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壊れて壊れた魔王の結末

「う、ぁ」

 その禍々しい塊を認識して、夜来初三の精神を『根本から破壊した』張本人の少女は恐怖で身が竦んでいた。あの異質な狂気を作り上げてしまったのは自分だと、ようやく理解したのだ。

 雪の上に転がって、ケラケラと高笑いする夜来初三。

 時折口から残っていた胃の中身をぶちまけて、ようやく嘔吐するものもなくなったのか起き上がった。

 ゆらりと。

 重心のない動きだ。全てが全て、不安定で壊れてしまったかのように立ち上がったのだ。

 そして。

 静かに、即座に壊れた魔王はエサをギョロリと睨んだ。

「!?」

 息を飲んだ少女は、思わず本能的に背を向けて走り出していた。折れた片腕を残っている手で支えながら、必死になって雪原を駆けようと踵を返した。

 だが遅かった。

 ゴバッッ!! と、右頬に凄まじい衝撃が炸裂したのだ。

 夜来初三が単純な暴力―――殴るという原始的な破壊攻撃を行ったという事実に、現実に、あまりの展開の速さに脳が追いつかない。口の中に広がる鉄臭い味に顔をしかめながら、少女は軽く二十メートルは殴り飛ばされて転がっていった。

「っ!!」

 すぐに意識を切り替えた少女。

 彼女は大気の流れを手中に取って、それを拳にコーティングする。必然的に拳を纏った空気が『固いグローブ』の役割を果たしてくれるので、そのストレートパンチは核シェルターだって吹き飛ばす威力を秘めた。

 足元に空気を集めて、圧縮し、それをバネ代わりにして飛んだ。ロケットのように一直線に突っ込んで、あっという間に夜来初三との距離を縮めた。

 間合いに入る。

 よって、その人一人ならば肉体もろとも粉々に出来る拳を叩きつけた。磁石同士がくっつくように、その空気という凶器を宿した拳は夜来の額にぶち当たった。

 だが。 

 彼の顔に傷がつくことはなかった。

 首を振って回避したわけでも、腰を落として避けたわけでも、転がるようにして必死の回避行動を取ったわけでもない。瞬き一つすることなく、瞳孔が開いた異質な真っ黒な人形のような瞳さえピクリとも動かさない。

 なのに、彼の顔から血が流れることはなく、彼の顔が吹き飛ぶことはなく、彼の皮膚が裂けることは決してなかった。

『破壊』だ。

『絶対破壊』を展開したのだ。

 今度こそ、情けなんてかけることなく弟の姿をした少女の拳を破壊した。皮膚に薄く貼られてある魔力のカバーに接触した小さな拳は、ゴシャッッッ!! という肉が裂けた生々しい音と共に腕ごとあさっての方向へ折れてしまった。

 自由自在の破壊。

 折る、という単純明快な原始的破壊。 

 まさしくそれは、破壊を宿した魔力による効果の結果だった。 

「が、ァァァあああああああああああああああああああああッッ!?」

 夜来初三が、どうして急に自分を攻撃するようになったかは分からない。

 そして。

 それ以上に、名前のない少女は単純な恐怖に飲み込まれていた。空気を使って一気に飛び下がろうとする彼女だったが、それを夜来初三が許すことはなかった。既に少女の両腕は折れている。包丁も吹き飛ばされた時に手放したのか、あとは逃亡に使われる二本足が残っているだけだ。それを知っていて尚、夜来初三は少女の『折れている右腕』を無造作に掴んで、勢いよく大根を引き抜くように振り上げた。

 猛烈な激痛が腕の神経を走り回った。

 直後。

 フワリ、と浮き上がったことで一瞬の無重力体験を感じた少女を―――掴んだままの右腕をさらに握りしめて、本気で雪原の上へ夜来は叩きつけてやった。

 ビシビキバギキィッッ!! と、雪がかぶっていて見えなくても地上に亀裂が走ったことが分かる爆音が炸裂した。地上に蜘蛛の巣のようにヒビが入っただけで、どれだけの力だったのかは察せるはずだ。

「が、っはぁ……!?」

 胸から叩き落とされた彼女は、自分の心臓が背中に当たって胸の中で位置を変えたのはではないかと真剣に怯えた。しかし彼は止まらなかった。夜来初三は少女の顔面に拳を振り下ろす。弟にそっくりな顔をした、弟と瓜二つの顔をした存在を、さらに壊してやるために拳を叩きつける。

 自分の中で、何かが終わったのだと夜来初三は思った。

 それでも絶対に、弟の姿をした『それ』を叩き潰す拳だけは止めない。今ここで止めてしまったら、また『迷い』が生まれてしまう。せっかく、この馬鹿な女が雪白千蘭を殺そうとしたことで、一時的にも夜来初三が『雪白のために暴力を振るう』という大義名分のもとにこうして活動できているのだ。

 運良く。

 運悪く。

 夜来初三が状況的に『雪白千蘭を取った』のだから、もはや他は何も考えてはいけないのだ。

 少女の顔を見るな。

 悲鳴を上げて血まみれになっていく『その顔』を決して見てはいけない。見たら戸惑うから。だからこそ、せっかく雪白千蘭を守ると決めて今行動できているのだから、もう他に目を向けてはいけない。

 弟そっくりの顔をした少女なんて、いない。

 目の前で自分がグチャグチャに工作しているのは、『雪白千蘭を狙うクソ野郎』なのだ。

 迷うな。

 もう振り返るな。

 再設定できたのだから、雪白だけを守ると決めたのだから、弟の姿をした少女は切り捨てると納得したのだから。

 もう。

 このまま、壊してしまえ。

「……ぁ」

 夜来初三は気づく。

 そこで、自分の顔に走っている異変に気づいてしまう。

 涙が流れていた。

 思わず、暴力のために振るっていた両手を止めて、自分の両眼からポタポタと流れてくる涙の量に呆然としていた。

「は、はは」

 笑った。

 なぜか笑った。

 笑う理由なんてないのに、笑った自分にまた笑った。

「はははははははははッッ!! ぎゃっはははははははははははははははははははははッッ!!」

 

 

  


 

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