崩れ落ちてしまうのだから葉も花も雪も無残に崩れ落ちる。

 もはや人間じゃないだろう、と苦い顔をして呟く伊吹。

 対して、フランは首の関節をコキコキと鳴らしながら、

「どうした? まさかテメェ、ネタがそんだけってェ笑える展開にゃーしねェよなァ?」

「っ!!」

 無駄口を叩く余裕は伊吹になかった。

 即座に飛び込んで、拳や蹴りといった純粋な体術を豪快に繰り出す。しかし、どれもこれも先読みされているかのようにフランは軽々と最小最低限の無駄のない動きで回避する。顔を殴ろうとすれば首を振るだけ、その小さな体を蹴り飛ばそうとすればレイピアで攻撃を受け止められる。

 舌打ちをする伊吹は、自分の力不足を嘆く暇もなかった。

 再びレイピアの先が、向く。

「じゃあ。今度はこっちからだ」

 薄い笑みを浮かべたフラン。

 彼女はビリヤードをするようにして、レイピアの輝く先端を伊吹ボールにロックオンする。

 そして、



「いっちょ串刺しになって見ろやァ!!」



 爆発的な速度で飛び出した。まるで砲弾のように飛び、一直線に突っ込んだスピードは人間離れした領域だったのだ。そして突き出す。もともとレイピアとは、『突き』に特化したフェンシングなどで用いられる『刺す武器』なのだ。

 もちろん。

 その瞬間移動のような速度は『突き』の威力を倍増させて、かつ一直線にロケットのように激突するのだから逃げ道はない。

 ゴバッッッ!! と、伊吹のミゾを通って背中からレイピアの刀身が生まれた。反応できない。最凶と怖れられるだけの実力は、既に人間の力を超えていることを示していたのかもしれない。声を上げることも出来ずにいる伊吹だったが、すぐさまフランは彼の胸を蹴り飛ばしてレイピアを抜き取る。

 ガクガクと膝を震わせて、崩れ落ちそうになる。

 そんな伊吹を無情にも見下して、フランはレイピアを無造作に振り上げた。

「ま、死にゃーしねェから安心しろよ。私ってば慈愛の女神だから、マジでお前ついてるよ」

「く、っが……!?」

「いちいち呻くなよ。うるせェな」

 吐き捨てるように言って。

 フランはレイピアの刀身を獲物の頭に振り下ろした。

 その時だった。



「慈愛の女神か。寝言もここまで来れば笑いを取れる立派な価値を誇るのだな」


 

 突如聞こえた声と共に、フランが振り下ろしたレイピアが視界の端から伸びた西洋剣と激突する。ガッギィィィィィィィッッッ!! という甲高い刃物と刃物の拮抗を合図する音が炸裂し、自分の一撃を軽々と阻止した何者かにフランは目を向けた。

 黒いハット帽を被った男だった。

 パリにでもいそうな格好をした、若い男が冷たい目を向けてフランの一撃から部下を守ったのだ。

 正体は『悪人祓い』のザクロ。

 あの『夜明けの月光』を率いるフラン・シャルエルと刀同士を噛ませ合っている実力こそが、何よりもザクロだと証明する状況証拠だった。

「……テメェ」

 唸るように言ったフランは、ザクロを至近距離で鍔迫り合いの中だというのに睨む。

「久しいな、フラン・シャルエル」

「そのクソうぜぇ喋り方、二度と思い出したくはなかったぞコラ」

 どうやら同じ『悪人祓い』故に、お互いに面識はあるようだ。

 だからこそなのか、同業者同士の二人は一旦離れ合って距離を取った。

「何度かテメェとは仕事先で顔を合わせたが、何か裏でいろいろやってる的な怪しい噂の塊だったな。まさか仮にも『悪人祓い』のテメェが、こんな肝っ玉の小さそうなクソ組織についてるとは思いもしなかったぞ」

「偏見だな。私は『悪人祓い』であって『こういう世界』に身を沈めていたにすぎない。特別貴様から敵視されようと、失望されようと、さして興味はない。勝手に吠えていろ『失格悪人祓い』が」

「おいおいおい、それって禁句だって分かってんのか? これでも資格免許剥奪された身としちゃ、精神的に傷を深く残してんだぜ?」

「笑顔で言われても説得力はないぞ」

「で、じゃあ早速テメェとやりゃあイイッてか?」

「……いいや」

 そこで。

 ザクロはゆっくりと振り返った。その目には苦痛に耐えるような色が浮き出ていて、明らかに彼にしては珍しい怯えるような顔だった。

 思わず眉を潜めたフラン。

 だが、ザクロの視線の先をたどっていくことで、すぐさま答えにたどり着いた。

「私はあなたと刃を交える。それこそが、きっと、理屈は言葉にできないけども、何よりも『正しい』選択なんですよね」

 ザクロは向き合った。

 小柄で子供のような影と、静かに真正面から視線を交差させた。

 それは向こうも同じなようで、

「……今回ばかりは、どうやら儂も腹をくくらねばならん」

 七色夕那。

 最強の『悪人祓い』。

 ザクロの命をすくい上げた彼の母親。

 だが。

 それ以前に、七色夕那とは彼だけの親ではない。

「また、お主に従って刺されれば、親不孝な儂の子供二人がヤケになってお主にまた噛み付くじゃろう。まったく。お主もそうじゃったが、特にあのチャラチャラしたのと殺す殺すうるさいガキは、マザコンすぎて母性が機能しなくなる」

 だが、と七色は付け足して。 

 懐から御札の束をゆっくりと抜き取って。

「あのクソガキ二人がまた傷つくことは堪忍できん。もちろんお主を殺すこともできん。だから儂は、圧倒的な実力というものを振るうことでお主を『鎮圧』してやることにした」

 正しい判断だ。

 いや、母親として可能な判断がそれだけだったのかもしれない。

 前回とは違う。

 最強の『悪人祓い』として戦闘の意思を固めた母に、己の力がどれほど届くかはザクロ自身が一番分からない。

「ええ。そうして頂ければ、私としてもやりやすいです」

 だが。

 やるべきことは決まっている。

 自分は彼女に『感謝』しているから、今度こそ、七色夕那を殺してでも七色夕那の理想を叶えてみせるために。

「今一度。私はあなたを殺します」

   

  

  

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