再び対面
秋羽伊那の目的はまだハッキリとしていないが―――彼女の今までの行動や言動を拾い上げて組み立てていくと『悪党』だけを殺すということが目的と見える。
しかしそれ以前に。
秋羽伊那も『死神の呪い』を宿している時点で『生死を分ける』という悪を抱いているのは確かな事実ではあるのだが、その悪を怪物に憑依されるレベルまで抱いた『過程』が分からない。いや、おそらく唯神と同じで『プリンセススター号襲撃テロ事件』が何らかのきっかけにはなっているのだろうが、それだけで彼女の根本まで覗くことは不可能なのだ。
だがしかし。
彼女の目的だけはかなりの確率の推測が可能。
よって秋羽伊那の居場所ならば夜来初三にとっては簡単に暴けてしまうのも事実なのである。
そうして夜来の後をついていった結果、辿り着いた場所というのが、
「ここ、さっきのとこじゃん」
鉈内翔縁は目の前に存在する裏路地への真っ暗な入口を見て呟いた。彼の言うとおり、ここは少し前に夜来と鉈内が複数の不良と乱闘を起こした現場である。
「なんでここに伊奈ちゃんがいるのー? もしかしてカン全開で取った行動だったりするのかな? この腐れゴミクズ」
「黙れそんで死ね。つーかテメェこそ、そのすっからかんの頭ァ使って良く考えてみろよ。秋羽伊那っつーアホガキの目的は『悪党』を裁くようなモンだ。だったら聞くが―――秋羽伊那を恐喝してた不良共は秋羽伊那から見てどういう存在になるんだよ」
「ッ!!」
目を見開いた鉈内翔縁。
確かに、と小声で納得してしまった。
純粋に盲点だったのだ。
秋羽伊那は悪党を狙っている。これは間違いがない信頼性の高い情報だ。ならば、秋羽伊那をカツアゲしていた鉈内がお灸を添えてやった不良共は、彼女から見てどう映る? 彼女から見た鉈内は自分を助けてくれたからという認識から『良い人』と思われているようだが……自分を襲ってきた不良達は一体どういう人間に見えるのだろう。
もちろん答えは決まっている。
『悪党』以外に認識のしようがない。
ならば彼女がターゲットにする者は夜来初三と世ノ華雪花だけでなく、その『悪党』である不良達も同じではないか。
「……ビンゴ、だね」
うっすらと目を細めて路地裏の奥を凝視した唯神天奈からそんな一言が響いた。
おそらく『魂を覗く』死神の忘れ物のようなものである力を使って、路地裏にある魂の数を確認したのだろう。
そして。
その結果の一言がビンゴ。
つまりそれは、夜来初三の推理が的中していたという証拠である。
「行くぞ。元凶はテメェだチャラ男。さっさと先陣切ってけやドクソが」
「ああ、オッケオッケー。やっくんは怖くてちびっちゃうもんね。だったら優しい僕が先に―――」
「いいから行けっつってんだろコラ」
「ほげっ!?」
もう言い争うという行為に飽き飽きしてきたのか、夜来は鉈内の後頭部を思い切り蹴り飛ばしてやった。ゴロゴロと転がっていった彼の声が路地裏の闇と化している奥から響いてくる。なにやら夜来に対する罵倒オンパレードだったが、本人は特に気にする素振りはなかった。
「チッ。ドクソが。その内殺してやる」
「仲が良いんだね。羨ましいよ」
「次ィ仲が良いとか寝言吠えたらテメェから殺す」
「うん。君が孤立している原因が少し分かった気がする」
「そりゃこっちのセリフだ」
吐き捨てた彼は路地裏の奥へと足を運んでいく。その後ろを唯神天奈が一定の距離を維持して追ってくる。そうして突き進んで行くことかなりの時間が経ってしまった。どうやら奥は相当深かったようで、いつのまにか街の中心部から離れてしまっている。
その結果。
小道を使ったりもして辿り着いた場所が。
「なんだ、こりゃ……」
大きな大きなゴミ処理場だった。
文字通りのゴミの山ゴミの山。臭いもそれなりに酷いのだが、とにかくあたり一面ゴミばかりのゴミ景色だった。エサ目当てのカラスも群がっていて、とても気分が良くなるような場所ではない。
そのゴミで作られた地面を川を歩いていくように足を上げて大きく前進していくと、見知った後ろ姿を見つけた。パーカーに茶髪。間違いなく鉈内翔縁である。
しかし。
どうやら本当に夜来初三の推理はあたっていたようだ。
もう一人の先客が鉈内の先で笑っていた。
「あ、怖いお兄ちゃんだ」
そう夜来に言って可愛らしい笑顔を開花させたのは、亜麻色の髪をツインテールにしている今回の敵。幼い容姿やキュートな雰囲気に惑わされてはいけない、『生死を分ける』という『悪』を抱いている怪物の力を扱う化物。
『魂食い』という大鎌を握りしめている秋羽伊那―――たった一人の悪人である。
「ねぇ翔縁お兄ちゃん。なんで翔縁お兄ちゃんは『悪党』を庇うの? なんで翔縁お兄ちゃんは優しい人なのに『悪党』を私から守っちゃうの?」
彼女の質問に対して無視という反応を返した鉈内。
彼の顔には笑顔が未だに貼り付けられているが、明らかに無理をしていることが分かる。
鉈内は秋羽伊那の足元に転がっている複数の物体を指差して、
「……そこの人達はどうしちゃったの?」
「えーとねぇ。『悪党』だから殺しちゃった♪」
狂気に染まった瞳を輝かせた秋羽伊那。彼女は先ほど『魂食い』を切りつけたことで殺害した『悪党』の一人を蹴り飛ばした。
ゴロゴロと転がっていった死体。
生命活動を行っていない肉の塊。
それは鉈内の傍でようやく停止したのだが……やはり見覚えのある顔だった。秋羽伊那を恐喝し、その後、夜来と鉈内に絡んできて返り討ちに遭った不良の一人だった。
溜め息を吐いた。
大きく息を吸い込んでもう一度吐く。
その後、鉈内は笑顔の中から見える敵意を少しだけ現したようで、
「そろそろお兄ちゃんも怒っちゃうよー伊奈ちゃん。いい加減夕那さんたちの魂を返してくれないかなー?」
「ダメダメダーメ。『悪党』なんだから生き返っちゃダメなのぉ。翔縁お兄ちゃんもいい加減にしないと、私怒っちゃうよっ」
頬を膨らませたその姿は実に可愛らしい。
しかし中身は明らかに異常な化物だった。
悪党を殺すことは正義だと思っているような、純粋極まりない汚れているはずなのに汚れのない瞳。
悪党を生かすことは大罪だと信じて疑わない、綺麗で美しい太陽のように暖かい笑顔じゃない笑顔。
一体なにが彼女をそうまでさせるのか。
一体なにが彼女の善悪の価値観を捻じ曲げたのか。
もちろん理由はただ一つのはずだ。
『プリンセススター号襲撃テロ事件』。
あれこそが秋羽伊那の中に『生死を分ける』という『悪』を宿すほどの何らかの『過程』を生み出してしまったに違いない。
「ねぇ」
そこで、『元死神の呪い』の宿主である唯神天奈が声をかけた。
形は違えど自分と同じ惨劇に遭い、同じ『悪』を抱いてしまった哀れなもう一人の自分にこう言い放つ。
「君はどうして『悪党』を殺すの? やっぱりあの事件が関係してるのかな?」
「もしかしてお姉ちゃん。死神さんが言ってた私の先輩?」
「ん。その通り。だから君の気持ちもある程度は理解できる」
「……そっかぁ。じゃあお姉ちゃんが私のパパとママを殺したテロリストって『悪党』を殺してくれたんだ。ありがとう、お姉ちゃん!」
元気に笑った秋羽伊那の顔には。
見てて背筋が凍るほどの『歓喜』に満ちた笑顔のような何かが表情として出ていた。
そのあまりの異常っぷりに一歩後退した唯神天奈。
しかし隣の少年は逆に一歩前に前進し、
「おいアホガキ」
「何かな、怖いお兄ちゃん」
「俺ァテメェの素性なんざ知ったこっちゃねぇんだよ。テメェが母親亡くそうが父親亡くそうが、ああそうですかだから何? って話なわけだ。だから俺はテメェに首突っ込む気がねぇから一つだけ聞いてやる。返答次第じゃテメェは俺のスイッチ入れることになるから覚悟しろよ?」
「うーん、それでそれで? 一応聞いてあげるよ、何を知りたいの?」
「浴衣ロリと白髪の女ァテメェ殺しただろ? 魂っつー面倒なモン奪って」
「うん。殺したよ」
「魂を返せ」
見下ろしてそう言い放った夜来。
もはや尋ねるというよりも命令に近いものだった。
しかし当然。
秋羽伊那はにっこりと笑ってから、
「ダメだよ。『悪党』は生きてちゃいけないのっ。だからダメ」
「……そうか」
後頭部の髪をガシガシと掻きむしりながら夜来は視線を下に落とした。
「ああ、そういえばあの白い髪のお姉ちゃんって綺麗だったからあの人が『悪党』なんだよね? 一応翔縁お兄ちゃんの言ってたマンションに行ったら前髪ヤクザとかいうお兄ちゃんじゃなくて綺麗なお姉ちゃんいたからラッキーだったよ。あの白い髪のお姉ちゃんの住んでるところ聞かされてなかったから、本当スーパーウルトララッキーだったんだよ! あはは、でもね、やっぱ―――」
「もういい」
一人で自慢話をするように口をペラペラと動かしている女の子。
それを中断させた後、彼女を一瞥した夜来初三は唾をペッと地面に吐き捨てて、
「もういい。殺すからもう良いわ」
そう高くもあって低くもある狂気以上の狂気に染まった声を放出したと同時に、ドガァン!! という轟音を響かせて飛び出した。
理由はいたって単純明快で安易極まりないものである。
一匹のガキを完全確実に絶対完璧に殺害することを決定したからだ。
夜来は右拳を握りしめて軽く後ろに引いた。
その直後。
グシャ!! と肉も骨も丸ごと叩き潰したような気色の悪い破壊音が鳴り響いた。原因は、秋羽伊那の目と鼻の先に移動した悪魔が彼女の脇腹に叩き込んだ拳が音の発生源である。
突然の出来事にまったく反応できなかった秋羽伊那は、口から大量の吐血をした。塊のように吐き出されたそれはゴミの地面に真っ赤なカーペットを作り上げる。
「おいクソガキ。俺ァ言ったよなー?」
「あっが……ばっあっッ……!!」
面白いほどに血を口や鼻からだばだばと流し続ける、生意気なガキのツインテールにした髪の一本を握って、上にグイっと持ち上げてやった。
そして悪魔は笑う。
ニタリ、と極悪な笑みを浮かべて悪魔の少年はいつもの凶悪な笑顔を開花させた。
「俺のスイッチ入れたら覚悟しろよって……忠告してやったよなぁ? 言っとくが今の俺ァ―――最ッ高にハイにスイッチ入っちまってるぜぇクソったれがァァああああ!!!!」
絶叫した瞬間。
秋羽の細い腕をもう一方の手を使って握り締めた夜来初三は、その小さな小さなお人形さんのような腕を―――ゴキィ!! と、肘の関節とは正反対の方向へ乱暴に折り曲げて骨折させた。
「ッっがァああああアアあああああああアあアああアアアああああアアアあアあアあああああああアアああああアアああああああアああああああアアアあああアアああああああアアああああアあああアアアああああああああアアああアあア!?」
当然の如く激痛に苦しむ新たな絶叫が誕生した。
それにしても……痛々しすぎる。
確かに大量殺人鬼とは言え、秋羽伊那は精々中学生程度にしか満たない女の子だ。その容姿や外見が影響して尚更痛々しいと感じてしまうのも仕方がないかもしれないが。
だがしかし。
彼、夜来初三にとってはそんなことはどうでもいいのだ。
心底、本当に、まったくもって興味がない。
彼にとっては、
子供だから手を上げるな? 知るか。雪白千蘭と七色夕那を助ける為ならば知ったこっちゃない。
やり方が酷すぎる? 知るか。それでアイツらを守れるならばもっともっともっと冷酷になってやる。
この程度の思考しかしない。
何度も確認するが、夜来初三は決して『善人』ではない。絶対に『ヒーロー』ではない。確実に『主役』ではないのだ。『大切な存在』を守る為ならばガキだろうと年寄りだろうと世界そのものだろうと、容赦なく、情けなく、躊躇いなく、慈悲など微塵もかけることなく―――ぶっ殺す。
それが彼だ。
それが悪人である夜来初三という少年だ。
「オラ。休憩タイム挟んでやっから感謝しろよぉ? ぎゃっはははははははははははははははははははははははッッ!!」
秋羽伊那の折れた方の腕をわざと握って、彼女をハンマー投げをするように投げ飛ばす。ゴミの山の一部へ突っ込んでいった秋羽は、衝撃で崩れたゴミの雪崩に巻き込まれていった。
その光景を終始ポカーンと眺めていた鉈内翔縁だったが、気づいたら夜来のもとまで走り寄って胸ぐらをつかみあげていた。
「ちょっとやりすぎでしょ……!! ちっとは手加減しろよクソ野郎が!!」
さすがに彼も夜来の非情さに腹が立ったのか、それとも純粋にやり方が気に食わなかったのか、いつもの笑顔から一変して怒りに染め上げられた表情になっていた。
「……くくっ」
その反応に思わず声を漏らした夜来。
鉈内の善心溢れる行動に、自分とは真逆の鉈内の人格に、思わず笑いを漏らす。
「くっはははははははハハはははハはハハはははハハはハハハ」
夜来は特に感情が篭っていなような笑い声を上げ続けて、
最後に。
「死ね」
そう付け足してやった。
「ッ……!?」
見放したかのような一言だった。
失望したような一言でもあった。
若干の動揺を見せた鉈内を血走った両目で、憤怒に満ちた眼光を光らせて見下ろし、夜来は続けて言い放つ。
「テメェさぁ、一体全体何しに戦場に立ってんだよコラ」
反論をさせる気すらない彼はさらに続けて、
「あぁ? 俺ァ言ったよな? 七色とガキと雪白のアホを元に戻す為ならなんだってするってよ。テメェは俺ほど『悪』に染まっちゃいねぇだろうが、まぁ精々同じ志し程度は持ち合わせてると思ってたんだよ」
「……」
「それをテメェ今なんつった? やりすぎ、だと? クソ野郎―――邪魔すんならテメェから先に殺すって俺ァ注意してやってたよな? それをここで、今、すぐ、直ちに、有言実行に移してやろうかコラ」
「……」
「もう分かってんだろ? テメェは今―――七色と雪白を元に戻そうとしてる俺の目的とテメェ自身の目的を自分自身の手で『邪魔』したんだよ。どんだけバカ丸出しの行動取ってんのか、それすらも理解してねえっつーなら今ここで消すぞクソ野郎」
そう。
夜来の言うとおり、あくまで鉈内翔縁の目的は『秋羽伊那に慈悲をかける』のではなく『仲間の救助』である。秋羽伊那を庇おうとした行為が、その目的に反するものであることは完全な事実だ。
よって、鉈内は夜来の胸ぐらをつかみあげていた両手をゆっくりと下ろし、
「……ゴメン」
素直に己の非を認めた。
夜来は特に何も返答を返さずにいたが、背後からかかった少女の声に反応してしまう。
「本当、君は面白いよね」
「テメェはここのチャラ男みてぇに俺を責めねぇのかよ」
「ん。私も君の考えに同意だからね。それに言い忘れてたけど……」
彼女は秋羽伊那が埋もれているゴミの山を指差して、
「『死神の呪い』の回復速度はかなり早いよ?」
そう告げたタイミングとほぼ同時に、
ゴミ山の全てが一瞬にして消し飛んだ。爆散するように飛び散っていったゴミの大群は花火のように散っていったのだが、今意識するべき場所はそこではない。
その爆発を引き起こした張本人。
またまた笑顔を浮かべている、腕の骨折も内蔵のダメージも自然治癒してしまった死神の少女だ。
鉈内とのやり取りのせいで回復時間を与えてしまったのが一つのミスだったのだろう。そう考えた夜来は大きな舌打ちを吐いた。
その態度に返答を返すように秋羽伊那はにっこりと微笑んで大鎌を横に振るい、
「じゃあ、もう一回やろっか。怖いお兄ちゃん」




